第20話 プレゼントの使い道

「少しきつく言い過ぎたかな」

邸に戻り、カーディルに当たったことを少し後悔した。

友人を利用されるかもという心配や怒りが分からないわけではない。

でも何も分かっていないのに悪者みたいな目で見られてムカついた。簡単に言えば八つ当たりだ。

「レイファ」

ばんっ

ベッドでごろごろしていた私の元に喜色を浮かべた父がやって来た。

「喜べ!」

無理。

今まで嬉しそうにやって来た父から聞かされる内容に喜べたことは一度もない。

悪い予感しかしない。

「王女殿下がお前の社交界デビューのドレスを贈ってくださった。それと王女殿下もお前と一緒に社交界デビューすることになった」

そう言って父が私のベッドの上にドレスが入っているであろう箱を置いた。箱には赤いリボンがつけられており、間にメッセージカードが挟んであった。

カードには仲直りしたい旨が書かれていた。

「お前、王女殿下と喧嘩でもしたのか?ダメだぞ。ちゃんと言うことを聞かなければ」

「平民と同じ髪色に無理やり染められても黙って耐えろと?明らかな侮辱です。侮辱してくる相手に好意的であるとは思えませんが」

「だからって喧嘩までする必要はないだろう。お前は公爵家を潰す気か?」

「お言葉ですが喧嘩はしていません。私は王女殿下が陛下が招いた賓客に無礼を働こうとしたので諫めただけです。諫めずに陛下の怒りを買うぐらいなら王女殿下の怒りを買った方が安いものではないでしょうか?」

「そ、それもそうだな」

自分の父とは思いたくないぐらいの馬鹿さね。

あの娘に激甘の陛下が怒る可能性なんて限りなく低いわよ。仮に何かあっても「子供のしたことだから許せ」とカーディルに言っていたでしょうね。

「そ、それよりも早くプレゼントを見せてくれ」

子供のようにウキウキしている父には悪いが期待はしない方が良いだろう。あの、アイルが贈ってきたドレスだ。期待なんてできるはずがない。

「こ、これは、何だ?」

「ドレスでしょう。先ほど、ご自分で仰っていたではありませんか」

「これが、ドレス。社交界デビューの為の、デビュタントのお前が着る、公爵家の娘が着る、ドレス」

卒倒しそうな父を無視して私は箱の中からドレスを出す。

灰色の、何の装飾品もないドレス。布だけは一級品だが、お金のない下級貴族だってもっと華やかな物を着るだろう。傍目には家庭教師が令嬢に勉強を教える時に着るドレスだ。

「お父様、王女殿下も私と同じ日にデビューするんですよね」

「あ、ああ」

これは使えるかもしれない。

「王女殿下からは必ずこれを着るようにとメッセージがあります」

私はメッセージカードを父に渡した。

メッセージには「あなたの為に丹精込めて選んだドレスだから絶対に着てね」と書いてあった。

「なかなか独特なセンスの持ち主ですね、王女殿下は」

「こんなドレスを着て行ったら‥…」

我が家にはお金がないと思われるのは間違いない。デビュタントは最も華やかなドレスを着るのが通例だ。そうすることで我が家には財力があると示すことになるからだ。

王家に次ぐ位の公爵家がこんなドレスを着て行ったらあらぬ憶測を呼ぶし、笑いものになるだろう。

「仕方がありません」

「まさか着て行くのかっ!」

あれだけ王女殿下に従えと言っていたのに反対のようだ。でも大丈夫、父の扱いはだいぶ分かって来たしただ笑われに行くつもりはない。

「王女殿下が“必ず”と言っているのです。仕方がありませんわ。それにお父様も王女殿下に歯向かうなと先ほど言っていたではありませんか」

「そ、そうだが、でも、そんなお粗末なドレス」

お父様、本音がぽろりと出ていますよ。仕方がありませんが。

「着て行かなければ王女殿下、引いては陛下のご機嫌も損ねかねません」

「っ」

婚約者を探す場でもある社交界。そのデビューの仕方は婚約者探しに大きな影響を与える。父が渋るのも当然だ。これでは碌な婚約者が寄って来ないのは明白。

「時にお父様、私がお願いしていた事業の方はどうですか?」

「?。問題はない。全てお前の言った通りにしてある。店もお前に見せて確認させただろう。細かいところはお前と業者で何度も打ち合わせしていたじゃないか」

「ええ、そうでしたわね」

私が店に姿を見せたのも業者と打ち合わせをしたのも周囲に父ではなく私が主体で始めたことだと周りに分からせるため。お金と権力は好きだけどそういう細かいことが苦手な父は私のそんな思惑に気づきもせずに喜んで丸投げした。

「デビュー前にお茶会を何度か開こうと思います」

ドレスが被らないために令嬢同士で集まって情報交換することはよくあることだ。父も「別に構わんが」と言っていたがこれだけでは私の意図が伝わっていないのは彼の困惑した顔を見れば分かる。

察しが悪い。

「お店を始める前に私が作ったお酒の宣伝を兼ねて皆さんに試飲してもらうのと、光栄にも王女殿下が私の為にドレスをご用意くださったことを自慢したいのです」

「!?」

意図が伝わった父は急にアイルが贈ってくれたドレスをデビュタントで着るのに賛成してくれた。

予め公爵家が用意したドレスではないことを周知させることで非は公爵家にないと他家に理解させる。その上でドレスを着るのだ。アイルの望みも叶えられる。

もしこれを着なければアイルは間違いなく機嫌を損ねるだろうし、どのようなドレスを贈ったかまでは知らない陛下が王女の気遣いを無にした私たちを叱るような事態も起きない。

まぁ、私の真意はそこだけじゃないけど。父にはそれだけ伝われば十分だ。

「では今からお茶会の準備を始めますね」

「ああ。お前のような出来た娘をもって私は幸せだ」

「私もですわ、お父様」

あなたのような単純で愚鈍な父で今回は助かりました。

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