アウグスト

首相官邸で会議が行われる数時間前


在サマワ王国日本大使館にて


突貫工事で作られた大使館はガラスがふんだんに使われ、周りの建物からは浮いている。現在、大使館では文化交流な観点からサマワ王国民も現地職員として雇用されている。


簡素ながらも実用性を重視した大使館の一室で、男達は向かい合っていた。


「初めまして、駐サマワ王国大使の天田と申します。」


「ツェザール領大政官のアウグストです。」二人はぎこちなく挨拶を交わす。


「サンドール王国の方々とは数ヶ月前にお会いして以来ですね。アロイス外務卿はお元気で?」


「いえ、実は亡くなりまして。」粛清されたと口に出すべきか悩むところだったが、当たり障りない表現をとりあえず口にする。


「そうでしたか。それは残念です。」天田は悲痛な表情を浮かべて見せる。アウグストには、それが作った表情だと直感する。


「ところで、今回はどのようなご用件で?」


「今回、我々が伺ったのは貴国と同盟の締結を行いたいと思ったからです。」アウグストは答える。


「失礼、貴方は一つの領地の大政官ではないのですか?サンドール王国の王から派遣されたと考えてもよろしいですか?」


「いえ、そうではありません。」


「では、同盟をサンドール王国とではなく、ツェザール公爵と結ぶために派遣されたということですか? 」


「いえ。」


「では、どういうことでしょうか。」


「はい、ローザという姫、今は女王を名乗っていますが。彼女のクーデターは前王と前王と親しい高位貴族をことごとく粛清してきました。そして、王室典範によると王を殺した者は貴族、皇族関係なく死罪になり王宮より永久追放となるとあります。」天田には彼が何を言いたいか察する。


「現在ツェザール家が筆頭貴族であり、今王家の血が絶えた場合ツェザール卿が王の座に着くことになります。率直に申し上げます。ツェザール公爵を正統政府と認めて頂きたい。」


「私は、あくまで在サマワ王国大使であり全権大使ではありません。しかし、本省には伝えさせていただきます。」


「ありがとうございます。数日後にはお返事できると思います。」


アウグストは感じた確かな手応えに満足するのだった。



サンドール王国 駐留軍司令部


「これが、最終便の物品リストです。」司令部は付きの将校が紙を手渡す。


「食糧と戦闘用魔導杖1000本、輸送用ゴーレム15体か。まぁ、本国にしてはよくやったのではないか?輸送用要員に酒でも届けてやれ。」基地司令は私物の酒を1ダースほど箱ごと渡す。


「はい。」将校はえっちらおっちら荷物を抱えて入ってきたばかりのドアを出る。


「さて、ツェザール領の鎮圧にようやく動けるようになったがどのようにすべきだと思うかね。」基地司令は参謀らをみやる。


「街道を通り攻撃するのが王道では?」


「却下だ。陣形が延びすぎる。しかも、周囲は森だ。奇襲を受けやすいし、魔導砲も生かせん。」


「しかし、街道以外の移動手段など…」


「アルボガル砦跡に魔導砲と舟艇を戦列艦から輸送する。」


アルボガル砦とは、サンドール王国が召還される前の時代に建造、使用された砦であったが帝国との戦闘により基礎だけが残る大きな空き地となった。現在、隣を流れる川と共に美しい景観を作っている。


「ゴーレムを使い潰すつもりで移送しろ!」司令は命令を出す。


----------------------


ルーベント街道


交通量があまりなく、整備もあまりされていない街道をゴーレムと護衛兵の一団が進む。


「何だってこんなところにでか物を運ばなきゃなんないんだ?」ゴーレム操縦士のバルナバスは急な坂を見やりながら言う。


「一回ならまだしもこれで3往復目だぜ。全くこっちの苦労も知ってほしいもんだ。」突然の辺境への出向、そして、馬のようにこき使われるとあれば、文句の一つも出るものだ。


ようやくアルボガル砦が見えてきた。数多くの兵達が作業をしている。しかしもはや砦跡が見えてきても、達成感の欠片も感じず、あと何回物資を運べば良いのかと憂鬱になるバルナバスだった。


ツェザール領 公城


城のベランダから城下町の外れに突貫工事で作られた、木造兵舎がずらりと並ぶのが見下ろせる。現在、それらのほぼ全てが兵士で溢れている。しかし、最近になって、村へ帰りたがる兵士が出始めた。もうすぐ種まきの季節であるからだ。正規の兵でない彼らの事情や自分の評判を考えると帰してやりたいが、多数の帝国兵が基地から消えた以上、彼らを帰すことは出来ない。


「斥候より連絡です。今日もミュルンハルヘン街道に敵の姿は確認できず。」家臣の一人、ラグルナーズが言う。


「またか。」王都の間者により、帝国はゴーレムにより魔導砲の輸送を始めたと報告があったのは数日前。報告日を考えると、そろそろ哨戒網に引っ掛かってもいいはずだ。いや、今まで哨戒網にかからないことが異常だ。そもそも、魔導砲を率いた隠れようがない軍勢が引っ掛からないなどあり得ないはずなのに。


そんな事を考えているとノックが響く。入って来た兵は、余程急いで来たのだろう。息を切らしている。


「公爵!帝国兵が見つかりました!」


「そうか。」ようやくの報告に公爵は安堵する。


「今、奴等はどの辺りだ?」公爵は質問を続ける。


「アルボガル砦跡に集結しているとのことです。」


「アルボガル砦だと?なぜそんな所に。あそこには何もないだろう?」てっきりミュルンハルヘン街道を北上していると思っていたツェザールは怪訝そうに眉を寄せる。


「砦の隣を流れるアルバス川は城下の飲料水、生活水を提供する唯一の川です。もしかすると、川の塞き止めや毒を入れるなどといったことを企んでいるのやもしれません。」


「相手の出方次第だな。念のため民には水の確保を命令しておけ。」


「了解!」


アルボガル仮設基地 司令部


「司令、アルボガル砦跡にゴーレム、舟艇、及び人員の配置完了しました。」


「よろしい、作戦の発令は明日の0時だ。心してかかれ。」


「了解。」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る