第5話 理不尽な決定

「喜べ、レイファ」

無理。

ハンカチは洗って返すと言って私は邸に帰ってきた。

頭から水を被って、びしょ濡れの私に父は興奮しすぎて気づいてもいない。

嫌な予感しかしない。

父が嬉しそうに私に話しかけて来る時は九割は私にとっての悪いことだ。いい例がアイルの話相手に選ばれたこと。

「お前の行儀見習い先が決まった」

行儀見習いとは貴族の令嬢が一定期間、マナーを学ぶために奉公に行くことだ。

ただ、私には必要ないと思う。

「お父様、私は先生からどこに出しても恥ずかしくないとお墨付きを頂いています。そんな私には不要なことかと」

「実はな、王女殿下が専属の侍女を探しているのだ。そこで王女殿下がレイファ、お前を指名して来たのだ。見知った人に世話をしてもらった方が気が休まると。それに仲の良いお前と四六時中いたいのだそうだ。王女殿下にそこまで気に入られるとはでかした。さすがは儂の娘だ」

ふざけるなっ!!

「お断りします。私は王女殿下に仕えたくはありません」

「レイファっ!不敬だぞ。ちょっと王族に気に入られたからって図に乗るな。折角、王女様がお前をと指名してきたのに」

「だからってこんな我儘は到底受け入れられません。行儀見習いとして侍女をするのはデビュー前の貴族令嬢にはよくあることです。ここまでなら私も百歩譲って、納得しましょう。しかし、専属侍女?それは公爵家の令嬢を使用人として見ているということです。我が家は侮辱されたのですよ。お父様には公爵家としてのプライドはないのですかっ!」

通常、行儀見習いで王宮に行く場合は確かに要人、王族の世話をすることはある。だが専属として雇われることはない。

専属侍女は主人が嫁ぐまで或いは一生仕えることになる。一番傍にいる時間が長い為信頼できる人でなくてはならない。だから一定期間しか侍女にならない人が専属侍女になるなどあり得ない。

専属侍女になれというのは下手をしたら一生、自分の侍女になれと言っているようなものだ。

下級貴族ならともかく高位のそれも王族の次に地位のある公爵家の令嬢が一生侍女として働くわけがない。

これは公爵家を侮辱していると取られてもおかしくはないのだ。

「公爵家は王家の忠実な臣だ。王族が望まれているのならそれに答えるが道理であろう!何も分かっていない子供が生意気を言うな!。お前が王女の専属侍女になるのは決定事項だ。明日から登城しろ。いいなっ!」

父はこれ以上何も言うことはないとばかりに私に背を向けて言ってしまった。

当主である父親の命令は絶対。子供の私は意志を持つことも許されない。

この世界は本当に生きづらい。

マヤの望みによって作られた世界。

ならば全てがマヤの望み通りになる世界なのだろうか。

これで本格的に乙女ゲームがスタートしたら私の人生はどうなるんだろう。

身を守る術を早急に学ばなくてはいけない。

両親は役に立たない。

王だって、聡明ではあるけど事娘のことになるとダメだ。一人娘のアイルを溺愛しすぎる。

歴史に名を残すような優秀な王が良い父親であるとは限らない。ルシファーノ国王はまさにそれだ。

どうしよう。

今日会った攻略対象者のアシュベルをこちらの陣営に取り込むべきだろうか。

乙女ゲームの内容を知らない私は何を想定して動いたらいいのか分からない。ならば、まずはアイルだ。

今までは彼女がマヤであることから苦手意識を持ち極力関わらないよう淡白な対応しかしてこなかったけど明日からはできるだけ親しくなって情報を聞き出そう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る