第211話 鎮魂歌+選択(2)
弘孝の殺意の込められた音色が二人を襲う。光はそれを可憐に当たらないように剣を使い全て受け止めていた。
「弘孝君。悪魔になる事が人間の運命から外れるのは否定しないよ。だけど、それは可憐と同じ人間である事も否定する事になるんだ。ぼくは、同じ時代、同じ世界に同じ人間として生きている君がすごく羨ましかった」
「
演奏を一度止め、光に殺意の込められた言葉を投げかける弘孝。それを聞いた光はゆっくりと首を横に振った。
「違うよ。確かに、ぼくはガブリエルとして、ラファエルである可憐と結ばれる運命なのかもしれない。だけど、それ以外ならどう? ぼくは死体だよ。昔、可憐に言われたんだ。死体に恋するほど私はお人好しじゃないってね。それが普通の反応だよ。だけど、弘孝君は人間だった。そうしたら、人間の間はお互いに恋する事も有り得るんだ。ぼくの気持ちは、所詮ガブリエルであって、ぼく、
儚い笑みを浮かべる光。彼の言葉を後ろで守られるように聞いていた可憐は、自分が過去に光に言った言葉が引っかかっていた。無意識にスカートの裾を強く握りしめる。
「私は……そんな事を確かに言っていたわ……」
二人の戦いを見ながら無意識に呟く可憐。過去の自分の言葉が今の可憐の心臓を苦しめていた。
「光! 違うの! 今は——」
自分の気持ちを正直に伝えようと可憐は苦しめられている心臓を静めるように、胸元のリボンを強く握りしめる。しかし、彼女の言葉は、弘孝の攻撃により、これ以上言う事を許されなかった。
「契約者の器となる事を運命とされた人間の気持ちが、お前のような奴に分かるわけが無い」
光を殺意のある視線で睨み続ける弘孝。目の前の恋敵を殺す事に意識が集中され、弘孝には、先程の可憐の声は届いていなかった。闇と毒を混ぜたような魔力は、殺意が混じり合い、光に放たれる。光はそれを剣を使い防いでいた。
「確かに、ぼくがもしも弘孝君だったら、同じ気持ちになるかもしれないよ。だからと言って君の今の行動が正しいとは思わないね!」
光がオレンジ色の魔力を剣に纏わせる。そのまま弘孝に向かって振り下ろした。しかし、弘孝もまた、剣を構え、光の攻撃を受け止める。剣術だけで言うなら、一枚上手である弘孝は光の攻撃を受け止めた後、一度力を抜いて光のバランス感覚を奪った。
「仮に、お前がウリエルだとしたら、この状況を耐えられる自信があるか? 目の前で人間としてずっと想っていた人間が、あっさりと他の男に盗られる気持ちが理解出来るのか? そして、他の契約者になる運命も合わせ持ち、そちらを選ぶならば、自分のものになるとしたらどちらを選ぶか? 綺麗事を言い続け、自分の感情を殺す事が出来るのか?」
光がバランスを崩している間、弘孝は持っていた剣をバイオリンに変える。そして、そのまま間髪入れずに演奏を始めた。殺意の込められた皇帝円舞曲が魔力と混じり合い、光を襲った。
「ぐはっ!」
「光!」
防げなかった弘孝の攻撃。それは、光の動いていない心臓を苦しめ、体内の血液を口から吐き出させた。口内が血の味で埋め尽くされ、光の呼吸は浅くなり、崩れるように地面に膝を着いた。
「光? 光!」
光に守られ、怪我が無かった可憐が彼の名を叫ぶ。それに対し、光は浅い呼吸のまま小さな笑みを可憐に見せた。
「ぼくは大丈夫だよ……。言ったでしょ? 何があっても、可憐を
剣を地面に刺し、杖の代わりにするようにゆっくりと立ち上がる光。しかし、僅かに光から見える弘孝の魔力がそれを邪魔し、再度地面に膝を着いた。
「待ってて。今、回復を——」
「茶番は終わりか」
可憐が両手にエメラルドグリーンの魔力を灯し、光を回復させようとした瞬間、弘孝が可憐には当たらないように魔力で攻撃をする。威嚇に近いそれは、光の治療を妨げるのに充分だった。
「可憐。本当の気持ちを聞かせて欲しい。ラファエルでは無く、磯崎可憐としての気持ちだ。突如目の前に現れた非科学的な死体と、幼い頃から時間を共にしていた僕。どちらを信じるか、決めてくれ」
光を蔑むような目で一瞬だけ見ると、弘孝は儚い笑みを浮かべながら可憐の目の前に降り立つ。そのまま可憐に向かってゆっくりと右手を差し出した。
「弘孝……」
目の前にいる幼馴染の名を呟く可憐。しかし、彼女の目の前にいる幼馴染は、可憐の記憶の中にいる弘孝とは違っていた。顔は誰のか分からない血が付き、身体中から闇と毒を混ぜたような魔力が溢れ出ている。
そして、可憐の想い人である光を殺意と悪意を込めて攻撃をしていた。その時点で可憐にとって、弘孝の質問に対しての答えは出ていた。差し出された弘孝の右手には触れず、可憐は弘孝を睨みつける。
「私は、あなたをもう、幼馴染としては見ていないわ。弘孝、嫌、地獄長モロク! あなたは私の……敵よ!」
「……それが答えか」
可憐の言葉に対し、小さなため息と共に呟く弘孝。そして、可憐に差し出していた右手をバイオリンを演奏する構えに変えた。
「なら、選択肢を僕以外、無くせば良い」
弘孝はそう言うと、殺意を込めた目で光を睨みつけた。そしてそのまま光に向かって皇帝円舞曲を演奏する。
「光! 逃げて!」
可憐の声が光に届くのと同時に光は剣を地面から抜き、構える。しかし、弘孝の攻撃はそれ以上の殺意を持った状態で光を襲った。
「消えろ」
弘孝の魔力が光の剣先に触れる。その時だった。剣先だけが弘孝の魔力で消えた剣だったが、それより先はルビーレッドの魔力によって弘孝の魔力が完全に相殺されていた。
「あーあ。オレが来る前に、ハデにヤッてんな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます