CROSS OVER-05

 

「成程、それなら辻褄が合う気がする……」


「シーク、何? どうしたの?」


「いや、これでバルドルが前に教えてくれた話と繋がったと思ったんだ」


「おっと、僕が何か重要な事を?」


 シークはイヴァンに治療を少し待って欲しいと告げ、再び服を着させた。


「バルドルは平和が300年続くうち、バスターは少しずつ弱くなっているって言った。弱くなったバスターが、いざアークドラゴンが復活した時、到底太刀打ちなんて出来ないって」


「技術としては進歩してるはずだけど、強敵がいなけりゃ頭打ちだからなあ、それは分かる気がする」


 ゼスタの相槌に頷き、シークは話を続ける。


「バルドルは4魔の封印を任されていた。その封印を保つのはバスターが弱くなり過ぎる手前、4魔討伐が出来るレベルのバスターがいる時代まで、だよね」


「よく覚えているね。僕の話を真剣に受け止めてくれて嬉しいよ」


「それってアークドラゴン討伐のための腕鳴らしとして……ってことよね?」


「その通り。ビアンカが今言ったみたいに、バルドルはバスターを段階的に鍛えるため、4魔を利用するつもりだった。結果、俺もビアンカも、そしてゼスタも、4魔討伐ができるくらいには強くなれた」


 アークドラゴンという途方もない目標ではなく、その数歩手前のモンスターであればまだ目標にしやすい。才能が開花すれば、格上のモンスターと戦い続けて技術を磨けば、そう考えて突き進むことが出来る。


 実際にシーク達は段階を踏んで乗り越えてきたことで、アークドラゴン退治とまではいかずとも、4魔退治を無理だとは思わなくなっていた。


「でもバルドルは、実際にはもう随分と前から封印を保てていなかった、そう言ったよね。君は300年という時間を、100年くらいかなと言った。つまり、正確にいつから封印が解けていたのか、時間経過は分かってない」


「恥ずかしい話なのだけれど、その通り」


「封印を解く役目を担っていたけれど、君の意思ではない封印の解除が各地で起こった」


「うん、その通り」


「そして、ヒュドラの情報が回りだしたのが俺達がバスターになる1年くらい前……つまり2年前。イヴァンがこの山に着たくらいの時期と思う」


 バルドルが4魔の封印が解けたと言った時期は、イヴァンがこの山に来た時期と重なるのではないか。シークはそう考えていた。


「そうか、この解術式は……時々思うのだけれど、君は物凄く鋭いね」


「おいバルドル、どういう事だよ。シーク、ヒュドラの復活がイヴァンが連れて来られた事とどう関係してんだ」


 首を傾げるゼスタに、シークはバルドルやケルベロスが封印の術式を持っている事をまず認識させた。それを聞いていたビアンカは、大きな目を更に見開いてシークの顔を見つめる。


「そんな、そんな酷い事を……」


「うん。イヴァンの背中の解術式は、4魔の封印を解くために使われた、もしくは使われるはずだった」


 ゼスタはいつもは涼しげな目をビアンカに負けないくらい大きく開き、おまけに口まであんぐりと開けっ放している。


「いやいや、え? ちょっと待てって。それなら武器に術式を刻めばいいじゃねえか!」


「おいおい、俺っちが自意識過剰っつう訳じゃねえけど、この世にアダマンタイトなんてそうそう出回ってねえんだぞ。普通のちんちくりんな武器に術式彫ったって駄目なんだよ」


「あー、それはそうか。しかも意思を持ってなきゃ魔力を溜め続けるのも無理だし」


「イヴァンの背中に術式を刻んだのは……彼らなりの確証があったから」


「うん。人の体は魔法の発動に耐えられるから、アダマンタイトの代わりにしたんだ。多分、術式を刻まれたのはイヴァンだけじゃないんだ」


「なんてこった」


 ゼスタは座った姿勢から仰向けに倒れた。シークの推論が正しい場合、別の者が鍵として使われていた可能性がある。


 魔王教徒が非人道的な集団である事は分かっていたが、人体実験にされたイヴァンを目の前にすると、やはり言い表せない感情は湧き上がる。


「……ぼく自身は他の人がいたのか分かりません。僕が解いたのかも分かりません。でも魔王教徒の人が、僕の背中をヒュドラの封印に押し付けたのは確かです」


「当たって欲しくない推論だったのに」


シークとビアンカも項垂れてため息をつく。


「その話を聞きよって、あたしは嫌な想像ばしてしまったんやけど」


「え、やだ怖いのはやめて」


 グングニルがビアンカにぎゅっと握られたまま話し始めた。



「バルドル坊やの封印を纏める魔力も、あたしらが封印した魔力も、全部アダム・マジックのものなんよ。基本的には解除もアダム・マジックがせないけんはず」


「ああ、俺っちに術式を彫ったのもアダム・マジックだ」


「という事は、解術に使われたのもアダム・マジックの魔力っち事になる。その背中の術式はアダムが彫った。そうやないと話が合わんのよ」


「え、でもアダムは300年近く前に死んだのよ?」


「死霊術で、アダム・マジックを蘇らせた……」


「そげんごと考えるのが妥当ばい」


 グングニルの仮説にビアンカは驚きを隠せない。天を仰ぎながら口を開けたままだ。


 シークとバルドルは先日その可能性を考えていた所だった為、嫌な予感が当たったとため息をつく。そのタイミングでゼスタがガバッと起き上がり、グングニルに質問を投げかける。



「で、じゃあ何でイヴァンの背中に術式を彫ったんだ? アダム・マジックを蘇えらせたんなら、自分でさせたらいいじゃねえか」


「解術を使うと、自身に掛かったネクロマンサーの死霊術も解けてしまうんじゃないかな」


「ああそうか、術の効果を打ち消すんだったな。だから魔力だけをイヴァンに込めて、発動はその媒体であるイヴァンにさせる」


「それで間違いない。魔法の授業で習ったけど、生き物には魔力を一番込めやすいんだ。そして、死霊術士達は恐らくディスペルを使えない。使うと自身が使っていた全ての死霊術の効果が切れるから」


 シークは不安そうにしていたイヴァンの頭をポンポンと叩く。


「あ、ごめん。弟のチッキーにいつもやってたからつい。でもこれが正解なら、イヴァンが死霊術で操られる事はない。解術の効果のための術式なら、その背中の術式は悪さしないよ」


 イヴァンはシークの言葉に安堵したのか、全身の力が抜けたようにとても深く息を吐いた。汚れた手で顔を覆い、たった一言「良かった」と呟く。


「君を、ひとまず保護してもらおうと思う。大丈夫、イヴァンと同じ獣人のお姉さんがいるから」


「えっ?」


 獣人であっても一部の大人がアレキサンドライトを売りに行き、必要なものを買って帰って来る事はあった。だがせいぜいその程度。イヴァンには信じられないようだ。


「イヴァンと同じ猫人族だし、ひょっとしたらシャルナクを知ってるかな」


「シャルナク! ハティ村長のところの、シャルナク姉ちゃん!?」


 イヴァンの顔が、驚きから次第に喜びの表情へと変わる。


「知ってるのね、良かった」


「狩人ランガの息子と伝えて貰えたら必ず分かります! なんでシャルナク姉ちゃんがムゲンの大地の外に」


「人間と共に暮らしていける世界のため、かな。獣人も人間も何も変わらないよ。こうして話す言葉も一緒、本当は分かれて住む必要なんてなかったんだよ、きっと」


 そう言ってシークは立ち上がり、まだ苦い口の中を水で漱ぐと辺りを見渡した。


「魔王教徒は許せない。でも、このまま魔王教徒の死体を放置するのは違うと思うんだ。せめて火葬して埋めてあげようかなと。このままじゃアンデッドの材料まっしぐらだ」


「助けなかった、助けられなかった……どちらにせよ今はヒュドラの犠牲者。きっとみんな、どこかで間違ったんだろうな」


「そうね。殺そうとしてきた事は絶対許さない。でも私達まで人でなしになったら奴らと一緒ね、賛成よ」

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