第2話 現代人達は召喚される 2 ~ 山田彩
勇太少年の泣き声を頼りに、歩とヤトは現場に急ぐ。こういう場面において、4輪駆動の犬は便利だ。はなちゃんもライも砂利が敷き詰められているとはいえ、なだらかな傾斜のある山道をスイスイと駆け上がっていく。ついでにヤトもスイスイと駆け上がっていた。動きにくいであろうひらひらとしたお嬢様ドレスを物ともせず、涼し気な顔で、先を走る2頭の犬を追い越さんばかりの勢いだ。一体、あの華奢な体のどこにそんな馬力があるのだろうか?歩は素直に関心していた。
勇太はすぐに見つかった。
太い大樹の根本で、少年は途方に暮れたように泣いていた。そんな勇太を慰めるかのように愛犬のソラが寄り添い、涙に濡れる顔をペロペロと舐めていた。
「お~い勇太~無事か~?」
歩の姿を認識するやいなや、勇太は立ち上がり、泣きじゃくりながら飛び付いてきた。その体を優しく抱きしめると、勇太は歩の胸に顔をうずめてヒックヒックと小さく震えた。
「僕は幼稚園児なんだから一人にしちゃダメでしょ~」
「ああ・・・すまなかったよ勇太。でも見つかって本当に良かった」
「あらあら、勇太さんはよほど寂しかったのね」
ヤトが勇太の頭を優しく撫でる。
しばらくは勇太が泣き止むのを待った。少年は歩の体を強く抱きしめ、離れようとしない。まるで自分の中にある不安が全て消え去るのを待つかのように、勇太は歩の胸の中で泣いた。
やがて泣き止んだ勇太は、ポツリポツリと話しを始める。例の祠にチャールをお供えしたら光に包まれたこと。そして気が付いたらソラと共にこの山の中に居たこと。歩の身に起こったことと同じ事が少年の身にも起こっていたらしい。
「歩くんはヤトちゃんと一緒なんだね」
「うん。ヤトさんが見つけてくれたんだ」
「祠の前には彩ちゃんとヨーコちゃんも居たよね?」
勇太の言葉に、歩はハッとする。もしもこの奇怪な現象が、あの祠の前に居合わせた全ての人に起こっているのならば、勇太が名前を上げた二人もこの山に居るかもしれない。歩は、彼が冷静さを取り戻す前から動いていたであろうヤトに視線を送る。するとヤトは力なく首を振った。そして「見ていません・・・」とも付け加えた。歩と出会い、合流したように、もしも先に二人を見つけていたのならば、ヤトと一緒に居るはずだ。あの二人がこの奇怪な現象に巻き込まれていないことが一番良い。しかし、もしも巻き込まれているのならば、早く見つけ出してあげたい。
「私は山の麓から登ってきましたので、お二方がこの山に居るのならばもっと上かと・・・」
「えっ・・・ヤトさん、麓から登ってきたんですか?」
「ええそうですが?」
「わ~ヤトちゃん凄~い」
歩の驚きをよそに、ヤトは涼し気な表情でケロリと答えた。
歩の居た場所が山のどの位置に当たるのかは定かではないが、なだらかな傾斜の付いた砂利道を登ってくるのは普通に考えてしんどそうである。とはいえ、ヤトは勇太の元へ向かう際に、川を遡上する魚のようにスイスイと砂利道を駆け上がっていたから、お嬢様ではあるが意外と体力に自信のあるアウトドア派なのかもしれない。
「麓には・・・何かありましたか・・・?例えば街とか・・・道路とか・・・?」
「・・・。私はすぐに山を登り始めたので・・・」
「そうなんですね・・・。う~ん・・・どうしようか・・・?」
「彩ちゃんとヨーコちゃんが居るかもしれないし、もっと上に行ってみようよ」
「私もそれが良いと思いますわ」
二人の話を聞くと、なんだか山を登った方が良いようにも思える。砂利で道が整備してあるという事は、どこかへと繋がっているはずだ。実は勇太の元へ向かう際に、荒い石造りの階段なんて物もあった。それはつまり、人の手の入った山の上には何かがあるという訳で・・・。
「では・・・登ってみますか?」
「ええ」
「うん」
三人の意見が一致した。歩はすっかり泣き止んだ勇太を胸から抱き下ろそうとするが、小さな両手が服を掴んで離さない。
「・・・勇太?山を登るんだから降りなさい?」
「・・・ヤダ」
この場合のヤダとは、私は山を登るのが面倒臭いので私を抱き抱えて登って下さいという意味になる。
勇太はどうも、歩を移動するための道具だと思っている節がある。
例えば、彼が公園でクタクタに疲れ果てるまで遊んだ後などは、歩の背後にソロリソロリと忍び寄り、背中に飛び乗った。そうすると、もう子泣き爺のように離れない。少年の小さな体のどこにそんな力があるのかと思う程、しがみつくのだ。ちなみにその拘束は、勇太の家に着くまで続く。
「まったくしょうがないヤツだ・・・」
「僕は幼稚園児なんだから優しくしてよね」
結局、歩が折れ、勇太少年をその背に背負った。ヤトはそんな二人の様子を楽しそうにクスクスと笑いながら眺めていた。
薄暗い道も、山を登り始めると様相が変わった。背の高い樹々の枝の隙間から木漏れ日がシャワーの様に降り注ぎ、道を照らす。土と緑の匂いの混ざった風が鼻をくすぐり、うららかな陽気と相まって実に清々しい。
そんな山道を三頭の犬を先頭にゆっくりと、確実に登って行く。
山登りなどいつ以来だろう?歩はふと思った。
あれはまだ祖父が生きていて、廃村となってしまった村がまだ存在していた時のことだ。山と川に囲まれた祖父の家は、限界集落だとか過疎地といった言葉が当てはまる田舎にあった。そこは母の実家にあたる家で、そこで歩は祖父に育てられた。
村にはスーパーだとかコンビニなどは無く、小さな乾物屋が一軒だけあった。何もない村だったが、その代わりに自然の遊び場で溢れていた。
川ではエビや小魚なんかが採れたし、山にはカブト虫やクワガタが集まるクヌギの樹があって、子供の歩にはその環境がまるでキラキラと輝く宝箱に迷い込んだかのように魅力的だった。
歩がそんなことを思い出していると、何か耳鳴りのようなものが聞こえて来た。はじめは気のせいだと思っていたが、その音は段々と大きくなっていく。
はなちゃんとソラが耳をぱたつかせ、何度も空を仰ぎ、音の出どころを探る仕草を見せた。
「ねえ歩くん。何か聞こえない?」
どうやら勇太の耳にも、不思議な音は届いているようだ。
「あれ・・・?声が聞こえてきた・・・?」
動きを止め、神経を耳に集中する。すると、ノイズと共に人の声が聞こえて来た。
『・・・ザザ・・・あ~あ~・・・ザ・・・聞こ・・・え・・・ザザザ・・・』
どうやらその声は、直接頭の中に聞こえてくるらしい。
ラジオのチャンネルを合わせるかのように、声はノイズを振り払い、聞き取りやすさを増していく。
『聞こえておるかの?・・・ザ・・・聞こえていたら返事をするのじゃ・・・』
可愛らしい少女の声であった。どこか舌足らずではあるが、少女とは思えない話し方とのギャップに思わず戸惑ってしまう。
「ねえ歩くん・・・この子・・・誰だろう?」
「・・・?・・・誰なんだろうね?」
『さあさ、妾に声を聞かせてたも・・・』
『・・・アンタ誰なんだよ?』
頭の中に若い女性の声が聞こえてくる。やや低めで、言葉の端々から感じ取れる倦怠感というか、喋るのも億劫だと言わんばかりの面倒臭さを滲ませた口調・・・。
歩も勇太もその声に聞き覚えがあった。声の主は、彼等が探している秋山ヨーコで間違いなかった。
「ねえねえ今の声ってヨーコちゃんだよね?」
「うん。やっぱりヨーコちゃんもこの山に来てるんだね」
勇太が背中で嬉しそうにピョンピョンと跳ねた。
ヨーコの声を聞いて、はなちゃんとソラもパタパタと尻尾を振っていた。
『ふっふっふ・・・聞いて驚くのじゃ。妾はなんと犬神の姫、幸姫様なのじゃ』
『・・・子供のお遊びに付き合ってる程、暇じゃないんだけど・・・』
『わ~凄い凄い。頭の中にヨーコ姉の声がする~』
新たな声が加わる。同じく少女の声であったが、その声にも聞き覚えがある。
「彩ちゃんの声だよね・・・今の?」
「そうだね・・・彩ちゃんの声だね・・・」
どうやら山田彩もこの山に居るらしい。声の感じからいって、秋山ヨーコも山田彩も無事であるようだった。歩はホッと胸を撫でおろす。そして、どうやったら自分もこの通信というか、やり取りに加われるのかを考えた。先程、勇太と話していた感じでは、喋るだけでは反映されないらしい。ヨーコも彩もどのような方法で参加しているのだろうか?
勇太:『わ~いヨーコちゃん彩ちゃんッ!僕だよ~勇太だよ~ッ!』
犬達:『『ワンワンッ!』』
そんな歩をよそに、一足先に勇太が輪に参加する。ついでにはなちゃんとソラまで加わっていた。
「勇太・・・今のどうやったの?」
「えとね・・・頭の中で思っただけだよ?」
原理は分からないが、頭の中で思ったことが反映されるらしい。だとすると、先程の秋山ヨーコと幸姫なる犬神の姫様の会話は、ただ単にヨーコが思ったことに幸姫が反応しているだけかもしれない。彩も強く思ったことが出てしまったのだろう。なにはともあれ、歩も会話に参加することにする。
歩:『あ~あ~・・・只今マイクのテスト中~・・・。うおッ!本当に参加出来た』
彩:『あれ~?その声って
歩:『そうだよ。ヨーコちゃんも彩ちゃんも無事で良かった』
勇太:『わ~い。頭の中に皆の声がするよ~』
ヨーコ:『勇太・・・どこに居るんだ・・・?』
勇太:『僕は歩くんとヤトちゃんとソラとハナちゃんとライと一緒だよ~』
ヨーコ:『無事ならいい・・・』
彩:『
ヤトとライは何故か会話に参加せず、ただニコニコとお上品に笑うばかりだ。
歩:『ヤトさんもライも笑ってるよ』
彩:『え~ヤト姉もお話しようよ~』
勇太:『ヨーコちゃんと彩ちゃんはどこに居るの?』
彩:『私達はなんかおっきな門の前に居るよ~。小梅さんもゴン太も一緒だよ~』
小梅さんとは彩の飼い猫のような犬だ。同じくゴン太はヨーコの飼い犬である。
幸姫:『妾を無視するなぁ~~~ッ!!!』
犬神の姫、幸姫様の駄々っ子のような絶叫で犬友達の近況報告は終わりを告げた。
☆彡 ☆彡 ☆彡
~ 山田彩
山田彩は8歳の少女である。いつも黄色の学童帽子を被り、赤いスカートで活発に動き回るお転婆さんだ。
少女は犬が飼いたかった。何かの映画であったが、頭の良い犬が飼い主と共に苦難や逆境を勇ましく乗り越える姿を観て、彩はすっかり犬という生き物に魅了されてしまっていた。
学校の帰り道などで、散歩中の犬を目ざとく見つけては、その頭や体を撫でさせてもらっていた。不幸なことに、少女の生活圏内で飼われている犬達はとてもお利口さんで、それが少女の欲求に一層火を点けた。ちなみに、そこにはハナちゃんにソラ、ライにゴン太が含まれていることは言わずもがなである。
しかし、少女の願いは両親に拒否される。理由として、家には既に御年10歳になる三毛の猫が居るためで、彼女の両親は犬と猫が喧嘩しないかを危惧したのだ。
少女はひたすら泣いた。せめてもの抵抗として、お小遣いを貯めて胴輪やリードなんかを買ってみた。が、両親は呆れた顔をするだけで、犬の飼育を許してくれない。
三毛猫は小梅さんといった。ややメタボリックな体型ではあったが、優しく、柔和で、気立ての良い大人しい雌猫だ。
首に彩のスカートとお揃いの赤い色の首輪を巻いていて、小梅さんは彩を自分の妹のように可愛がっていた。
いつでも彩と一緒に居たし、寝る時も一緒だ。
彩が悲しければ側で慰めるし、彩が嬉しい時は目を細めて喜んだ。
そんな彩と小梅さんであったが、ある日、三毛猫に災難が降りかかる。
「小梅さん・・・今日からは犬として生きてちょうだい・・・」
「にゃ・・・にゃあ?」
戸惑いと共に、小梅さんは小首を傾げた。
両親に犬を飼うことを反対された少女は、あろうことか小梅さんを犬に仕立て上げようと考えたのだ。
「私・・・犬と一緒にお散歩をしたい・・・。犬と一緒に遊びたい・・・」
ただの子供のわがままであった。しかし、可愛い妹の願いを無碍に断る小梅さんではない。彼女はその豊満な体に、溢れんばかりの包容力を持ち合わせていた。
「うっう・・・犬が欲しいよぉ~・・・」
ついに彩の瞳から大粒の涙が溢れ始める。
小梅さんにとって何よりも辛いことは、可愛い妹の悲しむ姿を見ることだった。
小梅さんはとめどなく流れる涙を舌で拭うと、決意に満ちた表情で彩を玄関へと誘った。
「小梅さん・・・どこへ行くの・・・?」
「にゃ・・・にゃわ~ん」
「もしかして・・・散歩に行こうって言ってるの?」
「にゃわ・・・にゃ~わんッ!!」
「ありがとう・・・ありがとう小梅さん・・・」
「にゃんにゃん。・・・にゃわ・・・にゃわんッ!!」
彩は何度も空想したように、胴輪を小梅さんに付ける。そしてカチャリと音を立てながらリードを取り付けた。彩の小さな胸は期待と興奮で張り裂けんばかりであった。
そうして少女と小梅さんは陽気な街へ初めてのお散歩に出掛ける。
彩は満面の笑顔でルンルンと鼻歌を歌っている。
そんな妹の姿を見ると、たまらなく幸せな気持ちになる小梅さんなのであった。
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