キャンディは砕かれていた⑩

 修善寺の善戦はあったものの女子バスケットボールの試合は二年七組の勝利に終わった。得点は六十八対二十五と二倍以上の得点差になったものの二十五点のうち十八点が修善寺によるものだということを考えると、彼女が相当に活躍したことは明らかで、本人も満足そうにしていたので良いことだと思う。


 本来スポーツとはそういう清々しいものであり、勝った負けたを語るべきではない。


 それこそ、負けたあげくに友人の応援が少ない、と怒るのはスポーツマン精神とは大いにズレているに違いない。そんなことをぼんやりと考えていると和彦が僕の顔をのぞき込んで目をつりあげていた。


「で、京平は修善寺さんを応援するのに夢中になって親友である俺を忘れていたと」

「いやいや、忘れてはいない。ただ、和彦がストレートで負けたから――」


 同じように怒られていた柳が僕の横腹を軽く叩いたが、それは遅かった。


「つまり、京平は俺がボロカスに負けて試合時間が短かったのが悪いと?」


 和彦は明らかに怒りを表して僕に詰め寄る。


「まぁ、有体に言えばそうなるかな」


 言い終えるか終える前か和彦は僕のおでこめがけて平手を落とした。ベチン、と鈍い音が響くが音に比べて痛みは少ない。その辺りの絶妙なコントロールができているあたり、和彦は見た目ほど怒っていないに違いない、と僕は判断した。


 おでこをさすりながら微笑むと和彦はふぁーと深い息を吐くと「はっきり言うなよ」と苦笑いをした。


「いいだろ、和彦の目的は女子に応援されることであって僕らに黄色い声援をあげさせたいわけじゃないだろ」


 柳がほっとした様子で「なんなら黄色い声をだそうか?」と横槍を入れるが、和彦はそれを拳骨で黙らせる。柳はトレードマークの坊主頭を手でをさえて口を尖らせた。


「まぁ、いいさ。負けはしても四位だからな。そこそこ女子にも雄姿を見せられただろう」

「まぁ、最後はストレート負けでしまりが悪いけどね」


 変なところであおる癖がある柳は和彦からもう一度、拳骨を食らうと悶絶しながら後ろに数歩下がった。どうやら本当に痛かったらしい。だがそれはしつこく茶々を入れた柳が悪い。


「それはそうとあの飴のことだ」

「アメ? ああ、お昼のときの?」


 僕や柳、そして鈴木のカバンの中にいきなり現れた飴は、なぜか砕かれた状態で丁寧にビニール袋に入れられていた。おそらく誰かのいたずらだとは思うのだが、いまいち釈然としないことが多い。


「あれな。ほかのクラスでも何人か入っていたらしい。三組と四組の選手が言ってたから間違いない」

「じゃーあれは僕らの知り合いだけを狙ったってわけじゃないんだ」

「そうなるな。無差別にバラまいているのならとんだ暇人がいたもんだ」

「生徒会長さまは犯人を捜すのかい?」


 僕が聞くと和彦は一考することもなく否定した。


「するか。生徒会長は警察でも探偵でもないんだ。そんなマンガみたいなことやってられるか。そういうのは先生が勝手にやってればいいんだよ。生徒のいたずらなんか生徒会が知ったことか。」


 至極当然な答えである。

 何でも解決しようという空想上の生徒会はないというのは寂しい話であるが、現実なんてものはこんなものだろう。


「そうだね。成績優秀。運動神経抜群の生徒会長というのも現実にはいないしね」

「悪かったな。でも、困るだろ?」

「何が?」


 和彦はにやりと微笑むと自信ありげに言った。


「決まってる。俺がそんな非現実系生徒会長ならお前はそれに巻き込まれてひいひい言わされるか。友達のフリをした悪党の親玉あたりにされて俺に倒されるキャラだぞ」

「それは嫌だね。和彦が凡庸で良かったよ」

「なら、ジュースの一本でもおごってくれ。さすがの俺ものどが渇いた」

「参ったね。生徒会長さまの命令なら仕方ない。ただ、百円の紙パックのほうにしてくれよ」

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