伊達政宗、輝宗を殺すのは伊達じゃない その拾
この滝を全て合わせた落差が六百五十六フィート(二百五十メートル)を誇るスイスの観光名所である、ここライヘンバッハの滝。この滝は
角張る顎の、その男性は滝を眺めながら登山杖を握りしめていた。口には柄が真っ直ぐで長いビリヤードパイプがくわえられており、その口元は笑っているように見受けられる。
岩に強く打ち当たった滝は、
彼は視線を、滝から谷底に移す。滝が長い年月を掛けて削っていった谷の底は、
モリアーティとホームズ。この二人は同等の優れた才を有するも、その能力の使い道は両極端だ。一方は難事件を解決するために使用し、一方は完全犯罪に使用する。彼らが対峙するのは必然である。
ホームズは死してモリアーティを破滅させることを決していた。また、モリアーティはずる賢くも、ホームズを谷底に突き落として自分は生き長らえることを狙っていた。そのために、モリアーティは右腕であるセバスチャン・モラン大佐をライヘンバッハの滝に待機させていた。無論、崖に立つホームズはそのことを承知していた。
滝の
ホームズは体を完全にモリアーティのいる方向に向けて、登山杖に体重を掛ける。
「やあ」
ホームズはムスッとした表情で、だが好意的な声でモリアーティに挨拶をした。
「どうだ、ホームズ? のこのことライヘンバッハの滝に誘い出された気分は」
「別に僕は、君の
「ロンドンを代表する名探偵。面白い肩書きだ。果たして、私の肩書きである教授とどちらが優れているのか」
「別に名探偵を名乗ったつもりはない。僕の同居人が勝手に褒めちぎったまでだ」
「私は負けない」
モリアーティはニヤリと笑う。
「そうかい。では、谷底へと落ちてもらう」
「私を殺すか? 君だってちょうど今、殺人を犯そうとしている。私とやっていることは変わらないではないか」
「罪なき者をたくさん殺してきた君には言われたくない」
「命は
「命が尊い、という言葉を君の口から聞ける時がくるとはね。
「ほう。私もろとも死ぬというのか?」
「自分が死ぬ勇気を持たないと、君は殺せないだろう?」
「勇気ある者から、戦場では死んでいくんだ」
「戦場......。いや、ここは戦場ではなく僕達の墓場だ」
「僕
ホームズは登山杖を持って場所を少しずつ移動していった。
「死ぬ勇気は、僕には確かにある」
「死ぬのなら君の伝記作家に、何か何か言い残すことはないのか?」
「伝記作家、という呼称はあまり好まない。これでも僕は、ワトスン君のことを尊敬しているんだ」
「ではその博士に、言い残すことは?」
「たくさんあるよ」
「博士に手紙を書く時間を与える。
「そうすることにしよう」
ホームズはノートからページを破り、手の上で文字を記していった。モリアーティの
遺書を三枚に分けて書き上げて折ると、
「ホームズよ。どちらが正しいか、白黒つけようじゃないか」
「ふん。完璧な人間などいないさ。君も、僕も......。ということは、僕らは二人とも谷底に落ちるということさ」
ホームズもモリアーティも、どちらも勝利を確信していた。今ここに、出会うべきではなかった世紀の大天才の二人が、
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