伊達政宗、輝宗を殺すのは伊達じゃない その参零

 成実の戦力、小十郎の発想力、仁和の統率力、敵方より我が軍は五万人も兵力が多い。この条件がそろっているのに、なぜ我が軍の劣勢なんだ!

 あの三人がやられては歴史も変わってしまう。急がねば。

「俺が城を開ける間、城の守りはクロークと景頼に任せる! 他に戦力になる者は俺に着いてこい!」

 こういう時に景頼、それとクロークがいて助かった。俺は急いでクロークの寝ている部屋まで向かい、クロークをたたき起こした。

「痛っ! どうしたんだよ」

急遽きゅうきょ、城を出ることになった。ついては、クロークに城の守りをお願いしたい」

「仕方ないか。城の守りは任された」

「父上と愛姫を守ってくれ」

「わかった」

 廊下に進んで外を見る。戦力になる奴らは、城を出て馬に乗って並んでいた。俺も鎧を装着してから、馬に飛び乗った。

「進め! 勝ちに行く! 負けは極刑だと思え! 戦からは生きて帰れよ!」

 俺が馬を走らせると、後続者も続いて走り出した。あいつらがいる場所までは少し遠い。スピードを上げるにはどうする? いや、急ぐしかない。

「歯を食いしばれ!」

「「はいっ!」」

 馬に乗っている最中、俺はふところから小銃を取り出した。この戦で伊達政宗は死ぬかもしれない。それでも、勝つためにはこの命を捨てる!


 どれくらい走ったのか。何分なにぶん必死で走っていたから、何時間が経過したかわからない。ただ、無我夢中むがむちゅうで走っている間に、確実に戦場に近づいていることがわかる。そういう雰囲気というか、空気が感じられた。

「もうすぐだ! 刀を抜けぇ!」

 俺が指示を出した瞬間、血のにおいがした。鉄の臭いにも似たそれは、近くが戦場だということを物語っていた。戦国時代で早十数年。それでもなお、この臭いには慣れる気がしない。小十郎と同じだ。

 せめて第二の人生は四半世紀ほど生きたかった。それがかなう願いかは、明瞭めいりょうだ。

 遺書。遺書を書くとしたら......前世で良い行いをしていればよかった、というような後悔をただ書き連ねる紙になるだろう。後悔先に立たず、とは良く言ったものだ。平常時はそうは思わんが、こういう場合には身に染みて理解出来る。

 唇を、血が流れるほど強く噛む。血は涙と一筋にまじわり、首筋を通って流れ落ちた。

 馬が進むと、それだけ血の臭いは濃くなる一方だ。そうして、広い野っ原の景色が目の前に広がった。

 息を吸い込み、それを吐くと同時に声を発した。「敵は目の前! 我が軍はまだ負けてはいない! 戦えぇ!」

 はっきりとしたシルエットではないが、そこには成実や小十郎、後方には仁和らしき姿が確認出来る。かなりの人数の仲間がやられたようだ......。

「戦闘に長けている自負がある者は敵方の一掃いっそうへ、それ以外の者は仲間の救助へ向かえ! 急ぐんだ! 仲間の息がある内に、だ!」

 俺は床に散らばる人間を踏んで進むしかなかった。馬に人間を踏まないように操るのは難しい。馬が踏んで骨がボキッと折れる音を聞かぬように泣きながら耳を押さえ、身をかがめて前進した。

 刀をやりのごとく振り回し、死に物狂いで敵陣へと突っ込んでいった。装着している鎧も他の者と同じ質素な鎧だから、集中的に狙われることはなかった。

「ああああぁぁぁー!」

 俺の戦いぶりを、生きて帰還してきた家臣らは口をそろえて『一介の当主には見えないほど最前線へ進み出て、縦横じゅうおう無尽むじん勇猛ゆうもう果敢かかんに敵をなぎ倒していきました。我々は廃忘はいもう怪顛けでん、若様はいさましいものです。』と言っていたことを覚えている。

 俺は失魂しっこん落魄らくはく、つまり奇行に走った。馬から下りて、小銃を取り出した。

「掛かって来やがれ!」

 周囲の敵方の者は俺に向かって来た。俺は防御壁で防ぎながら、小銃で撃っていった。無論、急所は外している。アキレスけんも狙って撃ったから、その場で倒れ込む者もいた。俺はすかさずそいつを防御壁でおおい、死なせないようにした。これは小十郎との約束を守るためである。

 ある程度敵方を一人だけで圧倒あっとうすると、それを見た奴らはビビって逃げだしていった。俺は防御壁を解除して馬にまたがり、成実や小十郎、仁和の安否を確かめた。

「成実! 小十郎! 仁和! いるなら返事をしろ!」

 馬で本隊と合流して、怪我けが人の群れをかき分けて探した。すると、倒れ込んでいる三人を発見した。

「大丈夫かっ!?」

「若様」三人に歩み寄った俺を、そいつは止めた。「このお三方は今は安静にしておいた方が良いです。状態が回復してからにしてください」

「あ、ああ。すまん」

「いえ」

 すまないことを、俺はこの三人にさせてしまった。二度とこのようなことをしないようにしたい。

 そのためには、今回負けそうになった原因を見つけ出さなくてはなるまい。俺は思考をました。

 目を閉じてあごに手を当て、眉をひそめた。すると、頭を使いすぎたのか体が限界に達したのか、めまいがしてフラフラになった。そして、頭から地面に倒れた。

 俺が突っ伏したことにより、家臣はあわてて俺の体を起こした。そこで意識は途絶とだえ、次に目を開けた時には米沢城の本丸御殿で寝ていたことがわかった。

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