ALARM-12

 

 早朝5時を前に、辺りには色が戻り始めた。


 足場の悪い山道を登り続け、いつか初めてイエティを倒した場所を通過した頃、右手の山の端に太陽が現れた。


「明るいうちにヒュドラに近づきたいところだ。火口湖はまだ先なのか?」」


「地図だと1日じゃ着かないみたいだ。アークイエティみたいのがいる可能性もあるし。バルドル、この辺りでアーク級になった時に厄介なモンスターは何かな」


「んー、ゴブリンロードだね。手下としてゴブリンやキラーウルフ、ウォーウルフなんかを従えているかも。あとはグリフォン。狭い場所では飛び立てないけれど、例えるならイエティーが跳ね回るような」


「最悪じゃんそれ」


 バルドルのあっけらかんとした口調に反し、聞いただけで手強いと分かるモンスターばかりだ。バスターが狩りまわっていないせいか、モンスターの数も多い。10分も歩けばイエティやゴブリンロードなどが現れる。


「ケルベロス、飛行系には役立たずな俺達だ。地に足が付いたモンスターは積極的にいくぞ! 双竜斬からの……剣閃……おおうっ!?」


「一撃じゃねえか! いや、爽快だったけどよ、なんか……物足りねえよ」


 ゼスタの一振りでイエティの首がスッパリと刎ねられた。1年前には苦戦した相手だというのに、呆気ないものだ。


「まさか自分が手加減をする日が来るなんて、思ってもいなかった」


 シークには魔法も魔法剣もあり、遠距離攻撃は得意だ。ビアンカもスマウグ、流星槍など、遠距離技を複数持っている。


 2人に対し、ゼスタの攻撃範囲は狭い。だからこそ接近戦が可能なモンスターは先頭で倒して進む。シークとビアンカの体力を温存させるつもりだ。


「僕も戦いたい。あー斬りたい、斬りたいんだ、斬り足りたいんだ!」


「戦うのは俺、斬るのも俺。疲れるのも俺、疲れた後に歩くのも俺なんだよ」


「僕の代わりに歩いてもらって悪いね。僕にも何か出来ればいいのだけれど……そうだ、歌で気分を上げよう」


「今は平気だよ。お気遣い有難う」


「どういたしまして」


 朝っぱらから元気よく唄われてはたまったもんではない。


「でもモンスターがおるっち事は、ええことやね。これなら安心ばい」


「いや、モンスターがいると消耗も早いし、そりゃあグングニルはモンスターを倒せて嬉しいでしょうけど」


「そうやないと。あんたらが言いよったやないね。強いアーク級モンスターがおる時は、周りのモンスターが逃げとったっち」


「あ、そうか。そういえばアークイエティのせいか、昨日は村の周囲にモンスターが全くいなかったわ」


 ビアンカはモンスターがいる事は良い事、という謎理論を苦笑いで受け入れる。先程のゼスタの言葉を真似して「まさか自分がモンスターを歓迎する日が来るなんて、思ってもいなかった」とおどけて見せた。


 そのうちバルドルとグングニルはついに我慢できなくなり、自分達にも倒させろと抗議を始めた。その要求を呑みながら進めば、いつの間にか昼になっていた。


 山道の分岐点に差し掛かり、3人は食事の準備を始める。旅立ち前に準備万端ではなかったせいか、メニューはいつもの干し肉や、粉をお湯で溶かすスープだ。


 決して多くはない米で嵩増ししてあるだけでも贅沢な方だ。


「やれやれ。世界のために奔走する僕の持ち主殿が、こんなにも粗末な昼食を摂っているとは。少しは自分達の事を顧みたらどうだい」


「まあ、確かにバスター生活において、食って軽視されがちだよね」


「基本、持ち運べることが最優先だもんな。せめて味にはこだわりたいけど……長期の旅じゃそれも無理」


「鴨が葱を背負って来るわけでもないし、都合よく食べ物が手に入る訳じゃないもの。結局モンスターも食べるようになったし……」


 ビアンカがことわざを口にするも、バルドルはその意味が分からなかったらしい。いや、ケルベロスとグングニルも分かっていない。なにせ武器達には「美味しそう」「御馳走」という概念が元々ない。


「鴨が葱を背負う? 器用な事もあるもんだ」


「お嬢があたしを背負うようなもんかね。バスターが武器を背負って来る、ええね、勇ましいばい。葱じゃ恰好がつかん」


「シークが僕を背負ってやって来る。……うん、いつもの通りだけれど、改めて想像すると強そうでいいね。特に僕の存在感が特別いい」


「なあ、背負われてねえ俺っちは駄目か? 腰に下げててもいいよな?」


 答え合わせをするつもりはないのか、武器達は訳の分からない自慢合戦を始める。意味は知らなくとも言葉の響きが気に入ったらしい。


「武器共は何を話してんだ」


「……モンスターにとっては脅威よね。好都合なんてまるでないわ」


「きっと、反対語選手権でもしているんだよ」






 * * * * * * * * *






 夕方、3人は大森林方面との分岐に差し掛かり、シュトレイ山へと向かうルートに入った。先まで進むことも考えたが、万が一の際の逃げ道は複数ある方がいい。


 相変わらずの質素な食事に、今晩は鳥の肉が加わっている。いや、正確に言うなら正体は鳥ではない。


 シーク達を狙ってずっと頭上を飛んでいた、大きく黒い獅子頭の鷲、「ズー」というモンスターだ。


 あまりにもしつこく追ってくるため、3人のイライラは限界だった。苛々した3人を代表し、シークが魔法を畳み掛け、地上に落下したそのズーの首をバルドルで叩き斬った。


 すると見た目が殆ど鳥であるため、美味しそうに見えてきた。そこで食べてみようかという話になり、少し切り取って血抜きをして、それぞれ包んで鞄に入れられるだけ詰めて……そして今に至る。


「鳥肉のスープ! ああ、そうよ! やっぱり夕食は豪華じゃないと!」


「ズー肉のスープだけどな」


「鳥肉の独特の臭みがないよね」


 食べようとしているモンスターが、過去に人を襲った事があるかもしれない……などと気にしていたのはもう遥か昔の事。


 ビアンカの鞄に入れてあった分だけを食べきると、3人は満足したように笑顔で食休みをし、武器達の手入れに取り掛かる。


「そう……ん~いいね、まるで研がれているようだ。シーク、君は僕の扱いに関しては世界一だ! キュッと鳴らないギリギリの加減が最高だよ」


「ゼスタ、そう、そう! 刃の裏側がこう……ゾクッとするような……あーいい、気持ちいい! あ~たまんねえ」


「あたしはゴシゴシされるのが好きやね。でも矛先だけはゴシゴシされんで、強く拭き取られるのがたまらんと」


 手入れの仕方に注文が多い武器達に、持ち主達が召使いのように応える。これだけ見れば、果たしてどっちが使う側か分からない。


「はぁ。武器のくせに丸くなっちゃって。甘えん坊……いや、甘えん棒バルドルか」


「くっ……屈辱だけれど、今はこの拭き上げの心地良さを『柄』放せない……ああ、屈辱的な心地良さだ」


 全体が黒ケルベロスはともかく、バルドルは光源がなくとも勝手に光りそうな程ピカピカになった。ケルベロスとグングニルは既にカバーの中でまどろんでいる。


 バルドルを鞘にしまい、胸元に抱いてブランケットに包まると、シークは岩に寄りかかる。


「じゃあ、俺は先に寝させてもらうね」


「おう。まあどっちかが眠くなったら起こすわ」


 今日は武器達と、3人のうち1人ずつが交代で寝ることにした。明日の夜はヒュドラ戦を見据え、3人共しっかり寝て体調を万全に整えるつもりだ。1人が少し夜更かし、1人がちょっぴり早起きを心掛け、夜中の見張りは武器達に任せる。


 1度だけゴブリンロードが現れ、不格好な弓矢を放ってきた。しかしゼスタが気力を込めて石を思いきり投げつけると、それだけで倒せてしまった。


 ケルベロスやグングニルを起こしたくなかったのだろう。


 途中でビアンカとシークが交代し、その後でゼスタが眠りに就く。集めた枝や木の破片が全て燃え尽きた頃、辺りはまた今日も色を付け始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る