1-2 治癒魔法には限界があるので別種の蘇生を
そう、僕、エルディナンド・シュタイナーはそんな遺言を残して邪神の生贄となった。
何故ならこの国はそうしなきゃいけないだけの理由を抱えていた。
孤児――それも人間の僕に変わらぬ愛情で接してくれたみんなのためなら後悔はない。
「この土地はマナが荒れているせいで炎が満ち、瘴気のせいで草木は枯れ、闇が陽を遮る。その諸悪であるマナを集約させるからこそ、生きられるというのに!」
「だからって、だからってエルを……!」
「そういう役目を負った子として育ててきた。それはお前も知る通りのはずだ」
この世界では時に、マナが気候や環境をも変える。
ここ、獣人領はそれが顕著で、作物が取れる地域もごくわずかだった。
その余分なマナを自立稼働の“守り神”として集約するのがこの儀式。
ただし、自然環境を変えるほどの力をタダで操れるわけがない。
器だった僕はそれを顕現させる負荷で全身の魔力回路が焼き切れ、神経や血管がズタズタにされたのと同様、死に至ったわけだ。
治癒魔法では手の施しようもない。
命と引き換えがわかりきっていた儀式だ。
「テア、もういい。泣くなとは言うまい。だが、喚くな。皆とて、堪えているのだ」
「……っ。ごめん、なさい」
「幼い頃からエルを守護していたお前が一番堪えるのは理解できる」
また棺に覆いかぶさる彼女は唇を噛みしめた。
この場には参列者が六人いる。
彼らも――いや、広間の男も含めて全員が感情を抑えていた。
「諸君、儀式は成功したが油断はするな。人間領が保有する
他国に言わせると、彼らは“邪神”を崇拝する将軍たちだ。
男、この獣人領の宰相は六人の前に立ち、場を引き締める。
神殿の広間には、テアの嗚咽だけが響いていた。
「……しかし。しかし、だな」
宰相は息を吐き、振り返る。
「軍備にかまけて身近な者を見捨てるな。タンスやツボまで荒らして去ると揶揄される奴らと我らは違う。そのありようを今一度目に焼きつけよう」
儀式は終わり、軍備に取り掛かる――そうなるはずが、宰相は棺に視線を戻した。
「告げる。――第二幕をここに」
宰相の言葉に合わせて棺から突然あふれた光にテアは驚き、尻もちをついた。
彼女の眼前には時計盤を模した魔法陣が出現する。
「え。なに、これ? 魔法……? 誰の……?」
「他の誰でもない、エルのものだ」
「じゃ、じゃあまだ生きて――!?」
「死んでいる。先程は彼が仕込んでいた時空魔法を作動させるキーワードを口にした。あの子は時空魔法でも比類ないほど卓越していたな。この状態、しかも死後にまで効力を発揮するとは本当に驚かされる」
――ああ、そうだった。
この視点、この人格は何者だろう?
そもそも“エルディナンド”は死んでいる。
状況を修正しなければいけない。
この人格は死後に魔法を制御する仮想人格だった。
設定された単語を確認。
全身の魔力回路と身体情報を解析し、第一の使命を実行する。
時空魔法、《傀儡の糸》を使用。
“エルディナンド”の手はテアの顔に触れ、目元の涙をぬぐった。
「いつまでも泣いているなというメッセージだ。受け取っておけ」
「どうして、こんなになってまで……」
生前を思わせるその行為によって、テアはより一層強くこらえるように嗚咽する。
「それだけのことをしたくなるほどの時を、お前が共に過ごしてきたということだ。……穏やかな道を用意してやれなくてすまなかったな」
宰相はその背に向けてぽつりと呟いた。
これにて一つの仕事は完遂された。
見届けた宰相は祭壇に視線を投げ、“邪神”を見つめる。
すると、今まで動かなかったそれはぱちぱちと手を打って反応した。
『促されなくてもわかる。やっぱりお前は死んじゃいけない。戻ることができる可能性くらいは手にするべき人間だ』
祭壇から影が下りてくる。
周囲のマナを吸い集め、徐々に輪郭を整えた“邪神”は魔法陣に触れた。
『お前が与えてくれた分、俺も祝福を返そう。ああ、気にしなくていい。遠い昔、機能に加えられたのに片割れでは意味のない力なんだ。下手にここにあるより、お前に託した方が平和のためになると思う』
――認証、完了。
魔法陣を介して《地の聖杯》の接続を確認。
《時の権能》を取得。
《天の聖杯》の《力の権能》、検出失敗。上位存在への移行失敗。
取得した機能をもとに第二の使命を実行。
破綻した魔力回路の原形回帰――失敗。
最適化及び補完、80%成功。自己治癒力による許容数値を確保。
続いて破綻した肉体の原形回帰、成功。
待機状態に移行。
『以降、権能は彼の補助を。天の聖杯と勇者には気をつけるんだ。それと、いつか彼が死した時はマナに乗って我がもとに帰ってこい』
《地の聖杯》より使命を受諾。
宿主の意識回復を確認。
待機状態に移行するとともにメッセージの送信。
――マスター・エルディナンド。
目覚めを祝福する。
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