第8話
俺は一度家に帰ると私服に着替え、眼鏡を掛ける。この眼鏡は神下に借りっぱなしになっていて返そうとしたのだが「100円だから別にいい」と言われたので頂戴した。
よし、これでいいだろう。俺は駅前のサイズへと向かっていく。
改めて自分が言うべき言葉を確認する。本当はカンペを使いたいが、誰かに言わされている感はご法度だ。
サイズに入ると程よい喧噪だった。
席に案内されるが今回は別に食事をしに来たわけではない。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
水を運んできた若い女性店員がそう言う。俺は顔を上げるとそれが目的の人物であることを確認する。
「佐倉コハルだな?」
「あっ……! アンタ、ツナらと一緒にいた」
どうやら俺のことを覚えられていたらしい。浜辺いよいよツナって呼ばれてるのか。
「今日は忠告と提案があってきた」
ここで逃げられてしまってはいけない、俺はただの女性店員に声をかけただけの不審者になってしまう。だから矢継ぎ早に、手短に言葉を繰り出す。
「まず、22時以降の仕事は止めとけ。違法だ」
「それは分かってる……。でも仕方ないじゃん」
「あんたは夢のために進学したい。そのために学費を稼ぐしかない。間違いないか」
「そうだよ……。ツナから聞いたの? なに? お金出してくれるの?」
彼女は少し声を荒げるが店の喧噪にかき消される。
「いや、これは全て俺の推理だ。だからこれからする提案も俺が勝手に考えたものだ」
そう言ってとっさに2人は全くの無関係だと弁護する。
本当に2人を連れてこなくてよかった。友達に涙ぐんでいるのを見られるのも、見る方も辛いだろう。
さて、ここが核心でありもっとも言葉を選ぶべきポイント。
「お金は出す。でも出すのは俺じゃない」
「……?」
「どういう理由で独り親になったのか知らないし、興味はない。
だが、あんたの為にも親には再婚してもらった方がいい」
「随分と簡単に言うね」
「簡単に言った。だが、やってみる価値はあると思う。上手くいけばお前が深夜に働かなくて済むくらいの相手は見つかるだろ。一回、親に言ってみることだな」
男は金が有ろうが無かろうがに女に奢りがちである。俺もつい神下に奢ってしまった。いや、あれは貸し借りチャラにするためのお礼だったか。
まあ俺のことは今はどうでもいい。
「そうかも、考えとく」
「そりゃどうも。頑張るのはいいがあまり変に頑張りすぎるなよ」
どうやら納得してくれたらしい。これで依頼達成だ。俺たちに出来るところまではやった。
「なんでアタシにそこまでするの?」
そういえばなぜだっただろうか。
そういう部活で、その部員なんだよ。そう言おうとしたが今回は依頼ではないし、俺が勝手に動いたことにしている。
「人を助けるのに理由がいるのか」
適当に口から出まかせに常套句みたいなのを吐いて誤魔化す。
「ふん、あの2人とどういう関係?」
俺はそう問われて考える。あの2人との関係を何と言うべきか考える。
「ただ部活が同じだけだよ。ああ、そういえば浜辺がカラオケ行きたいって言ってたからまた誘えば?」
「ふーん」
おっと、部活が同じと言ってしまってよかったのだろうか。だが本当にそれ以上でもそれ以下でもない関係のはずだ。
「注文だがペペロンチーノ1つ」
「ん、かしこまりました」
そして俺たちは客と店員の関係に戻る。
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