第二章『祝福の病』

伊達政宗、薬を創るのは伊達じゃない その壱

 ふと、俺は思った。天下統一をするには、長生きが絶対条件だ。徳川家康も薬を重宝していた。なら、薬学を習ってみよう。そう決意した。

 まずは薬学の知識が書き込まれた本を読みたい。しかし、そんなものは持っていない。どうしようか少し考えたが、輝宗に頼んでみるのが一番簡単なことは知っている。足早に本丸御殿へと向かった。

「父上。少し良いでしょうか?」

「どうした?」

「頼みたいことがございます」

「言ってみろ。出来る限りのことはしてやるぞ」

「私、薬学の本が欲しいのです」

「薬学? 政宗は医療に興味があるのか?」

「いえ、民を守るのも使命かと思いまして......。世の中、健康が一番です」

「そうか、そうか。薬学の本は、至急取り寄せる。届くまで待って欲しい」

「承知しました。頼みを叶えていただき、感謝します」

「うむ。日々、鍛錬に励みなさい」

「はい」

 頭を上げて、本丸御殿を出た。輝宗との会話は敬語だし、ちょっと疲れる。だが、会話は欠かせないことではあるし、信頼度を上げるためには仕方ないことなのだ。

 薬学の本はすぐにでも手に入りそうで安心した。景頼の持つ医学書などの未来の書物の中には薬学に関することには一切触れていないので、使い物にならない。医学といっても、薬学の方が手っ取り早いのだ。前世では興味の対象ではなかった医学が、転生してからは必要と思えてきた。この転生は、様々な理由で俺を成長させている。

 部屋に戻ると、小十郎がいた。

「どうしたんだ、神辺」

「大変なんだ、名坂!」

「え? 何が大変だって?」

「もう歳なのか、抜け毛がひどいんだ」

「抜け毛? いや、小十郎の体はまだ二十代だろ? 何で抜け毛になるんだよ」

「僕もわかんないよ......」

「ってか、戦国時代に育毛剤ってあるのか?」

「それなんだ! 今僕が困っているのはそれなんだ!」

「いや、育毛剤の成分とかまったくわかんないけど?」

「僕もさっぱりわからない」

「さっき輝宗に、薬学の本が欲しいって頼んだ。その本に育毛剤の作り方が載っていると助かるが、育毛剤なんて載ってないだろうな......」

「じゃあ、抜け毛はどうすればいい?」

「その内治るんじゃないか?」

「その内って、時が経ったら治る? 抜け毛って」

「俺はやぶ医者より医学に精通していないんだぞ!? さっぱりわからん」

「ん~」

 小十郎はものすごく困っている様子だった。確かに、前世では俺も抜け毛に悩んだ。ただ、前世では育毛剤とかがあったからなぁ......。この時代に抜け毛は、相当苦労すると思う。小十郎のためにも、何とかしてあげたい。

 景頼なら何かわかるかもしれない。あとで、抜け毛について尋ねてみよう。

「神辺。ちょっと髪の毛を見てもいいか?」

「別にいいよ」

 小十郎の髪の毛を確認した。手で触れると、髪の毛数本が抜け落ちた。

「かなり重度の抜け毛だな。それも、二十代にして......」

「でも、この時代でいう二十代って若くはないんじゃ?」

「戦国時代は寿命が短いからな。だけど、神辺の歳はまだ若い部類に入るぞ」

「なのに抜け毛!?」

「く、苦労してるな」

「それだけ? 何な解決策をさぁ......」

「わ、わかった。ちょっと待ってろ。解決する方法を考えるから」

 抜け毛を治すにはどんなことが必要なのだろうか。例えば、抜けることを止めるのは無理だから、カツラを作るとか。小十郎が激怒しそうな答えだ。

「帽子をかぶる、とか?」

 はい、小十郎怒りましたぁー!

「名坂ぁ! ちゃんと考えろよ? あ?」

「へい」

 一時間くらい抜け毛がテーマの問答が続いた。どんな罰ゲームなんだよ。俺は抜け毛のプロフェッショナルではないぞ。

 小十郎は話し疲れたようで、ゆっくりと座り込んだ。俺は抜け毛について景頼に意見を求めるために、あくびをしながらのっそりと歩いていった。

「景頼!」

「これは若様。どういたしましたか?」

「神辺が今、抜け毛に悩んでいるらしい。どうしたらいいかわかるか?」

「抜け毛ですか? どうでしょう......。私が保管している蔵書の中に、抜け毛について触れている文献はないかと思われます」

「だよな。そうだと思ったよ」

「カツラを作ってはいかがでしょうか?」

「やっぱそうなるよな」

 カツラを作るにしても、まず原料とか面倒だ。あ、人の髪を使えばいいのか。なら、いっそのこと俺の髪を切ってみるか。高校生の時は野球部だったから、あの頃は坊主だ。だから抵抗はない。いや、時代的に俺が坊主になるのはまずいか。だったら、髪が長い奴から少しずつもらっていけば、カツラを作ることは出来そうだな。

「ありがとうな、景頼。カツラを作ることにする」

「お役に立てて、この景頼、嬉しい限りでございます」

「おう」

 その後、家臣の髪の毛を、半ば強引に切っていった。家臣は眉間にしわを寄せてはいたが、当主の嫡男だから反論や抵抗も出来ず、嫌々髪の毛を差し出していた。罪悪ざいあく感はあるが、これは全て小十郎のためだ。そもそも、この時代の奴らは髪の毛が長すぎるんだよ。

 掻き集めた髪の毛を束ね、均等な長さにした。それをかぶりやすいように加工して、小十郎用のカツラが完成した。

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