キャンディは砕かれていた⑫

「わからないね」と、腕を組む修善寺に僕はわからないままでいてほしいと願った。


 視線を黒板のほうに向けると時計が十五時半を指していた。僕は取ってつけた様に何かを思い出したような顔を作った。


「柳を待たせていたんだ」

「そうなの?」


 修善寺は話が中断されたことを少し残念そうにしたが、僕が去ることを止めはしなかった。


「ごめん。修善寺さん」


 そう言ってカバンに飴の入った袋を入れて二年二組の教室へと向かった。僕が修善寺と話している間に二組のほとんどは帰ってしまったのか教室の中には男子生徒が一人いただけだった。戸口に立った僕に男子生徒は少し驚いた顔を見せたがすぐに屈託のない笑みを浮かべた。


「柳くんならさっき生徒会長と一緒に出て行ったよ」

「三ツ矢くん。一つだけ聞いていいかな?」


 僕が言うと三ツ矢は席に座ったまま僕のほうに体を向けて「いいよ」と答えた。その受け答えはとても爽やかで彼が人気のある生徒であることを感じさせるには十分だった。きっと彼はいいやつなのだろう。だからこそ僕は彼がしたことを許す気にはならなかった。


「熊谷さんと付き合ってるの?」

「そうだよ。ちょうど一カ月前から付き合ってる」

「それはおめでとう」

「ありがとう。でもその顔はちょっと怖いかな」


 感情が表に出ていたのだろう。三ツ矢に指摘されて僕は自分が心底から怒っているのだと感じた。カバンから袋を取り出すと彼に向かって投げた。彼はそれをうまく片手でキャッチするとそのまま教室の端に置かれていたゴミ箱へと投げ捨てた。パコンとプラスチック特有の軽い音がして袋はゴミ箱へと落ちていった。


「返したよ」

「貸した覚えはないんだけどな」

「あげた覚えはあるんだろう?」


 一カ月前、僕と修善寺はある理由から三ツ矢が貰うべきだったチョコレートをゴミ箱へと送った。それは直接的に手を下したわけではないが、僕たちが関わらなければチョコレートはゴミ箱へ向かわなかったに違ない。間接的に僕たちは彼からチョコレートを奪ったと言っていい。


「どうしてわかったんだい?」

「試合が不自然だった。三ツ矢くんは飴を僕たちのカバンに入れるために五組に勝ってもらわなければならなかった。だから、君はトスやパスを出す位置を巧みに操って接戦を作り上げて僕たちを勝たせた」

「どうして五組を勝たせる必要があるのかな? 俺は二組なんだよ」

「五組が勝てば選手もほかの生徒も基本的には応援のためにコートに集まる。教室には生徒がいることはほぼない。そうなればカバンに飴を入れることはとても容易だ」

「コールドからの逆転はあんまりにもできすぎだったかな」


 三ツ矢はいたずらが失敗した子供のようにばつが悪そうに微笑んだ。


「そうだね。鈴木くんが感極まって泣いてしまうくらいだからね。よくできた演出だったよ」

「確かに、鈴木には悪いことをした。苦手と得意のコースを交互に攻めたりいやらしい方法だった。バレンタインのチョコレートが君たちのせいでゴミ箱行きになったのがどうしても許せなかった。熊谷さんが必死に守ろうとしたのを君たちは捨てさせた」


 三ツ矢は僕を鋭い目でにらみつけたが、それで殴りかかってくるような様子はない。むしろ、すべての目的を果たしたかのようで得意げな様子さえあった。


「だからって僕と修善寺さんのカバンに飴をいれ、それをカモフラージュするためにほかの人にも同じことをするなんてとんだ迷惑だよ」

「君たちだけだとすぐにばれるだろうからね。仕方ないさ。で、言いたいことはそれだけかい?」

「ああ、それだけだよ。全部わかってる。それを伝えたかっただけだから」


 きっと彼はもうこれ以上のことをおこさないに違いない。そもそもこのいたずら自体が僕へというよりも修善寺に与える影響が大きいものだった。もし、彼女のカバンにだけ飴が入れられていたらこうはならなかったに違いない。


 修善寺はカバンに入った砕かれた飴を見て僕からのホワイトデーだと思ったかもしれない。

 そして、砕かれた飴が示すのは一つだけだ。いたずらにしてはあまりにひどい。


「わかったよ。もうしないさ」


 三ツ矢はそう言ったあと、表情をこわばらせた。僕は彼がなにに反応しているのかわからず、三ツ矢のほうに一歩踏み出した。だが次の瞬間、僕の後頭部に鋭い痛みが走った。立っていることもできずに床に崩れ落ちるときわずかに女生徒のスカートの端が見えた。

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