CROSS OVER-07
バルドルは空耳だと言って本気にしていない。シークは首を傾げ、再び歩き出す。
「気のせいかな。ヒュドラ戦の後で神経が高ぶっているのかも」
「他意識過剰だったね」
「そろそろ新しい言葉を作らないで、ある言葉で間に合わせてくれないかい。時々意味が分からなくて戸惑う」
「あるもので済ませようなんて、随分と器が小さいと思わないかい」
このような言い返しをする時、大抵バルドルは上機嫌だ。シークは「降参」とだけ告げて、焚火の近くに腰を下ろした。
再び静寂が辺りを包む。
シークは喋らずに意思で伝え、バルドルはコソコソと返事をする。
そうやって出来るだけ静かに会話をしていると、今度はシークだけでなく、バルドルにも何かが聞こえた。
「ほら……今、聞こえたよね」
「僕にも聞こえた。お化けって、声が出せるんだね」
「お化けと決まった訳じゃないだろ」
「姿が見えないのだから、お化けというのが一番納得いくのだけれど」
「いや、お化けって見えるんだよ。だって、化けてるんだもん。見えないのに何かに化けてるなんて虚しくない?」
「君はたまに考え方がズレている事があるね、シーク」
「バルドルに言われたくないかな」
シークとバルドルは音の発生源の方角をじっと睨む。しかし、声の正体と思われるものは見えない。
「……少し近寄ってみよう。バルドルはここに『あって』くれ」
「もしモンスターだったらどうするんだい。僕を一振り残して行くなんて酷いと思わないのかい」
「いざとなったら魔法があるから」
「僕よりも魔法!? シークは僕なしじゃいられない体だと思っていたのに! 僕が一番なはずなのに! 僕じゃなく魔法でモンスターを倒すなんて!」
「その言い方止めてよ。なんだかいけない事をしてるみたい」
バルドルの他意のない言葉に、シークはとても困ったような顔をする。もちろん、バルドルはいたって真剣だ。決してふざけているつもりはない。
ただちょっと選ぶ言葉が思いに負けているだけだ。
「いけない事だよ! 僕を置いて魔術書を頼りにするなんて嫌だね!」
「うるさいから黙れって、見張り……いなくなっちゃうんだけど」
「この薄汚い『泥本』め、ちょっと許したと思ったらすぐこれだ。見張りならその何処のモンスターの骨とも分からない魔術書と魔法を置いていくべきだ」
「分かった分かった、みんなが起きるからダダこねない」
シークはバルドルに短時間で2回目の降参を告げ、悩んだ末にケルベロスの右手剣をそっと起こした。ケルベロスなら片方が寝たまま、片方だけ起きることが出来る。
「……んあ? っとまだ夜? ん、どうしたんだ」
「ちょっと、みんなを見ていてくれないかな。向こうで何か音がしたんだ」
「お、探検か? 俺っちも連れて行ってくれよ」
「いや、見張りをお願いしたいんだけど。何でどいつもこいつも留守番が出来ないのかな」
「僕達は『番剣』ではないのでね」
「その通り! さ、行こうぜ」
ケルベロスを連れていくと本末転倒だ。次の見張りは誰を起こせというのか。
「誰かに起きててもらうか……」
「んじゃあ俺っちのもう片方で留守番しておくぜ、何かあったらすぐに知らせられるからな」
「ちょっと見に行くだけですぐに戻るから」
シークはバルドルとケルベロスの右手剣を持ち、暗闇の中へと進んでいく。ライトボールを打ち上げ、崩れたテントの合間を縫うように歩き、立ち止まっては耳を澄ませる。
「……誰かいますか? 怪我して動けないのなら手を貸します」
恐怖心があるのか、シークは潜めたようにそっと声を掛ける。
「僕に手はないから、貸し借りなら君に任せるよ、シーク」
「おーい、苦しいのか? なんなら今すぐ楽にしてやってもいいぜ、安心して返事をくれ」
「そんな呼びかけで誰が応答するってんだよ」
ちっとも役に立たない武器達に文句を言いながら、シークは辺りを注意深く見て回る。
シーク達が見落としていて、今になって意識を取り戻した者がいるのかもしれない。幾ら魔王教徒と言えど、流石に戦いが終わった後で見殺しにするのは良心が咎める。
「……あれ、今、唄った? ……ほら」
シークが耳を澄ませると、そう遠くない場所から歌声のようなものが聞こえてきた。風向きによってこちらに届いたり届かなかったりするが、誰かがとても小さな声で、断続的に声を発している。
『この……グスン、満天の~、星空~、響け我が~心のぉ~……グスン』
声の主は心細いのか、声を震わせながら歌っている。それはそうだろう、こんな宵闇の中に1人きりなら、シークだって歌って恐怖心に打ち勝とうとするかもしれない。
『ふっ、ふっ……グスン、描くは、願い……誰に聞こえぬとも……』
こんな時に悲しさや孤独を噛みしめるような歌を選ばなくても……と、シークは苦笑いする。今にも泣き出しそうなその歌声に、シーク達を襲うような感情は窺えない。シークは思いきって、大きな声で呼びかけた。
「あの、誰かいるんですか? 旅の者です、必要なら手を貸しますよ!」
シークが声を掛けると、歌声がピタリと止み、何も聞こえなくなった。
「……我が故郷のぉ~、あの赤い陽を見るぅ~その日までぇ~」
「ちょっとバルドル、何血迷って対抗してんのさ!」
シークがどうしたものかと悩んでいると、ふいにバルドルが歌い始めた。こんな時に対抗意識を燃やされ、挙句その特徴が強すぎる歌声に耳を塞がれでもしたら助けようがなくなる。
だが、声の主はバルドルの歌声を聞いたことで、こちらに敵意がないと判断した。しばらくの沈黙の後、声の主は一言「バルドル……って言った?」と呟いた。
「その通り、相変わらずだね。君は『星祭りの唄』がお気に入りだった」
「……バルドル? バルドルなんだね!?」
声の主はバルドルの名を聞き、今にも泣きそうな声で話しかけてくる。こんな場所でバルドルの事を知っている「物」など、1つしかない。
「久しぶりだなアレス! 相変わらず辛気臭い歌を唄ってやがる」
「ケルベロス! ああ、こんな所で出会えるなんて! とすると、もしかして君達は今、人間と共にいる? さっきの男の声は君達の主ですか?」
「おう、バルドルの主だ。おめーどこにいんだ、探させるからここだって教えろ」
声の主はアレスだった。シークは慌てて物が散乱した一帯を探し回る。ここだ、すぐ横、という声にパッと振り向くと、僅かに何かが光った。
シークは目を凝らしてその場所を確認し、木片を1枚ずつはぐっていく。そこにはバルドルよりも長く、そして幅も厚さも倍以上ある大剣が現れた。
「……炎剣アレス?」
「やあアレス、久しいね。君が半泣きで唄っていなかったら、僕達は朝一でこの山を降りる所だったよ」
「ああ、有難う見つけてくれて! あなたがバルドルの持ち主ですね? ボクは炎剣アレスです。かつて勇者アンクスに使われたバスターソードです!」
「初めまして、シーク・イグニスタです。昼間この辺りを見た時には気づかなかったよ。ここだよって言ってくれたら良かったのに」
「ヒュドラの封印が解け、ふと目が覚めた時にはここにあったんです。皆が皆、ボクを使おうと試みましたが……その心の中はとても恐ろしくて。喋れる事を知られまいとしていたものですから」
じゃあ今歌っていたのはなんだったのか、と言いたい気持ちを抑え、シークはとりあえず場所を移そうと提案した。
「夜が明けるまで、良ければ俺達の旅の事を伝えたいんだけど、どうかな」
「もちろん、勿論です! 遠くで誰かが戦っているのは分かっていましたが、その音も止んでしまって……。こんな場所で朽ち果てるのを待つなんてと悲観していた所だったのです!」
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