第23話 最悪な再会

「疲れた」

概ね予定通り。

思惑は怖いぐらいに嵌り、アイルの非常識さが貴族の間で話題になっている。

アイルを悪女に仕立て上げることに成功した。

これでアイルの無茶ぶりに多少は抵抗できると思う。光栄なことに社交界デビューをやり直す手助けをしてくれると申し出てくれた人もいたし、お茶会の効果で事業についても興味を持ってくれる人がかなりいる。

父は私の言われた通りに動いただけで細かい質問をされても答えられないので私が代わりに答えた。そのおかげで事業を取り仕切っているのは私だと周囲に知らしめることができた。

失敗すれば私が責任を負わされることになるけど成功した実績を父にかすめ取られることはない。仮に自分がやったのだと声高に言っても冷笑されるだけだろう。

娘がいなければ何もできない愚かな男だと。

「ここにいたのね」

バルコニーで休憩しているとアイルが来た。

まだ私に用があるのだろうか。いい加減、一人にしてくれないかな。まさか夜会中ずっと付き纏うわけじゃないよね。

振り返るとアイルの後ろに男がいた。

ぼさぼさの髪にどんよりとした目。目の下には隈ができている。背はかなり高いけど猫背だからそこまで威圧感はない。服は上質だからそれなりの財力があるのは分かるけどそのだらしなさが全てをダメにしている。

まさか、彼も乙女ゲームの関係者とかいう?

攻略対象者じゃないわよね。華やかさはないけど、そこそこのイケメンに見える。でも最初に聞いた攻略対象者でまだ出会っていないのは一人だけ。アイルから聞いた年齢と目の前にいる彼の年齢は一致しない。

それにどうしてだろう。

彼を見ているとぞわぞわする。

私を見る彼の目から逃れたい。ここから逃げたいと思ってしまう。

私は何を恐れているのだろう。

「ミキちゃんにね、彼を紹介したかったの」

アイルがそう言って体をずらすと私は真正面から彼を見ることになった。私を見据えた彼はにやりと笑った後申し訳程度に頭を下げる。

「彼が誰か分かる?」

私は頭に叩き込んだ貴族名鑑を思い出す。そこで彼が誰なのかは分かった。

「アグニ・サラスヴァティー男爵令息」

サラスヴァティー男爵は天才魔術師で魔術研究の最高責任者。変わり者で魔術塔にこもり魔術の研究ばかりをしている。滅多に外に出てこない人だ。彼はその息子。

「違う違うっ!彼はタカだよ」

「‥…タカ」

「思い出してくれた?」

嬉しそうに笑うアイル。

アイルの半歩後ろにいたアグニは一歩前に出てきた。

「ミキちゃん、ずっと会いたかった」

「びっくりだよね。まさか、タカまでこの世界に転生していたなんて。しかも、二人は前世で恋人同士だったんでしょう」

何を言っている。

落ち着け。狼狽えるな。正しい判断をしろ。落ち着け。怖がることはない。私はミキじゃない。レイファだ。

「ミキちゃんが死んだって聞いてね、タカはショックのあまり自殺したんだって。きっと神様がそんなタカを憐れんでこの世界に転生してくれたんだよ。神様って本当に優しいよね。しかもね、私がいろんな人にゲームの話をしていたからタカの耳にも入ってね、私に会いに来てくれたの。タカは今でもミキちゃんのことを想っているのよ。それって凄いよね。もう結婚するしかないよね」

「私が、結婚?」

「うんっ!」

にっこりと笑ったアイルを素通りして私はタカを見る。タカは照れたように頬を赤く染める。

「何、言っているの。私は公爵令嬢で、彼は男爵令息。身分がつりあわないわ」

そうよ。

ここは日本とは違う。結婚は親が決めた人とする。そこには当然、身分だって関係してくるし家の利益になる相手ではないといけない。

確かに彼の家は魔術関連で成功しているし陛下からの信頼もある。でも我が家に利益を齎す人ではない。魔術ばかりで横のつながりが彼の家にはないのだ。

王族の信頼が厚いだけでは何の意味もない。彼以上の好条件の人間などいくらでもいる。

そうよ。前世と違って私の方が今は身分が上。選ぶのは私。彼は選ばれるのを待つ側。そして父も私も彼の家を選ぶことはない。

「大丈夫よ。そこは私が後押ししてあげる」

「‥…それは命令ですか?」

大丈夫。大丈夫。大丈夫だから落ち着け。正しく対処して、正しく立ち回らなくては。大丈夫よ。絶対に何とか出来る。私は一度もミキであることを肯定していない。アイルが勝手に勘違いしているだけ。私はミキじゃない。私はレイファよ。

「命令でないと結婚できないの?貴族社会はいろいろ面倒ね。何か建前がないとダメだって言うのなら作ってあげるよ」

言葉が通じない。

私と彼が結婚することでマヤにとっての利益って何?そこまでさせてくっつけたいアイルの思惑は何?

「ミキちゃん、今度こそ一緒になろう」

そう言ってタカが私の手首を掴んだ。ぞわりとした。

「いやぁっ!」

私は彼の手を振りほどき、叫んだ。周囲が何事かと視線を向けていた。

何か用でもあったのか、バルコニーの入り口にいたカーディルが驚いて私を見ているのが見えた。

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