Misty Forest-13
リディカが辺りを照らせるよう、光球をより高く掲げた。視界の確保は戦いの基本だ。そのおかげでゴーレムの姿や周辺の障害物、空間の形までがしっかり分かるようになる。
まずビアンカが槍に全力を込め、ゴーレムの顔の部分を突く。柔らかいはずの目を貫こうと考えたのだ。
「破ァァァ! スパイラル!」
ビアンカの捻り出すような渾身の突きがゴーレムを襲う。イエティのようなモンスター相手であれば、良い手応えがあった。しかし、ゴーレムが目を瞑ればあまりの硬さに槍の矛先が滑る。僅かなひっかき傷がついただけだ。
「なんて硬さ……柔らかい場所がないかも!」
「ビアンカ! 俺と一緒に拳防いでくれ!」
「分かったわ! 柄が折れなきゃいいんだけど!」
岩というよりは鋼鉄だ。硬いゴーレムの拳を、ゼスタが双剣によるガードで防げばその度に大きな金属音が洞窟内に響く。ゼスタは一撃ごとに踏ん張る際の膝を曲げたり、腕を引いたりして衝撃を出来る限り逃がす。
ゼスタは歯を食い縛り、全力で防御していた。それでも時間稼ぎが精一杯。圧され続ければそう長くは維持できそうにない。体力が減らないようにリディカがヒールを掛け、プロテクトを掛け直し、後方支援に徹する。
「ゴーレムの弱点は水だ。シークはアクアソード、リディカさんは氷魔法があったら時々掛けてくれると助かる」
「分かった! じゃあ、いくよバルドル!」
「攻撃に合わせてアイスブラストを放つわ!」
「アクアソード!」
「ゴーレムの攻撃に合わせて右腕を狙うんだ」
「分かった!」
バルドルが薄青のオーラを纏い、水が滴り始める。シークはバルドルを居合抜きのように低く、左脇に構える。鞘には入れず、そのままバルドルの刀身全体を当てるつもりだ。
ゴーレムの右拳が再びゼスタの短剣に振り下ろされた瞬間、シークはバルドルで斜め上にある腕を思いきり裏打ちした。
「バックスラッシュ!」
「アイスブラスト!」
シークの攻撃がゴーレムを襲うと、リディカがタイミングを合わせてアイスブラストを発動させる。無数の氷の塊が渦巻きながらゴーレムめがけて襲い掛かり、その表面に氷の膜を作っていく。
「アクアソードと……バックスラッシュっていう技を合わせた! 森でカイトスターさんに習ったやつ!」
「混合技に慣れてきたね。次は2撃、技は何でもいからとにかく手数で圧すんだ」
「分かった、勝機はあるかい?」
「今のところは何とも。でも勝つ以外の選択肢はそもそもないんだ。そういう意味では勝つことが決まっていると言えるね」
「勝つしかない……そうだね、次行くよ!」
少し効いたのだろうか。ゴーレムは正拳突きではなく、両拳を合わせて叩き潰すような攻撃を混ぜはじめる。ゼスタとビアンカは、流石に攻撃全ては受けきれない。その場からバックステップで逃れ、避ける前提で次の一撃を誘う。
ゴーレムの攻撃が当たる度に、その場所が凹んでパラパラと小さな岩が崩れ落ちていく。
「フウゥゥ……フウゥゥ……」
「ブルクラッシュ! ……畳み掛ける!」
「アイスブラスト!」
致命傷は与えていないが、攻撃が通じない訳ではない。シークはそのまま力の限りバルドルを振り続ける。
「来るぞ! 避けろ!」
「アースウォール!」
「グッ……!? た、助かりましたリディカさん!」
「フウゥゥ、フウゥゥ……! ゴゴゴゴ……」
ゼスタを狙う攻撃に合わせ、リディカが岩の壁を作り出して防いだ。ゴーレムはなおも攻撃の体勢を取る。拳が振り下ろされると予測し、ゼスタとビアンカが後方へとステップで避けたが、それはゼスタ達を狙うものではなかった。
「振り下ろし……違う! シーク下がれ!」
「駄目だわ間に合わない! ……フルスイング!」
「シーク!」
シークがゴーレムの右脇から壁を蹴って飛んだ瞬間、ゴーレムが振り向いて強力な裏拳を繰り出した。
シークは咄嗟に腹部を庇うためバルドルを盾にする。その直後にはバルドル共々壁に打ち付けられ、ややめり込むような形で拳と壁の間に挟まれてしまった。
「シーク、大丈夫か!」
「大丈夫……とは言えないけど! バルドル有難う、俺はなんとか……」
「うーん、刀身が痺れたよ、それよりまずいね、左拳が来る」
「くっ、動けない!」
「フウゥゥ……フンッ!」
壁に固定されたままでは、ゴーレムの左拳による殴打を防ぐ術がない。シークは壁に押さえつけられたまま目を瞑る。動かない的だと認識し、ゴーレムはシークの右肩をめがけて一撃を打ち込んだ。
「うっ!?」
「シーク!」
プロテクトが発動し、肩の粉砕は免れた。だが痛みに歯を食いしばる様子から無事ではない。
「捕らえられたままではアースウォールで防げないわ! ヒール! プロテクト!」
「この……! シークを放せ!」
「フンッ! ……フウゥゥ……フンッ!」
ゴーレムのターゲットがシークへと固定され、幾度となく殴打が繰り出される。ゼスタが止めに入ろうとするが、位置が高すぎて威力を僅かに削ぐのがやっとだ。
ビアンカは槍の矛先をゴーレムの拳に向け、槍のリーチ分の空間を確保しようとする。しかしゴーレムの拳は別の角度からシークを襲い、ビアンカの槍もまた、その威力を削ぐ目的に変更された。
「スパイラル! シーク、なんとか耐えて!」
「刃が……全く食い込まねえ! 双竜斬!」
「大、丈夫……まだ、魔法だけならいける! エアリアルソード!」
シークの両手はバルドルを握っているため、魔法はバルドルを通じて発動させる。残念ながら魔術書はグレー等級用。バルドルに魔力を溜めても威力は低い。リディカの魔導書を借りたとしても、今度はリディカの支援が追いつかない。
「シーク、ファイアボールだ。リディカさん、もう一度アイスブラストを」
「火は効かないって話……じゃ」
「シーク! くっそ、防げねえ!」
「うっ……!」
「僕の言う通りにするという約束だよ、構わずに交互に撃つんだ」
「……だから私にアイスブラストを撃たせたのね! 分かったわ! シークちゃん、ファイアーボールを連続して唱えて!」
シークの右腕はもはや使い物にならなくなっていた。それでも僅かに動く左腕で右腕を支え、魔力をバルドルに込めて魔法を放つ。
「ファイアー……ソード! ファイアーソード!」
「アイスブラスト! プロテクト!」
「フウゥゥ……フンッ!」
「うぐっ、ファイアー……ソード!」
2人の魔法攻撃が交互に放たれ、ゴーレムの体は急激な温度の変化についていけなくなる。急激に熱せられ、冷やされ、ゴーレムの体にはひび割れが生じていた。
「そう、か、バルドルの狙いはこれだったのか」
シークを狙う拳も、繰り出される度に欠片が零れ落ちていく。止められないのなら、ゴーレムを弱体化させる。今出来るのはそれくらいだ。
「うっ……ああぁ! 痛ぇ、くっそ、この野郎……!」
左肩を浮かせて体を反転させようと試みるシークを逃すまいと、ゴーレムは体全体でシークを押し潰しにかかる。防具やプロテクトではその重さの軽減がやっとだ。シークの口から一筋の赤い筋が流れた。
「ぐっ……は」
「シーク!? 放しなさいよ……! パワースラスト! フル……スイング!」
「ゼスタ、ビアンカ! い……今なら攻撃が効くはずだ! 頼む!」
「分かった! いくぜビアンカ!」
「もう……やってるわ! 破ァァァ!」
「グウウゥ……フウゥゥ……」
「ぐっ……」
リディカのプロテクトが上書きされるも、シークの体は更に壁へとめり込んでいく。ビアンカとゼスタの攻撃は、新人にしてはとても威力が高い。それでも相手がゴーレムではノミで削るようなものだ。
バルドルはこのような状況下でも冷静だった。
「シーク、君の意識があるうちに提案がある」
「……な、に」
「この場を僕と君だけにして欲しいのだけれど」
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