伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その陸弐

 肝臓がどうたらという仁和の説明を噛み砕くと、要は欠損した部位の再生を促して細胞を活性化させるような感じなのだろうか?

 するとエリアスが胸を撫で下ろすのをやめ、仁和に目を向けた。

「私も仁和様の博識は聞いていましたが、予想以上です。それにしても、やはり再生能力が高いと言うからには代償もあったのですね」

「いえ」仁和は首を横に振る。「これと言った代償もなく通常より早く再生させる方法の一つに、欠損個所に生きている他人の細胞を移植することで再生させるような方法も存在しますよ?」

「それは興味深いですね。それならばオーウェンほどの代償を払わなくても済むのでしょうか?」

「技術力の問題ですかね。あとは衛生面なども重要なところです。拒否反応と言って、移植させる細胞と相性が悪くて体が拒否をする場合もありますし」

 エリアスと仁和は再生医療について語り合い始めた。何度か大きな声で黙らせようとしたが無意味で、俺はすでに諦めた。

 ふと剣崎を見ると、彼も呆れている。エリアスもこれが平常運転ということか。俺は剣崎に向けて、お互い大変だな、と語り掛ける。

「まったくだな、ハハ......」

 顔が死んでいる。おい、瞳まで死んでいるように見えるぞ。こりゃ相当疲れているな。ちゃんと休ませないとまずいことになる。

「どうだ、寺に戻って宴会騒ぎの奴らに混ざるか?」

「いや、一応エリアスの旦那の護衛をしないと」

「つっても、エリアスは最強の盾なんだろ? 最強の矛が来ない限りは安心してもいいんじゃねーか? それに疲れているように見えるし、休憩も仕事だ」

「確かに、そうだけど」

「休めよ。もしそれでエリアスが怒るようならば俺が注意しといてやるからさ」

「な、なら」

 剣崎の心は揺らいだ。そして数分もせずに説得し納得させ、寺の中で好き勝手に宴会している俺の仲間に混じってもらった。

 エリアスと仁和の問答もんどうは結構な長時間続くと予想出来るから、その間に寺を見回っておくか。怪しいものがあれば調べて、徹底的にこの寺の弱味を握ってやろう!

 という経緯で寺の廊下を歩いていると、僧侶の一人に呼び止められた。

「伊達政宗公! どうなさいましたか?」

「暇なもんでな、寺の中で何か面白いものはないかと歩いていたんだ」

「そうでしたか。確かあなたは幼き頃に寺で学んだとか」

「ん? ああ、寺で学んだこともある。資福寺で住職をしている虎哉宗乙殿は俺の教育係でな、今でもたまに会う仲だぞ」

「そうでしたか。では寺や仏教についてなども粗方心得ておるのですね」

「そういうことだ。何か寺とかで面白い話しとかはないか?」

「面白い、ですか? そうですね、面白い話しとなると仏教の教義などしか思いつかないのですが」

「んー、教義はつまらん。ならば写経とか出来るか? 写経なら暇くらいは潰せそうだ」

「わかりました。住職に聞いてきます」

「おう!」

 その僧侶は住職の元へと駆けていった。腕を組みながら待っていると、剃髪ていはつしてスキンヘッドになっているこの寺の住職が出てきた。ここの住職は定期的に剃らなくても、年齢的に毛根は死滅していそうな感じだな。髪を剃る手間が省けて良いじゃないか、ハゲ住職さん!

「政宗公」ハゲ住職さんは険しい表情で尋ねてきた。「写経はご自由に、好きにしてくださって構いません。大いに結構です。しかし......罪人を崇拝するあの忌々いまいましい邪教を何とかしてくださるのですな?」

 罪人を崇拝する忌々しい邪教? ああ、キリスト教のことか。随分とわかりにくい表現だな。いや、嫌いな奴の名前を呼ぶ時は少し躊躇うこともあるってことか。

 言われてみればキリスト教って視点を変えてみれば邪教だよな。そもそも、死者蘇生を神聖視している時点でかなりやばい。

「ええ、キリシタン宗と戦う際は我々も力を貸しましょう」

「おお、政宗公! その言葉が聞きたかったのです! ともに邪教を根絶やしにしましょう!」

 発想が怖い怖い怖い。まあキリスト教と敵対すると同時に魔女教とも敵同士なんだよなあ。さて、どちらが江渡弥平と繫がっているのか。あるいは両方、なんて可能性もある。

 その場合、対キリスト教徒に火は有効だ。何たってキリスト教の教義では、死体が燃やされて灰となれば最後の審判で復活する体がないんだ。

 つまり、キリスト教徒からすれば死体が灰と化すと魂が無になったのと同義。仲間が次々と灰にされれば、それだけ奴らは動揺する。

 閑話かんわ休題っと。ハゲ住職から許可が降りたので、あれこれ考えながら写経をする。......そう言えば写経は二十一世紀になっても人気あったよなあ。

 そんなことを思考していると、可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。鳴き声の聞こえた方へ顔を向けると、あくびをした猫が一匹で歩み寄ってきた。

 俺は筆を置くと、すかさず猫を抱きかかえる。「野良のらではないようだな。となると、この寺の飼い猫か。用途は......ああ、経典が荒らされないようにするためのネズミ避けかな」

 ちらりと経典が置かれた場所に目を向けると、一応ネズミ返しが取り付けられた場所に保管されている。けれど念には念をってことか。

 猫の頭を軽く撫でてから解放して夜風に吹かれようと思って寺の外に出ると、仁和達の姿は見えなかった。さすがのあいつらでも外で何時間も話し合うのは無理ということか。

 体を休めようと力を抜き、軽くため息を吐き出していると寺の裏手で物音がする。俺はこっそりと物音がしたところへ向かうと、住職や僧侶らが数人で仏像を運び出そうとしている。

 何をやっているのか観察していると、油断して背後から鈍器で頭を殴打された。かなりの衝撃があり、俺はそこで倒れ込む。

 前世で仏教徒を名乗る奴に壺を高値で買わされたことを思い出した俺は、薄れゆく意識の中で歯ぎしりをして吐き捨てる。

「クソ......がっ!」

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