伊達政宗、隻眼の覇者は伊達じゃない その弐弐

 催涙剤を吹きかけられて縄で縛られ、黒塗りの危ない車へと詰め込まれたこの状況。俺は現在進行形の窮地きゅうちからどうやって脱出するべきだろうか。

 アマテラスは助けてくれない。柳生師範も愛華も離れた場所で待機中。他の者の助けは皆無と言える。

 いやいや、他力本願では駄目だ。自力でここから逃げ出さなくてはならない。そのためには、まずは顔を洗って催涙剤を流したい。失明したくないのもあるが、催涙剤を洗い落とさずには逃走は出来ない。

「目が、目があぁぁーーーー!  目を洗わせてくれ!」

「断る。君が逃げないという保証はない」

「でも俺はすでに片目の視力がないんだ! 両目を失明したくはない!」

「ふむ、一理ある。君は確かに片目をすでに失明しているな」

「頼む、もう片目は死守したい!」

「その程度ならば許容範囲内、か。おい神部、そいつの顔に水を掛けてやれ」

「わかった」

 神部はペットボトルの栓を開けると、中に入った水を俺の顔に流した。軽く目に水を掛けてから、丁寧に布で水分を拭われた。

「どうだ、これで失明はしないぞ」

「ああ、これだけでも助かった。この歳で盲目もうもくにはなりたくなかったものでね」

「それもそうだな」

 何とか催涙剤を洗い流すことには成功した。次は俺の体を縛っている縄を取って、車から早く逃げないと。この車が発車してしまえば、柳生師範達との距離は遠くなる一方だ。

『貴様の筋力を一時的に底上げすることくらいなら、干渉が難しい今の我にも出来るぞ?』

 筋力の底上げ、だと?

『もし政宗の筋力が一時的にでも上がれば、体を縛るそのもろい縄程度は引き千切れる』

 ならば一刻も早く筋力を底上げしてくれ。

『筋力を底上げ出来るのは五分間で、五分経過したら三分間は元の筋力の五分の一しか発揮出来なくなる。覚悟しておけよ』

 五分、つまりは三百秒だ。一秒が三百個あるわけだが、考えてみると少ない。だったら、以前から考えていた作戦を実行してみることにしよう。

『早く決断しろ』

 わかってる。十秒後、筋力を底上げしてくれ。

『まあ良い。十秒後だな?』

 その通りだ。使えないヒゲジジイだと思っていたが、思ったよりも役に立つじゃないか。見直したぞ。

『威厳ある男の神ならば、ひげを生やすのは当然だ。あー、そういえば政宗の知っている神の中で髭を生やした奴は我以外にはいないな』

 そんなヒゲジジイがアマテラス以外にいると言うのか?

『我が怒りそうだからやめてくれ。......十秒経った、筋力を底上げした』

「了解っ!」

 底上げされた筋力で縄をぶち切ると、車内にいる奴を力押しでぶち飛ばした。気絶はしたが、それも数分で覚めてしまう。五分で車内にいた奴らを縄で縛ることは出来ないが、俺は人を殺したくない。アマテラスはその部分を指摘したのだ。

 だが俺の頭が仁和より悪いからって、別に何の作戦も立てられないようなバカじゃない。こいつらの持っている武器に細工をしておけば良いのだ。ただそれだけ。

 続いて一番偉そうにしていたキザ男の懐からスマートフォンを抜き取り、電話帳を開いた。

「一応は幹部クラスとも連絡を取っているようだが、多分多重債務者に契約させた携帯電話を幹部クラスは使っているんだろうな。昔で言うところの、完全匿名とくめいのプリペイド携帯だな。懐かしい!」

 スマートフォンを投げ捨てると、底上げした筋力で柳生師範の元まで駆け抜けていった。

「ハアハアハア......。柳生師範、お待たせしました。全員気絶させて来ました。銃火器に細工しておいたので、引き金を引いたら暴発します」

「暴発? ということは、銃口に何か詰めたのかな?」

「ええ、銃口に何か硬いものを詰め、そして引き金を引いたら暴発します。そんな細工をしました」

「君は危なっかしいね。車に乗ってくれ、すぐに逃げよう」

 後部座席に乗り込んで扉を閉じるや否や、柳生師範は勢いよくアクセルを踏み込んだ。車は力強く走り出し、向かい風にあらがって田舎道を進んだ。

「ところで柳生師範、この車は四輪駆動くどうですか?」

「ん? 二輪駆動だが」

「タイヤ撃たれたらやばいですね。こういう場合を想定していなかったんですか?」

「今回みたいな場合を想定出来る人はなかなかいないよ」

「それもそうですね」

 二輪駆動とは一抹いちまつの不安は残るが、さっき戦った奴は戦闘不能となっているだろうから一安心と言ったところだ。

 あ、もう五分経ったみたいだな。筋力が普段の五分の一になっているから、体がだるく感じる。三分間耐えれば良いだけだが、その間に敵襲を受けると即死だ。

『ひとまず伝えてやろう。前方に銃を構えて武装した男性二人が茂みで待ち伏せしているぞ』

「はあ!? それを先に言えよ! 柳生師範、急停車させてください! 敵が待ち伏せを──」

 俺が皆を言う前に、駆動タイヤが撃たれてしまった。では一つだけ尋ねよう。こんな銃撃戦が起こっているここは本当に日本なのでしょうか?

「柳生師範、愛華! 車は捨てましょう!」

「なっ! この車は何年ローンで購入したと思っているんだ!?」

「父さん、それより早く逃げないと!」

 待ち伏せしていた敵は二人だけど、かなり距離があるのに正確にタイヤを撃っていた。相当の手練れというわけだ。ここはマジで無法地帯なんじゃないか?

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