伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その肆零

 投石というのは想像以上に痛いもので、しかもその大半が顔を狙って投げられていた。四方八方から俺の顔目掛けて飛んでくる石から視力のある片目を死守すべく、手で顔は覆っている。

 長い長い一分が経過した末に、仁和の声と同時に矢が放たれた。その矢は数人の心臓を正確に貫いていた。

 密集状態で何人かが血を流して死ねば、当然人間はパニック状態となる。そして城下の者達が怖くなって逃げようと背を向けると、仁和達未来人衆が銃を構えてそれを制した。

 仁和は銃を降ろす。「城下の皆を殺す気など我々には毛頭ありません。先ほど矢に打ち抜かれて死んだ人達は間者だと思われる者です」

 それを聞いた皆は少し安心し、体に込めていた力を抜いた。仁和の指示で丸腰となった速攻部隊の者達は隊長の八巻を先頭にし、群衆の中へと姿を消した。数分もしないうちに戻ってきたかと思うと、胸に矢の刺さった遺体を引っ張って連れてきていた。

 仁和はその遺体をそれぞれ丁寧に調べ、死んだ者と同じ数の十字架を束にして俺の元へ来た。

「仁和。何だその十字架は」

「見てわかりませんか? 私達は今まで大名などを相手に戦ってきましたが、これからはそう簡単にはいかないようですよ」

「は?」

「私達の敵はキリシタンになりました。投石の際にかなり石が投げられましたが、事前に用意していないとあれだけの数の石は集まりません。キリシタン達の神に背いた思想を持った私達を殺すために、キリシタンはこれからも刺客を送ってくるはずです」

「それは理解したが、江渡弥平が関わっている可能性はあるのか?」

「キリシタンと江渡弥平の関わりは十分考えられることです」

 織田信長はキリスト教を利用して世界についての様々なことを知った。だが俺はキリスト教を利用しようなどとは考えていない。なぜならば、俺の天下統一にはキリスト教が目ざわりだからだ。

 もう何ヶ月かしたら豊臣秀吉はバテレン追放令を出す。だがバテレン追放令にはキリシタンに制限が付くだけで、あまり強制力もない。

「やろう。キリスト教と戦うのが少し早まっただけのことだ」

「政宗殿ならそう言うと思っていました。そうと決まれば早速家臣の中にキリシタンがいないかあぶり出しましょう」

「キリストとかマリアの絵を踏ませるのか?」

「よくわかりましたね。江戸時代に実際に行われた踏み絵を実施しましょう!」

 俺達は城へ戻り、次の敵はキリシタンだと家臣に伝えた。そして踏み絵をすると告げ、踏めなかった者は即刻斬首だとも付け加えた。


 米沢城内の家臣のほとんどが主様に招集されたため、城内は非常に静かだ。何のための招集かくわしくは知らないけど、仁和様がすごく険しい表情だったので重大なことなのだろう。

 僕はと言うと、主様には呼ばれていないので自室にてホームズ様と談笑していた。

「僕はモルヒネなんか注射しないのに、そのワトスン君は僕にモルヒネを注射するのかと尋ねたんだ。面白い皮肉だろう?」

「それは確かに面白い皮肉ですね。医師ワトスン様の気持ちもわからなくはないですが」

「彼が僕を心配して言っているというのはわかっている。けどコカインを打った時のあの爽快感が病みつきでね」

「ほどほどにしてくださいよ。ここでならばワトスン様ではなく主様や仁和様も心配すると思いますし」

「ハハハ。政宗は僕が麻薬を打つのを心配するものの、あまり止めようとは思っていないだろうけど」

「そんなことはないです。主様は良いお方だと僕は思います。現在家臣が招集されているのも、皆の身の安全を守るためかもしれません」

「そうかもね。ただ僕には嫌な予感がする......」

 ホームズ様は目を鋭く尖らせ、城下を見下ろした。そして指を差し、ほら、とつぶやいた。僕も窓のところへ行ってホームズ様の指差す方向に目を向けると、横たわった遺体を何人もの人達が取り囲んで悲しんでいた。

「見た感じだと心臓を矢で一刺しで即死している。悲しんでいるのは遺体の家族だね」

「なぜ死んでいるのですか?」

「仁和が殺したようだよ。遺体の家族は政宗と仁和を恨んでいる。ははあ、今家族の一人が十字架を握りながらアーメンと唱えたぞ。彼らはキリシタンだ」

 殺された者の家族がキリシタンとなると、主様と仁和様があの方達を殺した理由はキリシタンだからだと思われるな。

「ホームズ様は耳が良いですね。かなり離れていてもアーメンと聞き取れるなんて」

「耳は良くないが目が良いから十字架を握っているとわかった。目が良いのは、一応僕はボクサーだからね」

「耳が良くないのにアーメンと聞き取れたのですか?」

「ただの読唇どくしん術だ。そんなことより、家臣が招集された理由がわかった。キリスト教弾圧だ!」

「家臣の中に隠れキリシタンがいると主様達は予想しているということですか!?」

「ああ、その通りだ」

 ホームズ様は部屋を飛び出し、家臣が集められているであろう部屋を目指して駆けだした。僕はホームズ様を追って走り、それから数分後には血の海を目の当たりにした。

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