第12話 巻き込めるのなら巻き込んでおこう

アイルは逃がさないと言わんばかりにアシュベルの腕に抱き着いて嬉しそうに話している。

アシュベルはアイルの話を聞きながら何とか腕を引き抜こうとしている。

上手くいってはいない。

アイルの話を聞く限りではこの乙女ゲームに逆ハーレムはない。必ず一人を選んでハッピーエンドだ。

彼女がゲーム知識を使ってゲームのアイルよりも早い段階で接触したということは彼女はアシュベルを攻略するつもりだろう。

問題は彼一人の攻略で終わるかということだ。

間違っても逆ハーレムなんて狙ってないよな。という不安は拭いきれない。なんたって、マヤだし。

アシュベルの様子を見る限り彼はまだ女性恐怖症にはなっていない。

ゲーム知識があるからって攻略対象者が味わうかもしれない苦痛を回避する義務は生じない。あくまでも、そこはその人の良心によるものだろう。

だからアイルがゲーム知識を使ってアシュベルが女性恐怖症にならないように手を打たない彼女に対して特に思うことはない。

そういう意味では私も人格に問題があるかもしれない。

ただ、ゲーム知識を使って攻略対象者を効率よく攻略するアイルに思うところはある。

知識をどう使おうかは本人の自由だ。

でもいいところばかり使うのはフェアではない。

そんな彼女が誰にどう責められてもそれは仕方がないことだとは思う。

アイルの様子からしてアシュベルと過ごす時間は増えるだろう。つまり、アシュベルのストーカーがアイルに対して何かしてくる可能性がある。

アイルは馬鹿だから攻略対象者のアシュベルと過ごす時間を楽しむことに精一杯でそこら辺は何も考えてはいないはず。

少しアシュベルの周辺を気にしておこう。

助けられるのなら助けられる範囲で行う。目の前で悲劇が起こるのを見過ごせるほど非情ではない。人情溢れる性格でもないけど。

「‥…そう言えば、この前一緒にいたカーディル殿下はもう帰国されたのですか?」

カーディルは武に才能ありだし、その片鱗はまだ幼くても出てきているはず。巻き込めるなら巻き込んでしまおう。その方が私一人よりもストーカーに対応できるし。

私の言葉に案の定、アイルが目を爛々させてアシュベルを見る。

これはアイドルに会えると期待するファンの目だろうか。それとも、彼女はカーディルも攻略するつもりだろうか。

自分がヒロインということに意識が向きすぎて王女という自覚がない。

娼婦じゃないのだから逆ハーレムなんて無理。

もしそんな事態を招けば、良くて修道院行き。最悪は幽閉か政治の駒としてどこかに嫁がされる。嫁いだ後も幸せな夫婦生活は送れないだろう。

あの娘に甘い王女がどこまで厳しくできるかは謎だけど。

「いいえ、まだ我が家に滞在しています。次期皇帝として皇帝陛下の仕事を学ぶためについてこられたので暫くは滞在するかと」

「会いたいわ!」

王女であるアイルに接触させていないのは子煩悩な陛下が異性に触れさせたくないのだろう。「娘はまだやらんっ!」みたいな感じで。だからアイルには会わせていない。それに非公式の訪問みたいだし。

「すみません、姫様。カーディル殿下は皇帝陛下について回っているので忙しくて」

簡単に言うと職場見学みたいな感じだろう。アシュベルもカーディルも幼い頃から父親の仕事について勉強しているのか。英才教育ね。アイルとは大違い。

ルシファーノ国では歴史上、女王が立ったことはある。でも、アイルの様子を見ると陛下はアイルを女王にするのではなくアイルの婿を国王にするつもりだろう。

間違ってもこんな馬鹿女を女王になるなんて想像もしたくない。

王様って職業はかなり多忙だと思うから子煩悩の陛下は娘に跡を継がせたいとは思わないはず。王妃として負担のない程度の仕事をさせようと考えているはず。

お優しい父親だこと。それが正しいかは別にして。

「でも、アシュベルはカーディルと会っているのでしょう」

会ってもいないのに他国の王族を呼び捨て‥‥‥まだ子供だからマナーは勉強中なのだろう。

「えっと、僕の家に滞在しているので。それと、その、他国の王族なのであまり、その、呼び捨てはどうかと」

アシュベルがやんわりと注意をするけど、アイルは意にも介さない。

「大丈夫よ。私は特別だから」

「えっと」

アシュベルが助けを求めるように私を見る。

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