伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その伍漆

 私は昔から感情がなかった。嫌だと感じたことはないけど嬉しいと感じたこともない。酒飲みだった父の虫の居所が悪いとよく殴られていたので、そのうち痛覚は麻痺していった。

 そんな私とは違って弟は優秀で、母は弟ばかりを溺愛できあいした。表情がない私より、いつも嬉しそうに笑う弟の方が母には必要な支えだったのだと思う。ただあの頃はまだ感情を持っていなかったので、当時の私がどう思っていたのか詳細はわからない。

 やがて母は弟を連れて家を出ていった。私は父の元に置いて行かれ、より一層父からの暴力は激しくなった。体中にあざが出来たけど、やはり何とも感じない。私の感情はどこへ消えてしまったのだろう。

 そんなある日、私達が住む村に医者と名乗る中年の男性が現れた。彼は貧しい人達を無償で診察し、手持ちの薬を使って治療も施していた。それを知った私は彼の元を訪ねた。

「おや、新たな患者さんかな」

「はい」

「君の体はどこが悪いんだい?」

「私は生まれつき感情がないんです」

 それを聞いた彼は真剣な顔付きになり、いろいろなことを尋ねてきた。そして出した結論は、先天的に脳の一部が欠如けつじょしている、ということだった。

「どういうことですか?」

「簡単に説明すると、脳には感情を司る部分がある。そこを前頭葉と言って、その前頭葉の大半が生まれつきなかった、というになるね」

「治りますか?」

「難しい......というか今の医学では不可能と言うしかない。私には何も出来ることはないよ」

「どうしたら私に感情が生まれますか?」

「医学的根拠は示せないけど、悲しいことが起こればその反動で感情が生まれるのではないかと考えている」

「悲しいこと、ですか?」

「例えば身内や大切な人達が死んでしまったり、とかかな」

「わかりました。ありがとうございます」

 一言礼を述べた私は椅子から立ち上がって診察所を飛び出すと、家に帰るなり包丁を取り出して、父が酒屋から酔って帰宅するのを今か今かと待ち構えた。やっと帰って来た時には夜が明けていて、私は試しに父の目に包丁を刺してみた。

 血がドバドバと目からき出していて、私は刺さっている包丁を引き抜いた。勢い余って父の眼球ごと引き抜いてしまったことに気付いた時には、すでに床には目が転がっていた。

「ぐあああぁぁ! 目があああああぁぁぁぁ!」

 声がうるさかったので次に声帯を切り裂き、それから父の胸に何度か包丁を突き立てて心臓をえぐり出す。絶命したのを確認すると、そのまま診察所を目指して家を出た。

 診察所に到着したがまだ扉が開いてなかったのでノックをすると、身内を殺せとうながしてくれた先生が出てくる。先生は血の付いた私の服や包丁を見て目を丸くした。

「先生に言われた通りに父を殺してみましたが、感情は生まれませんでした」

 その言葉を聞いた先生は青ざめる。「そ、そういう意味で言ったんじゃない!」

「ならどのような意味で言ったんですか?」

「悲しいことがあれば何か変化があるかもと言っただけだぞ!? お前は化け物か!?」

 考え込んだ私だったが、父は殺したけど人数が少なかったから感情が生まれなかっただけかもしれない。一人程度を殺すだけでは感情が生まれない可能性がある。

 そしてちょうど良いところに先生がいたので殺してみた。だけど感情にこれと言った変化は見られなかった。

「何人殺せば良いのでしょうか」

 ポツリとつぶやき、それから名案を思いつく。どこかの偉い家で死刑執行人として雇ってもらえば良いのだ、と。その時相手に強調すべきは私に感情がないことである。感情がなければ延々と死刑執行を続けられる。死刑執行人としては感情がない方が好ましいのだ。

 私の考えは的中し、感情がない点が評価されて死刑執行人としてとある武家に仕えることになった。

 いざ罪人の首を刀斬るとなると抵抗があった。私の感情的な抵抗ではないのはもちろん言うまでもなく、文字通りの抵抗が起こっていた。刀一振りで首を綺麗に切り裂くにはかなり高度な技術力を必要とするようで、首を斬るたびに骨や筋肉に抵抗されて切り口が綺麗にはならない。私は日々綺麗に首を斬れるように努力した。


 首斬り役として仕えるようになってから数年が経過し、人の首も容易く斬れるほど技術力は向上していた。

 その日もいつも通り罪人の首を斬っていると、二つの見知った顔が視界に入った。それは紛れもなく、母と弟だった。私はまず自分の目を疑うが、異常はまったくない。幻覚を見ているわけでもないようだ。

 ならば好都合。また身内を直々に殺せる機会が出来た。感情が生まれることを期待しつつ、弟の首をはねる。

 母の悲鳴が聞こえたが、私はそんなことより感情が生まれたかどうか確かめるのを優先した。どうやら今回も感情は生まれなかったので母も斬り殺そうとすると、私の顔を見て何か思い出したらしい。

「あ、あなたは!」

 私を見た母が何を言うのか興味があったので刀を振り下ろすのを止めると、そもそも母は私の名前が思い出せないでいるのだとわかる。

 理解出来なくもない。私だって母が付けた名前をすでに忘れている。弟と父の名も同じく思い出せないが、まあ死人だから関係ない。私が刀は振り下ろせば母も死人になる。数秒後、目の前にいた母は肉塊と化していた。

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