第6話 『不甲斐なさを糧として』
「これは……チケット? それもあのヲタ神お手製の」
普通、一縷の望みをかけて発動したのに、こんな紙切れが現れただけで何も起こらないんじゃいみがない。
いつもなら「なにクソ」と感情のままに破り捨てていたところだけど、
「――ッ!? お願いっ! この子の苦しみを取り除くための薬をちょうだい!! 今すぐに!!」
今回ばかりは違った。
反射的に叫ぶようにチケットを千切れば、いま叶えてほしい願いを口にしている私がいた。
【転生特典――三つのお願い】――○△神たる○×△が推しの願いをなんでも叶えるため残る神様パワーをつぎ込んで作った奇蹟のチケット。
その効力は――使用者の願いをその枚数分なんでも叶えてくれる。
咄嗟に鑑定眼を発動してて本当によかった!!
手元にあったチケットの一枚が淡い光と共に消えたかと思えば、『奇跡の救済セット』なる麻袋がドスンと質量を伴って現れた。
でも――
「こんな時に限って調合セットとかそういう面倒なものじゃないでしょうね。全部なにが何やら、説明書とかってないわけ!?」
こういう時こそスキル鑑定眼なのだろうが、パニクってる私にそんなことを考えている余裕はない。
なにせ自分より一回りも小さい子供が死にそうなのだ。
慌てて麻袋を紐解けば、緑、赤、青の水薬らしき液体が入ったガラスの容器が。
ゲームのお約束で言えばこれら全部、回復アイテムだろうけどこの子になにが効くのかわからない以上、迂闊なことはできない。
かといってあのどうしようもなく甘すぎるヲタ神が私へのプレゼントに手を抜くなんてこと、どうしても思えないわけで――
「ぜったい助けてやるんだから!!」
だからとりあえず全部飲ませるつもりでフラスコの栓を口で外し、一つ一つ獣人の子の口元に薬をあてがっていくも、すでに飲む力がないのか飲ませようとしても上手くいかない。
だから――
「ああもう、私のファーストキスの責任。きっちり取ってもらうんだからね」
一気にフラスコの中にあった水薬を一気に煽り、口移しの要領で飲ませていく。
そして全ての水薬を飲ませ終えた頃。
「お願い。効いて」
異世界デビューが人死とかマジで勘弁だから。
祈るように固く目をつぶり、少女の身体を掻き抱けば、色とりどりの淡い光が少女の身体から立ち昇り始めた。
初めは小さな変化だった。
けれど光の帯のように漂う奇跡の粒子は吸い込まれるように少女の身体に溶けて消え、瘦せこけた身体は徐々にふっくらと色艶を取り戻していき、土色のように冷たく汚れ切った顔色に生気が戻っていく。
アバラの浮き出た肉体は年相応の感触を取り戻し、白くくすんだ色をした痛み切った髪や体毛は純白のキューティクルを取り戻していく。
そして息を吹き返すように小さくなる呻き声の後。咳き込むような反応が返ってきて――
「メシア、さま?」
まるでうわ言のように動く唇から銀鈴を鳴らしたような言葉が零れ、瀕死の状態だった子供がゆっくりと目を覚ますのであった。
◇◇◇
というわけでなんとか異世界転生早々騒がしい鬱イベントなんていうクソッタレな局面を乗り切れたわけだが、まさかこれ以上の苦行が私を待ち構えていようとは思ってもみなかった。
私としては初の異文化交流。
ここで失敗したらすべてが終わると思ってフレンドリーにあいさつしただけなのにいきなり泣かれてしまったのである。
生前から子供受けがいいことがちょっとした自慢だったので、出合い頭にいきなり泣かれるのはちょっとというか、かなりショックだった。
だけどそれ以上に私がショックを受けたのは――
『どうして私はこの子を泣かせたままでいるんだろう』
ということだった。
いったいどういう育ち方をしたらこんな下手糞な泣き方ができるのだろう。
声を押し殺しながら顔を私の肩に押し付ける姿は、まるで泣き方を知らない子供を見ているようで、胸に来るものがあった。
きっとこの世界にはそれだけ不幸が多いという証拠なのだろう。
異世界だ。きっとそういうこともあるかもしれない。
でも人を笑顔にしようって夢を掲げるアイドルが、目の前の子供を泣かせたままなんて許されるはずもなく――
「ああもう、なにやってんだろ、私」
ふつふつと湧いてくる怒りに思わず顔を顰める。
まったく、目の前に降って湧いた非日常に翻弄されて危うくアイドルとして大事なものを落っことすところだった。
自分のことでいっぱいいっぱいで何もできないなんて、アイドル失格だ。
これじゃあ凛ちゃんに顔向けなんてできない。
(初心忘れるべからずか……異世界に来て少し天狗になってたな、私)
改めて自分のアイドルとしての在り方を再認識し、頬を張って気持ちを切り替えてやれば、私にしがみつく少女に視線を落とす。
まったく、なにが『異世界デビュー』だ。
なにが『お決まりのチート無双』だ。
そんなのいつまでも一人で舞台に立てない未熟者の言い訳じゃないか。
もしここにプロデューサーがいたら
『いまここに一人不安がってる少女がいるのに、自分の夢も演じられないなんて三流アイドルを名乗ることすらおこがましい』
なんて言われて張り手が飛んできたかもしれない。
それほどの失態。本当に情けない。
こんなのテレビに映るのやライブでお客さんの前で歌うのと変わらないじゃないか。
私たちアイドルはいつ、どんな時であっても『理想』という『非日常』を押し付ける側を演じなきゃいけないはずなのに――
(それを忘れた自分が憎い)
そうだ。『伊吹絵恋』という人間はあのアイドルフェスで私の夢の身代わりとなって死んだのだ。
いつまでも『伊吹絵恋』として生きるわけにはいかない。
私はもう立派にこの『異世界』という舞台でアイドル『エレン』として生きていくと自分で決めたじゃないか。
なら、魔法だスキルだと喚き、送り出したドル神に不平不満を言う前に『プロ』として。アイドルの
「さてと、いっちょやったりますか」
初志貫徹。
いつもと違うシチュエーションとはいえ、私のやることは変わらない。
子ども一人の涙を止めずして何がアイドルだ!!
そっと息を吸い、優しい旋律を口ずさめば、草木のせせらぎが楽器となって静かな子守唄が世界に流れ始めた。
この衣装のせいなのだろうか。
いつもより声の通りがいいような気がする。
まるで私の歌が『なにか』に干渉しているような、そんな感覚。
でも今はそんなことはどうでもいい。
夜が怖くて震えた子供がいるのなら、歌って夢を見せるのが私の役目だ。
拙い子守唄でも、誰かの心に届けばそれは立派な魔法だ。
「~~♬」
奇しくも私の夢の始まりが、同じ原点を辿るとは思いもしなかった。
過度に力を入れず柔らかく少女の背中を撫でつけてやれば、しがみつくように泣きつく少女の身体から余分な力が抜けていくのがわかる。
そして堂々と子守唄を歌いあげたところ、目に見えてわかるくらい徐々に落ち着きを取り戻していった幼い少女と目が合い、
「ええっと、ちょっとは落ち着いたかな?」
「はい。その――、ありがとうございました」
恥ずかしそうに俯く白い少女の言葉に、私は思わず笑みを浮かべるのであった。
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