サンドール王国
サンドール王国 ヌーヒムノ軍港
この世界への召還前、サンドール王国の湾岸都市ヌーヒムノはかつては王国一の漁村であった。しかし80年ほど昔、帝国軍により接収され今は帝国の施設が建ち並ぶ。その一つ、灯りのともる見張り塔より鐘の音が鳴り響く。
「アルバーノ駐留艦隊到着!入港の用意にかかれ!」帝国兵達は縄を持ち、係留の準備を始める。しかしその様子は俊敏とは言いがたい。
王政府からの命により、60の植民地と衛星国の駐留軍が最低限の舞部隊を残し突如転属を言い渡され、1200隻が本国へ、300隻が北部の衛星国、植民地へ再配置される事が決定された。しかし、植民地制圧軍、駐留軍、そして大陸軍の動員のたび、食糧や労働力、そして慰安婦の提供を行ってきた衛星国や植民地では物資が枯渇し、帝国の物資集積は遅々として進んでいなかった。現在、日本対策として集結予定の300隻のうち、今到着した39隻しかまだ北部に送られていない。
戦列艦、そして竜母が桟橋に横付けされそこからわらわらと軍人が出てくる。
「ようこそ、サンドール王国へ。サンドール駐留軍マレノール中尉です。基地司令より、皆様の案内をするように命じられております。」
「ご苦労。アルビーノ駐留軍艦隊司令のディートハルムだ。早速で悪いが食堂に案内してくれないか?長旅のせいで、このごろ保存食しか口にしていないものでな。久しぶりに美味な物にありつける。」筋骨隆々の黒髭を蓄えた男は朗らかに言う。
「軍の保存食の味は、本官もよく知っておりますがご期待に叶うかどうか…」マレノールは言い淀む。
「どうした?お前達のコックは余程腕が悪いのか?」ディートハルムは言い淀む。
「いえ、そういうわけでは。」
「ならば心配いるまい。」
ディートハルムは部下に手を振りながら言う。
「当直以外の者には上陸許可を出す!久しぶりの陸だ。はしゃぎすぎるなよ。」水兵達の歓声が響き、制帽が空を舞う。
「まったく言ったそばから。」
「ご心配なく。一瞬でお通夜のような静けさになりますので。」
「中尉、どういうことだ?」
「皆さん、お腹もおすきでしょう。食堂にご案内致します。」ディートハルムは中尉の物言いに首をかしげるのだった。
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サンドール王国駐留基地 食堂
「なんだこのスープは?いや、これはスープなのか?ただのお湯に食材を突っ込んだだけではないのか。」ディートハルムは言う。
「軍用食に慣れた皆様の胃には、あまり濃いものは良くないというコックの配慮です。」そう言うや否や、水兵達の尖った視線がマレノールに集中する。
「ハッハッハ。それは素晴らしい配慮だ。どうだね、君も食べてみるかね。」
「謹んでお断り致します。先程食べましたので。苦痛は一日三回で十分です。」
「ほぉー。どうやら君の発言には嘘があるようだな。先程君はこのお湯は私たちを心配してと言ったが、中尉、君も胃が弱っているのかね。」おどけたようにディートハルムは言う。
「ハハハ、敵いませんね。相継ぐ出兵で、これ以上徴発しようにもないほど物資不足なんです。」
「本国から送ってはくれんのか?」
「国中の大型貨物船が動員された末全滅ですから、本国からの物資が滞っているのです。特にスパイスなどの嗜好品は望むべくもありません。中型、小型を片っ端から借り上げて輸送しているようですが、その努力もむなしく我々の前には石のようなパン、腐りかけのじゃがいも、そして今皆さんが召し上がっておられるお湯が代わる代わる帝国兵の胃を攻撃しております。勿論、皆様もその攻撃を我々とともに受けていただきます。」
食堂内は阿鼻叫喚となった。
「こんな片田舎まで遙々と来て、こりゃないぜ。」
「これを、毎食食わされるのか!軍用食の方がましだと思える日がくるだなんて。」
「代わりと言ってはなんですが、サンドール王国から慰安婦を多めに徴発しました。みなさ…」
「うぉーー!」
「よっしゃー!」
「ひゅーー!」
一瞬で食堂内は狂喜につつまれる。
「すまんな中尉。こんな部下ばかりで。」ディートハルムは苦笑いしながら言う。
「かまいませんよ。うちも似たようなものですから。今日はもう遅いです。明日早朝、うちの艦隊司令と基地司令から作戦の概要についての説明がありますので、ゆっくりとお休みください。」
「中尉はいける口かね?」
「何がでしょうか?」
「酒に決まっとるだろ!向こうからとびっきりのワインを持ってきた。どうだね。」
「明日、起きられなくなりますよ。」
「少し夜更かししたくらいで堪えるほど年ではないよ。」ディートハルムはこっそりと鞄からワインボトルを取り出す。
「エーディトラウート産ですか!しかも268年の。」中尉が目を光らせる。
「しっ!声が大きい。あいつらにばれたら一瞬で無くなっちまう。よし、今だ!」
ディートハルムとマレノールは誰にも気付かれず、こっそりと食堂を抜け出したのだった。
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