ALARM-08



 * * * * * * * * *



 シークとゼスタは夕方のイサラ村を散歩していた。


 ビアンカと武器達は羽毛マットや鞘に包まれて熟睡中だ。特に武器達は毎晩見張りをしていたため無理もない。


 イサラ村付近は太陽が山脈にのまれるのも早い。あと30分もすれば星が見え始めるだろう。そんな時間であっても、村の中は労働者や商人が行き交っていた。


「氷菓子がある! ゼスタ、氷菓子!」


「おお、蜂蜜味か。オレンジ味もあるぜ」


 氷自体は珍しいものでもない。高価だが電気を使って稼働する冷凍庫もある。魔法使い(ただし、バスター登録していなければならない)がいればもっと簡単に手に入る。


「買おう、ついでにビアンカにもお土産に」


「見つけると買ってしまうよなあ、氷に蜂蜜を掛けても何か違うんだよ」


 ゼスタが言うように、問題は味付けだ。魔法では「オレンジ味の氷」など出せない。ジュースを凍らせる事も可能だが、庶民では冷凍庫など買えない。魔法は容器ごと氷漬けにしてしまう。


 氷に甘い味がついている、それが若者にとって何とも魅力的なのだ。


「はい、3つで900ゴールドだ」


「やった!」


 氷室で作られた棒付きの氷菓子を嬉しそうに齧り、2人は時折キーンとした頭を叩いて悶える。オレンジ色に包まれた村の中、眼下の景色を眺めながらだと格別だ。


 寝床を求めてこれから移動するのか、軒先や塀の上には猫の姿もある。バルドルがいたならきっと怯えたことだろう。


「ビアンカー、お土産―」


「ん……おかえり、それ何?」


「氷菓子、蜂蜜味の。寝てたなら起こさない方が良かった……」


「氷菓子! きゃー有難う! んー冷たい!」


「起きて10秒ちょっとで物食えるって、すげえな」


 3人揃って部屋の中で氷菓子を齧っていると、バルドル達も目を覚ます。しかしその目覚めはあまり良いものとは言えなかった。


「おっと、寝すぎたかな」


「起きたかい、夕方だけどおはよう」


「うん……外が騒がしいね」


「え?」


 バルドル達は外の慌ただしい気配で目覚めたらしい。シーク達は窓を開け、外の様子を窺う。耳を澄ませば確かに家畜の鳴き声が聞こえる。


「……何か、来てるのかな」


「装備を着ておこう。モンスターだったらすぐに行かなきゃ」


 3人が着替え、各武器持って部屋を出た瞬間、村にサイレンが鳴り響いた。村人達が走り回る靴音も聞こえる。


 宿屋の主人の話では、このサイレンは自然災害か、もしくはモンスターの襲来を意味するのだという。


『東の外壁にモンスターの姿あり! バスター、護衛の皆様! 討伐に行ける方は南門を開放しますので、向かって下さい!』


「モンスターだ」


「自然災害じゃなくてよかったね」


 バルドルの安心した声に、シークは少しムッとする。


「バルドル、それはちょっと不謹慎じゃないかな」


「不謹慎? 自然災害だと僕達ではどうしようもない。雪崩や土砂崩れに勝てるかい? 雷を防げるのかい? その点、モンスター相手なら勝つことが出来る」


「ああ、そういう事か……そうだね、その通りだと思うよ」


「どうもね」


 3人は慌しく村の門へと向かい、門番にバスター証を見せる。時折地面が揺れ、その度に塀の中の牧場に放たれた家畜達が鳴き叫ぶ。


「あーこの地響き、絶対強い。ってか大きいぞ」


「まさかゴーレム再来じゃないよね」


「絶対嫌、もうゴーレムはお断りだわ」


 通常、村の周辺には強い魔物の一部を掲げた魔物除けがある。ゴブリン程度なら寄せ付けない。魔物除けが効かないのは、弱いモンスターではないという事。


 今までも初見のモンスター相手では苦戦を強いられてきた。駆けつける他のバスターの装備を見る限り、彼らの等級はブルーか、良くてもオレンジだろう。場合によっては戦力にならない。


「あんたら、あの騎士ナイト3人衆か!」


「えっ!?」


「知らねえバスターはモグリってもんよ!」


「あ~……えっと、そうです。こんな襲来は時々あるんですか?」


「いや、俺は引退してからここで護衛をやりつつ暮らしてるんだが、こんなでかそうな相手は初めてだ」


 村に定住しているという護衛の男達も、相手が普段のモンスターなどではない事を察していた。


「お、おいおい、デケエぞあれ!」


 バスター達に動揺が走る。


 吹き降ろしの風が村をぐるりと回らないよう、外壁は2メーテ程度に抑えされている。その壁からモンスターの上半身が丸見えになっていたからだ。


「あれ、えっ? イエティ!?」


「いやいや、普通の倍くらいでかいぞ?」


「……おそらく、アーク級モンスターね。アークイエティって呼ぶべきかしら」


「あれ程大きいと、いつもの倒し方じゃ無理だね。全て魔法剣を使うつもりで、なるべく遠距離攻撃を」


「分かった!」


 バスター達はその姿を見て立ち止まり、怖気づいている。通常はイエティでも数人がかりで倒す。その倍の大きさともなれば、先陣を切って突撃できないのは当然だった。


「あのー、僕の主が行くから援護してくれると嬉しいのだけれど」


「……勝手に宣言しないでよ」


 大きさを除けば、白く長い毛が体を覆うイエティーと一緒だ。ただ、攻撃がそのまま同じなのかは分からない。3人はそれでも行かなければと飛び出し、アークイエティ―の前に立ちはだかった。


「ゼスタ! 防御頼めるか!?」


「任せとけ! 余裕がある時でいい、ケルベロスにも魔法を掛けてくれ! アダマンタイト製なら出来るんだろ?」


「うん! ビアンカ、呼んでくれたらいつでもグングニルにファイアボール掛ける!」


「分かった! ゼスタ、こっちが動き回るから、向きを気にせず防御だけに専念して!」


「助かる!」


 シークがケルベロスに魔法を掛ける。ゼスタが炎を纏ったその刃で先制攻撃を仕掛けていく。


「双竜斬!」


「フーッ、ウオォォォォ……」


「惹きつける! 行け!」


「ファイアーソードで行く! ビアンカ、合わせて!」


 グングニルの矛先に込められた力が光を放つ。シークは右横に立つビアンカのタイミングを見計らい、グングニルにもファイアボールを掛けた。


「スマウグ!」


 ビアンカが放った一直線の光は周囲に炎を纏う。ビアンカの狙ったその部分目掛け、シークが剣閃を応用して縦に光の刃を放った。


「ファイアーソード……えっと、名前まだない!」


「帰ったら剣技書を買うべきだね、シーク」


「舌噛むよ……あるんだったら! エアリアルソード!」


 シークが繰り出した風の刃は鋭い。精度も向上している。だが、アークイエティが繰り出す拳の風圧で相殺され、そよ風程度で吹き抜けていく。


「フゥゥゥ……ウォォォ!」


 アークイエティが全体重を掛けて両手を振り降ろした。


「うっそ、振り下ろしが……見えなかった」


 ゼスタがケルベロスを交差させて防ぐ。風圧で辺り一面に土埃が舞い、ドーナツ状に広がっていく。


「ゼスタ大丈夫か! ビアンカ、攻撃を続けて!」


「破ァァァ、アンカースピア! ゼスタ、避けるのも大事よ!」


「ヒール! くっそ、プロテクトは使えないし!」


「大丈夫……じゃ、ねえ! くっそ……! 防御は無理だ、次は……クッ、回避で行く!」


「俺っちが頑丈でも、ゼスタの踏ん張りがもたねえ! 攻撃なら早めによろしく頼むぜ!」


 土埃が収まっていく。ゼスタが交互に振り下ろされる拳を受けつつ、次第に体勢を崩していく様子が見えた。このままではゼスタが潰されてしまう。シークとビアンカはアークイエティの攻撃を中断させる動きに切り替える。


「あと5発耐えてくれ!」


「フルスイング!」


「ファイアーソード・ブルクラッシュ!」


 ビアンカの渾身の薙ぎ払いがアークイエティの左足を掬う。その浮いた足が地に着く前に、シークが高く跳び上がった。そのままアークイエティの左腕を斬りつける。


 攻撃を畳み掛けられたアークイエティがバランスを崩し、僅かに後ろへとよろけた。


「ゼスタぁ! ビアンカ、続けろ!」


 シークはその隙を狙い、今にも崩れそうなゼスタを抱えて距離を取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る