CROSS OVER-12
「ミラは今日実家に帰って、明日の昼に合流する予定です。流石に次の日から普通にクエストをこなすのは無理かなって」
「じゃあ、明日……ちょっとお節介を焼いてもいいかな。イヴァンも特訓の後で一緒に来て欲しいんだけど」
「はい、大丈夫です」
「えっと……出来れば僕達にも確認の声を掛けてくれると嬉しいのだけれど」
「君達は持ち主を1人で行かせはしないだろ?」
「うん、勿論」
公にされていないが、バスターの死者は1つの町の登録者だけでも毎年数人から数十人ほど出ている。
新人バスターの活動開始から1ヶ月弱、ミラの元メンバー達が最も早く亡くなったのだという。
バスターはとても自由な職業だ。一方、バスター同士の横の繋がりが希薄でもある。シークもそれは常々感じていた。
もしも先輩であるゴウン達と出会っていなければ、シーク達の成長はもっと遅かっただろう。危険な目に遭うか、バルドル達がいても命を落としていたかもしれない。
それを実感してきたからこそ、シークはゴウン達のように後輩へ何かを伝えられる存在になりたかった。
* * * * * * * * *
「そう、そんな事があったのね」
「兄ちゃん、やっぱりバスターって危ない? 兄ちゃんは大丈夫?」
「俺は大丈夫だよ。イヴァンも大丈夫なように今特訓してるんだ。チッキーも戦い方ならテュールに教わるといい」
「ちょっとシーク、チッキーがその気になったらどうするの、危ない事をけしかけるのはやめてちょうだい」
「この春からホワイト等級の昇格条件に、近隣の村の警備経験ってのが追加されているけど、いつもいる訳じゃない。15歳になったらチッキーも村を守らなきゃいけないんだから」
家族とイヴァン、それに武器2本と鎌で食卓を囲んでいる時、シークが若いバスターが亡くなったという話をした。
この村の出身者にも数人の現役バスターがいる。父親と母親から、過去10年間、バスターになって3年以内に亡くなった者が4人いる事を教えられていた。
シークは自分がバスターを目指した当初、反対されていた事を思い出していた。
「チッキー様がもしも戦う時が来ましたら、わたくしにお任せ下さい。今は大鎌として農業に従事しておりますが、守りの氷盾であった時の事を忘れた訳ではありません」
「僕は何かあった時はテュールで皆を守るって決めてるんだ。テュールの言う事をきちんときいて、テュールがいいよって言ったことをするって、約束してる」
チッキーはテュールに絶大な信頼を寄せている。その点だけを切り取れば、シークとバルドルよりも上をいくかもしれない。テュールの言いつけをしっかり守るチッキーを見ていると、どちらがどちらに忠誠を誓っているのか分からない程だ。
毎日、寝る前にはもう止めなさいと言われるほど丁寧にテュールを拭きあげ、枕元に置いて寝る。遊びに出る時ですら、カバーに入れて背負って出かける。
流石に学校に持っては行かせないが、帰ってくれば学校での出来事を逐一テュールに報告する。チッキーの行動は、テュールに聞けば全て分かるという。
「まったく、親の言う事よりもテュールの言う事を聞くんだからな、参ったよ。最近、畑に出てもあの落ち着きのなさが嘘のようだ」
「勝手な事をしたら、バスターだって命を落とすのよ。いい? 絶対に勝手な事や、モンスターを侮るような事をしては駄目」
「チッキー様、お母様の言う事をよくお聞きになって、安心していただきましょう。チッキー様がいなければ、畑の小麦も刈り時を失いましょう」
「そうだね、分かった」
家族の団欒の輪の中、シークの顔にも笑顔が見える。笑顔を見せる事は出来ないが、バルドル、アレス、テュールも口調……喋り方が楽しそうだ。
しかし、イヴァンはチッキーと2人で勉強や遊びをしている時よりも随分大人しい。寂しいのだろう。
「イヴァンも、もう少ししたらナンに帰れるよ。ムゲン自治区が安全になったと連絡が入れば、君もシャルナクも、他の獣人の皆だって自由に行き来が出来るようになる」
「うん、分かってます。シークさん達がこっちにいる間に、出来るだけ剣術を上達させて、自力で帰れるようになります」
「イヴァンさん、ボクが付いてます。ボクもナンの長閑な湖畔の光景が大好きだし、世界を飛び回らなくたって、例えモ、モンスターを斬らなくたって……」
「アレス、無理が丸わかりですよ。イヴァン様、まだアレスを所持する事は認められていないようですが、どうかアレスを宜しくお願いいたします」
獣人の村へは、イヴァンが生きていた事が伝わっているだろう。イヴァンは壁に立て掛けていたアレスをそっと手に取り、自分の椅子の背に立て掛けるように置き直す。
「ぼくも、バスターのように世界を巡りたいって思ってるんです。まだまだ読み書きも、計算も、地図の見方だって分からないけど……いつか獣人の皆にぼくが見た世界を教えたい。その時はアレスと一緒に」
イヴァンが故郷を恋しく思う気持ちをぐっとこらえ、今は帰郷の日までに出来る事をやるだけだと決意を新たにする。
シークの母親が「ここを第二の故郷にしてちょうだい」と言ってニッコリ笑うと、イヴァンもようやく嬉しそうに微笑んだ。
「尖ってこその剣なのだけれど、ここはこの『
「そうだね、バルドルも少しずつ人間の暮らしの事や振る舞いが分かってきたようで何よりだよ。君達は丸くならず、代わりに寝る前のひと拭きでもどうだい」
「ベッドに向かう前に、この上ない誘いだね」
「そういう言い方、どこで覚えて来るのさ」
「何もおかしなことは言っていないよ、理由を尋ねても?」
シークはバルドルにため息をつき、チッキーとイヴァンと玄関前のデッキで武器と農具の手入れを始める。
シークが帰郷してしばらく、もう皆がシークの滞在を知っている。この町の警備に来ているバスターは、時折立ち止まってはシーク達に手を振る。
「兄ちゃん、人気者だね。お父さんが、農業組合のポスターに載るような人気者は「町育ちのシティーボーイ」ばっかりだって言ってた。兄ちゃんもシティーボーイ?」
「もうボーイって歳じゃないよ。それに田舎育ちだからシティーとも無関係」
「でも、町とか、えっと、もっと大きな町とかにも泊まった事あるんでしょ?」
「泊まっても育ったとは言えないよ。それを言うならゼスタがシティーボーイだな。ギリングに住んでるから」
「ゼスタくんはシティーボーイなんだ!」
シティーボーイという言葉の響きが気に入っただけで、実際にそれが何を指すのかなどどうでもいいのだろう。そんなチッキーに、とうとう皆が笑い出す。
「チッキーはいつも楽しそうだね。ぼくも、なんだか安心します」
「まあ、チッキーは幼い頃からこんな感じだね」
「最近はとてもしっかりしているのですよ。シーク様がいらっしゃるとやはりチッキー様も嬉しいのです」
「しっかりしたところを兄である俺が見た事なくて、テュールが知ってるって複雑な気持ち」
チッキーも成長しているのだと思うと、シークは安心と同時に寂しさも覚える。兄ちゃん兄ちゃんと言って付いて来てくれる姿も、もうそろそろ終わりなのだろう。
「出かけた振りをして、しっかりしている所を覗くというのはどうだい」
「自分の家を覗く奴なんて聞いたことないよ」
強いモンスターが暴れ狂ったなら、きっとこのような幸せなひと時は簡単に奪い去られてしまう。シークも早々に旅立たなくてはならない。
「チッキー、テュールの言う事をしっかり守ってくれよ。俺が心配しなくてもいいように」
「分かった。兄ちゃんも、バルドルの言う事聞いてね。イヴァンくんも、アレスの言う事ちゃんと聞くんだよ」
「ははは、分かったよ」
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