第37話 赤い髪の少女
「ねえ?ちょっといいかしら」
ウェントワースの冒険者ギルドを出て、町の出口に向かって歩き出した僕の背後から、聞き覚えの無い声が聞こえたので振り返ると、一人の女の人が僕を睨みつけるように見つめて立っていた。
肩まで伸ばした赤い髪と白い肌。
僕は周りを見渡したけど、周りに人影はなく、金色の切れ長の大きな瞳は確実に僕を見つめている。
「僕......ですか?」
「そう、あなたよ。ちょっと話があるのだけど良いかしら?」
僕に話?
知らない女の人から突然声を掛けられて戸惑うけど、よく見るとその赤い髪に何となく見覚えがあった。
(あっ、確か冒険者登録説明会で......)
そうだ。確か冒険者登録説明会で僕の前に並んでいた人だ。
いつだったか、リンネさんが、あの子もソロだったって言っていたから何となく覚えている。
「僕に話、ですか?」
「ええ。そんなに時間は取らせないわ。立ち話も何だし、あそこで少し話をしない?」
彼女はそう言うと、道路を挟んで反対側にある小さな広場を指した。
僕は一瞬迷ったけど、今日中にどこまで行くなんて予定は立てていなかったので、少しだけだったらと思い頷いた。
その人は、じゃあと言って僕を先導して広場に入り、銃が括り付けてある大きなバックパックを降ろすと、木陰にあったレンガ作りのベンチに腰を掛けた。
「あなたも座ったら?」
彼女は立ったままの僕を見上げるようにして僕もベンチに座るように言ってきたけど、少しの時間だったらバックパックを降ろすのも面倒なので、僕は立ったままで話を聞こうと顔を振った。
「いえ、大丈夫です。それで僕に話って?」
「じゃあ、単刀直入に聞くけど、あなた、この町を出て行くの?」
さっきの僕達のギルドでの話が聞こえていたのだろうか?
彼女は鋭い視線で僕を見上げながら、そんなことを聞いてきた。
「はい。そう、ですけど」
「やっぱり、そうなんだ......」
そう言って彼女は僕から視線を逸らし、少し考えるように俯いた後に再び顔を上げて僕を見て来た。
「これから何処に行くの?」
僕が何処に行くのかが、この人に何の関係があるのか分からないし、正確には僕にだって分からない。
何でそんな事を聞いて来るのか疑問に思いながらも、取りあえず次の目的地に考えている町の名前を口にした。
「えっと、取りあえずはサンネスタに向かおうかと思っていますけど......」
「ふーん、サンネスタね。あそこってギルドがあったかしら?」
「はい、小さいけどあるって聞いてます」
「そっか......」
彼女はまた少し考える素振りを見せてからスッと立ち上がり、顔の前で両手を合わせて意外なことを口にした。
「ねえ、あなたソロなんでしょ?私とパーティーを組まない?」
「......えっ?」
僕とパーティー?
その申し出に、僕が意味が分からず戸惑っていると、彼女はさっきまでと打って変わって人懐っこい笑顔を浮かべて自己紹介をした。
「私、エリアーヌ・ストラウクって言うの」
「あ、僕はアーベル―――」
訳が分からないが、名前を言われたので僕も自己紹介しようとすると
「知ってるわ。アーベル・クラウドでしょ?」
「えっと、何で?」
「何でって?だってさっきギルドの中で、大声で名前を呼ばれてたじゃない」
そっか、彼女もギルドに居たんだったら聞こえていたのだろう。
とりあえず名前の事は良いとして、僕とパーティーを組むってどういう事だろう。
「あの、僕とパーティーって一体......」
彼女は顔の前で合わせていた両手を胸の前で組むと、不思議そうな表情を浮かべた。
「パーティーはパーティーよ。あなたソロなんでしょ?私もソロになったから一緒にパーティーを組まないかってことだけど?」
いや、言いたいことは分かるけど、何で今、僕なんだろうか。
しかも、僕がこれからこの町を離れる事が分かってて?
疑問は残るし、せっかく誘ってくれたのは嬉しいけど......
「あの、ごめんなさい。僕はこれからこの町を離れるからあなたとパーティーは組めません」
「それはさっき聞いたわ」
「だから―――」
「だから、私もサンネスタに一緒に行くってことよ」
僕とサンネスタに?
言いたいことは分かったけど、何でわざわざ町を出る僕なんだろう。
リンネさんが言っていたように、彼女くらい可愛ければ入れてくれるパーティーは幾らでもあるだろうし、現に冒険者になった次の日にはすぐにパーティーに誘われて加入したって聞いた気がする。
彼女がソロになった理由は分からないけど、町を出る僕とパーティーを組もうとする理由はもっと分からない。
「せっかく誘ってくれて有難いですけど、僕はサンネスタが最終目的地じゃないし、いつまで旅が続くかも分からないんです。なので......ごめんなさい」
僕は改めて断ってから彼女に頭を下げると、彼女に背を向けて歩き出した。
「ちょっ、ちょっと!サンネスタじゃないって、じゃあどこに?」
背中に掛けられたその問いに、僕は振り返って、驚いた顔をしている彼女に一言だけ答えた。
「エンビ村です」
♢♢♢
ここ数日晴天が続いている。
太陽を遮るものが何もないサンネスタに続く街道を、汗をかきながら西に向かって歩き続けて五時間。
僕の頭上から容赦なく照らし続けていた太陽がオレンジ色になり、もうそろそろ沈もうとしているのが目の前に映っている。
結局まだ懐中時計は買っていないけど、多分時刻は午後四時を回った所だろう。
僕は足を止め、視線を左に向けると、街道を百メートル程外れた所に小川が流れ込んでいる大きな森が見えた。
「あの森、野営するのにちょうどいい感じだ」
少し時間が早いけど、ウェントワースを出て初日だし、この先、日が沈むまでにちょうど良い野営地を見つけられるか分からないから今日はあそこで野営をしようか。
「そうだね。暗くなる前にゆっくりした方が良いよ」
僕の呟きに、自称風の精霊―――フウの声が頭の中で聞こえて来た。
「それにしてもあの娘。一体どこまでついて来るつもりなのよ......はっ!まさかアーベルのお尻を狙ってるんじゃ!」
「いや、フウ―――」
「ここはアタシがガツンと一発言っておくしかないようね!アーベルのお尻はアタシの―――」
僕は一人興奮し始めたフウを相手にすることを止めて後ろを振り返った。
僕の二十メートル程後ろに、例の赤い髪の、確かエリアーヌと名乗った女の人が、僕が立ち止まったのに合わせて立ち止まってこっちを見ていた。
あれから、ウェントワースを出て歩き始めた僕の後ろを、彼女は少し離れたままずっとついて来ていて、僕が休憩のため立ち止まると、彼女も立ち止まって休憩し、僕が歩き出すと彼女も歩き出す。
途中で諦めて引き返すもんだと思っていたら、いつの間にかこんな場所まで付いてきていた。
僕は小さくため息を付くと、彼女に向かって足を進めた。
僕が近づいて来るのが分かった彼女は、少し怯えた表情を浮かべながら睨むように僕を見てくる。
「何よ?......私はただサンネスタに―――」
「もうすぐ日も暮れるし、僕はあの森で野営をしようと思っているんです。ウェントワースに戻るにしても、サンネスタに行くにしても、あなたもどこかで野営するんですよね?」
彼女は僕の言葉に改めて辺りを見廻してから、何故か恐る恐る僕の顔色をうかがうような眼差しを向けながら口を開いた。
「私もあの森で野営を......しようと思ってたの......よ」
「そうなんですね。じゃあもし良かったら一緒に野営をしませんか?」
彼女が何を考えてここまで来たのか分からないし、明日からどうするのかも分からないけど、今夜は野営をするしかないのだから、一人で野営するよりも一緒に野営した方が危険は少ないだろう。
僕だって見張りを交代できる人がいればしっかり身体を休める事が出来る。
僕はそう考えて彼女に提案したけど、彼女が嫌だったらそれはそれでいい。
彼女も冒険者なのだから自分一人で野営くらいできるだろうし。
僕の提案を聞いた彼女は、少し驚いた感じで僕を見ると、少し考えるような素振りを見せて俯いた。
「......それじゃあ悪いけど一緒に......野営させてもらえるかしら」
もし彼女を放っておいて彼女が危険な目に合ったら、僕も責任を感じてしまうだろう。
♢♢♢
日が沈み、夜の帳が降りてきた。
静まり返った真っ暗な森の上には糸の様に細い月が昇っている。
「夕食はそれだけですか?」
夕食を食べ終えた僕は、パチパチと音を立てる焚火の向こう側で、ドライフルーツのような物を口にする彼女に声を掛けた。
「うん。あまり食料を持ってきていなかったから」
その一言だけで、彼女が突発的にウェントワースの町を出た事が分かる。
僕はバックパックから丸パン二つと干し肉一切れを取り出すと、腕を伸ばして彼女に差し出した。
「どうぞ。それだけじゃ体が持ちませんから」
「え?......でも」
「僕、食料はまだたくさん持ってますし、それにあと半日も歩けば村があるって聞いてますから、そこで何か売ってもらいますので」
やっぱりお腹が空いていたのだろう。
彼女は少し逡巡した後、ありがとう。と小さくお礼を口にし、僕から受け取った丸パンを口にした。
「あの、その代わりって言っては何ですけど......何で僕に付いてきたか教えてくれますか?」
彼女は丸パンから口を離し、少し考えた後に答えた。
「あなたに付いてきた理由......は、パーティーを組んで欲しかったから」
「でも、あなただったら色々なパーティーに入る事だって出来そうですけど」
彼女だったらソロになったって、色々なパーティーから誘いがあるだろう。
それを、わざわざ町を出るソロの僕を選んだ理由は何だろう。
「......私は強くなりたいの」
「強く?ですか?」
「ええ、冒険者になって一か月、今まで四つのパーティーに入れて貰ったけど、どのパーティーでもお飾り扱いで何もさせて貰えなかった。そんな時、私と同じ日に冒険者になったあなたが毎日魔物討伐をこなしてるって噂を聞いて、それで......あなたと一緒だったら私も戦う事が出来るかもって」
強くなりたい。
彼女が何で強くなりたいか分からないけど、今までのパーティーじゃ仕事をさせて貰えなかったってどういう事なんだろうか。
でも、僕もマルシオさんがいたから戦ってこれたのであって、彼女の実力は分からないけど、それでもマルシオさんと一緒に戦っていた時の様に討伐依頼をこなせる自信は僕には無い。
「でも、強くなりたいんだったら僕なんかじゃなく、ちゃんと実力のあるパーティーに入って―――」
「早く力を付けたいの!だから早く実戦で経験を積みたいの!」
だったら余計に僕とパーティーなんて組まない方が良いだろう。
「ごめんなさい。僕は魔物討伐がしたくて冒険者になったんじゃないです」
「......えっ?」
彼女は口に咥えた干し肉を離し、驚いた顔で僕をみてきた。
「説明が難しいんですけど、僕は自分が生まれた、家族が待っている村に戻る為に冒険者になったです。だからこの先、何か理由が無い限り魔物討伐のリクエストは受けないと思うし、この国にも長く居るつもりはないんです」
彼女はそのまま暫く僕を見つめ、そして落胆したように俯いて肩を落とした。
「そう......なんだ」
「はい。だからサンネスタに用事が無いんだったら、ウェントワースに戻って、入れてくれるパーティーを探したほうが良いと思います」
「そう、かも......ね」
彼女はそう呟いて干し肉を齧った。
「あなたと一緒にいた、あの冒険者は?」
「マルシオさんは......多分もうリクエストは受けないと思います」
「そうよね......左腕が」
左腕が理由じゃなく、マルシオさんはエイミィさんとリンネさんの為に、もうリクエストを受ける事は無いと思う。
僕がそんなことを思っていると、暫く下を向いて黙々と食事をしていた彼女は、僕に向かって「ごちそうさま。ありがとう」と言って顔を上げて、また真剣な表情で僕を見つめて来た。
「ねえ、やっぱり一つだけお願いしたい事があるの」
「お願いですか?」
彼女のお願いに僕は少し身構える。
「そう。サンネスタまで一緒に連れて行って欲しいの」
「それくらいだったら別に良いですけど......」
「それでね、サンネスタで一回だけで良いから私とパーティーを組んでくれないかな?」
「一回だけ?」
「そう、一回だけ......ダメ?かな」
彼女の実力は分からない。けど、最悪彼女を守りながらでも、ゴブリン数匹くらいのリクエストだったら大丈夫かも知れない。
サンネスタでリクエストを受ける予定は無かったけど、それで彼女が納得してくれるんだったら。
「僕で良ければ......一回だけだったら良いですけど」
僕が一回だけであればと頷くと、彼女はパッと笑顔になった。
「本当に?ありがとうっ!」
「いえ......」
彼女は、立ち上がって僕の横まで来ると、僕を見下ろしながらスッと手を伸ばしてきた。
「それじゃあよろしく!あなたの事、アーベルって呼んで良いかな?」
僕は笑顔で差し出された彼女の手をおずおずと手に取った。
彼女の指は、冒険者と思えないほど細く、そして冷たかった。
「はい、よろしくお願いします......えっと、エリアーヌさん」
「エリーでいいわ。あなた......アーベルは十五歳でしょ?私も十五歳だから」
こうして僕は、赤い髪の少女、エリアーヌさんと一回だけのパーティーを組むことになった。
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