伊達政宗、薬を創るのは伊達じゃない その参

 俺は大急ぎで、料理人が鍋に投入した毒を用意させた。その毒を小さく切った。翌日、重臣がお腹を押さえて部屋を訪ねてきた。俺は小切りにした毒を皿に出して、机に置いた。

「これは?」

「食べてみてください」

「......」

 重臣はパクリと食べてみた。

「どうです? 料理人が作った鍋の中に、この味と同じものが入っていませんでしたか?」

「入っていた。キノコだよ! あのキノコはうまかったんだ!」

「今食べていたキノコは『テングタケ』です。毒キノコですが、かなり美味しい成分も入っています。テングタケを目当てにキノコを探す者もいます。確かに美味しいキノコですが、食べると嘔吐や腹痛になります。少し酔った感じにもなるのですよ。料理人が作った鍋にはテングタケが入っていたのでしょう。テングタケは料理人がおすすめするのもわかる美味しさです」

「今私は毒を食べたのかっ!」

「あのくらい小切りにしたら症状は酷くはなりませんよ。安心してください」

「どうしたら治る?」

「放置したら、少しずつ治っていくはずです。一応、痛み止めに『ハマゴウ』を、吐き気止めに『ハス』を渡しておきましょう」

 ハマゴウもハスも薬草だ。ハマゴウもハスも果実を使う。ハマゴウは解熱や痛み止めに最適で、ハスは吐き気をおさえるのに使用する。薬学書に載っていた。

「ありがとうございます」

「いえ」

 重臣は薬草を持って立ち去っていった。表情は嬉しそうだった。いやー、良い仕事をしたな。これでまた一人を救ったのだ。

 笑顔で飯を食い始めると、以前から気になっていることに目を向けてみた。我が正室・愛姫の具合が悪そうなのだ。食べ物を前にしても、まったく食べようとはしていない。食欲不振。

「大丈夫か、愛姫?」

「ええ、大丈夫です」

 それに、なんだが彼女の様子が以前と違う。俺を他人のように扱うのだ。別に、まったくの他人というわけでもないのに、なぜか会話が他人としているような、何とも言えない感じになっている。すごくモヤモヤしていて、不安だ。

「本当に大丈夫なのか!?」

「大丈夫です。少し食欲が湧かないだけなんです」

「そ、そうなのか? 辛かったらいつでも言っていいんだぞ」

「はい、わかりました」

 愛姫の容態が急変した場合に備えて、薬などを準備しておいた方が良さそうだ。そのためには、愛姫の病気を調べる必要がある。俺は小十郎と景頼、成実を招集した。

「よく集まってくれたな」

 成実は真剣な目差しで俺を見上げた。「若様。なぜ、愛姫様の身辺調査をするのですか?」

「体調が優れていないようだ。だが、彼女は何も話してくれていない。だから、調べて病気を知りたいのだ」

「さすが若様です」

「妻が倒れたら、ショックで俺が倒れるかもしれない。愛姫は私の生涯のパートナーなのだ」

 小十郎と景頼は愛姫の容態を調べ、成実は容態から病気を推理するという分担で身辺調査が開始した。俺は本格的に病気のことを勉強するために、また輝宗に道具一式の調達を頼んだ。届いた書物を受け取り、部屋に籠もり、戦国時代の様々な病気を独学で身につけていった。

 戦国時代に挙げられる重篤になる病気としては、一番有名なのは『天然痘てんねんとう』だ。この時代では『痘瘡とうそう』と呼ぶのが適切だろう。激しい発熱、頭痛、悪寒おかんなどで発症すると記載されている。体全体に発疹ほっしんが広がり、かさぶたを残して消えていく。あばたが生涯永劫えいごうで残る奴もいる。戦国時代の例だと、豊臣秀頼だったっけ?

 それより、何で俺は天然痘にならなかったのか? この天然痘の対策も考えなくてはならない。薬学書、病理学書を開いて、腕を組んで試行錯誤した。

「天然痘の予防方法はあるのか!?」

 指を猛スピードで動かして、ページをめくっていった。各ページの一から十までの文章をものすごい形相で睨みながら、丁寧に読み込んでいく。今必要な情報の書かれた文章を見つけるのに、あまり時間はかからなかった。天然痘への予防対策はない。くそ難病じゃねぇか!

 ため息をもらして、書物を閉じた。そんな折に報が入った。米沢城に異人が訪れたらしい。現在は輝宗が対応中で、俺にも呼び出しがあった。俺は急いで客間まで出向いた。異人は椅子にもたれ座り、テーブルに並べられた食べ物を口にしていた。

「父上、参りました」

「よく来た、政宗。この方はイギリスの方なのだ。少し、話してみてくれ。英語は得意だろ?」

「わかりました」

 以下、イギリス人と俺の会話は英語で行われたが、日本語に訳して記すことにする。

「初めまして、私はこの城の主の嫡男の政宗と申します」

「ふむ」

「あなたの名前を聞かせてください」

「ここはどこだ? 西暦何年だ?」

「記憶がないのですか!?」

 俺が日本国だと伝えようとすると、彼は周囲を見回してから口を開いた。「西暦700年、800年から西暦1600年の間くらいで、国は欧米ではないし日本国だな」

「記憶を思い出したのですか?」

「いいや、初歩的な理屈を使って複雑そうに見せているだけの単純な推理だよ」

「?」

「廊下の壁にはヨーロッパの絵画が飾られていた。描かれていた女性はティーカップのお茶をソーサーに移して飲んでいる。

 ヨーロッパにお茶を飲む習慣が出来たのは1600年代初頭で、その頃のティーカップは取っ手がないからお茶が熱くて持てず、ソーサーに移して飲んでいて、ソーサーには液体を溜める溝があった。絵画で描かれているソーサーには溝がないから、ティーカップが広まってすぐのものだとわかる。それは1600年初め頃だから、今は1600年より前だという推理が成り立つ。

 周囲を見回すと、ティーカップはなく湯飲みがあり、箸などもあった。中国かとは考えたが、テーブルマナーでピンときた。食べ終わる前に飯に汁を必ず全員がかけていた。これは日本国の戦国時代の、ごちそうさま、の礼儀だ。

 日本国とわかれば、湯飲みが日本国に伝わったのは西暦700年くらいからだから時代は絞り込めたわけだな」

 一理も二理も通った推理だった。ちなみに、廊下に飾られたヨーロッパの絵は、日本を訪ねた欧米人の話しを聞いて忠実に書いた絵である。輝宗が、欧米にも負けんようにせなあかん、などと言ったからあの絵画が用意された。

「面白い推理をしますね。ここは日本国。西暦1581年です」

 話しぶりからして、奴も未来人の可能性がある。

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