第355話 幕間~演者勇者の凱旋 前編
ローズがエクスカリバーに認めて貰い、二か月が経とうとしていた。
その間も、勇者としての簡単な任務やライト騎士団の面々、アルファスらの稽古を受け、ローズは確実に成長していった。各々が認めている通り、そもそもの素質が高い。止まる事なくローズは成長していた。――そしてついに。
「本格的に、魔王討伐へ魔王城への進行を開始する事になったわ」
ハインハウルス城に帰還したヴァネッサは、王妃として玉座の間でライト騎士団と、そしてローズと正式な対面。いつものフレンドリーな感じでローズとは挨拶をした後、その話になった。
「ついに……」
察するに、ローズと面談もそうだが、同時にライト騎士団とローズを引き連れての正式な行軍の為の帰還なのだろう。
「勿論、ローズちゃん一人で戦うわけじゃない。傍には貴女を導いてくれたライト騎士団と、私も一緒。心配いらないわ。貴女はエクスカリバーで、貴女に出来る事を」
「はい。勇者として、精一杯頑張ります!」
実際ヴァネッサも横のヨゼルドも口にはしないがローズは「念の為」という所が強い。ハインハウルス軍は戦力は十分に揃っているし、何よりヴァネッサ個人の実力も圧倒的。相手が魔王ではなく、何の憂いも無ければローズが最前線に出なくても解決出来る。ローズは勇者として万が一勇者でないと出来ない事があった時の為に招集されるのだ。
「それから今回の行軍には、彼女達も正式に同行する事になったわ」
ヴァネッサが促した先から姿を見せたのは、
「イルラナス……レインフォルにロガンにドゥルペも」
ハインハウルス城に滞在する元魔王軍の四名である。
「これは、私達も見届けて、ケジメをつけなくてはいけない事。魔族の新しい一歩を、誰かに全てを任せるわけにはいかないから」
未だ魔王の娘、王女がこちらで保護されている事は極一部の人間しか知らない。私達はこっちの味方です、いらっしゃいませ……を簡単に全ての人間が出来るかと言えば難しい話。
「今回の事が終わったら、正式に魔王の娘として、人族の方々と交流を結び、新しい魔族の形を作る一歩を踏み出したい。そう思っています。――ヨゼルド様、ヴァネッサ様にはご迷惑をかけてしまうと思いますが」
「構わんよ。寧ろ迷惑などとは思っていないさ。――共に、新しい国を作り上げようではないか」
ヨゼルドの言葉に、ヴァネッサも優しく頷く。
「優しいお言葉、ありがとうございます」
イルラナスがゆっくりと二人に向かって頭を下げた。レインフォル達も続く。――魔王討伐は、ここにいる全員にとっての大きな正念場となり、新しい道への始まりとなるのだ。
「イルラナスちゃん達は、ひとまずはライト騎士団に組み込む形にするわ。ライト君、宜しくね」
「はい。彼女達の実力も人柄も承知しています。寧ろありがたい限りです」
「ライトさん。どうぞ宜しくお願いします」
「私達は基本旦那様の指示に従う。勿論戦力として計算してくれて構わない」
「うん。こちらこそ宜しく」
四人とも迷いは見られない。それに、
「何かあっても、俺達は仲間だ」
もう一時的な関係とかそんな水臭い話じゃない。最後まで見届けて、寄り添い、助ける。そう決めている。
「ありがとう。――旦那様に出会う前の自分に見せてやりたいな、今の私を」
「そうね。私もレインフォルも、変われたわ」
「ロガン、自分はどうッスかね、変われたッスかね!」
「僕は人の事言えないけど、君は全然変わってないからね……それが君の利点だから気にしなくていいと思うし」
そんな和やかな様子を見て、誰もが笑みを零す。――この和やかを守る為の戦いが、始まるのだ。
「出発は五日後。最前線までは流石に距離があるから、しばらくは野営が続くわね」
ヴァネッサ直々の出陣。勿論お付きの部下も多く、それにライト騎士団の面々を加えると毎回宿を取るには流石に人数が多過ぎる。
「ただこれから最終決戦に向かうのに、行くまでに余計な疲労を多く溜めたくもないから、一度ヘイジストで行軍自体の休憩も込めて布陣をするわ。ヘイジストには予め伝令を飛ばしてあるから心配いらないわ」
「わかりました、ヘイジストですね」
というわけで、ヴァネッサとライト騎士団は、五日後、まずはヘイジストに向けて……
「…………」
ヘイジストに、向け……て?
「なあハル、この国にヘイジストっていう街、何個も存在してたりする?」
「いいえ、一つだけですね。他国にも存在しないかと」
「王妃様の中で、ヘイジストっていう用語が何かの略で正式名称があったりは」
「しないのではないでしょうか」
「え……っと、つまり、つまりですよ、それって」
「魔王討伐の前に、ライト君の故郷に寄る形になるわね」
…………。
「えええええええ!?」
こうして、ひょんなことからライトの里帰りが決まってしまったのであった。
「皆、準備に抜かりは無いな! もう直ぐいらっしゃるぞ!」
地方都市ヘイジストに突如舞い込んできたビッグニュース。王妃と勇者が所属する騎士団が、行軍の休息を兼ねて布陣、二日程滞在するとの連絡が入った。
準備はこちらで全て行うので何の用意もいらない、あくまで驚かせたくないので連絡が来ただけ……との事だが、だからといって王妃、勇者らにじゃあ勝手にどうぞ、というわけにはいかない。出迎えの挨拶等、歓迎の支度を町人達は進めていた。
「! 見えた、旗印だ!」
王妃ヴァネッサがいる事の証明である特別な大きな旗が見えてくる。ひと際大きく立派な馬車が街の入り口で止まると、中から降りてくるのは、
「王妃様! ようこそヘイジストへ!」
王妃ヴァネッサ。天騎士の名も高く、この国で知らぬ者などいない、美しさと強さを両方大きく持つ圧倒的存在。
「私、この街の長を務めております、オダナンと申します」
「ヴァネッサ=ハインハウルスよ。通達が行っていると思うけど、何もこの街をどうこうするわけじゃないから、そんなに固くならないで。少しは私を含めて出入りするとは思うけど、基本迷惑はかけないわ」
「とんでもございません! 何でも仰って下さい!」
ヴァネッサはそのオダナンの必死な様子に苦笑するが、一般的に見て当然の反応ではある。この大国の王妃。手腕も人気もある。
「何かありましたら、私でも、街の自衛団にでもお声がけして下されば。――ポン!」
「ポンといいます! 自衛団の代表です、宜しくお願いします!」
「ええ、宜しくね」
促された自衛団の代表は少しばかりふくよかな体系のまだ若い青年。こちらも精一杯の挨拶をする。
「お母様だけに挨拶させるわけにはいきませんわね。――エカテリス=ハインハウルス。第一王女ですわ。お母様共々、宜しくお願い申し上げますわね」
「王女様! 宜しくお願いします!」
続いて姿を見せたのはエカテリス。どちらかと言えば生まれながらの王女な為ヴァネッサよりも王族らしさを醸し出している。思わず敬礼してしまうポンと自衛団の若者達。
「それで……あの、噂では、勇者様がいる騎士団がご一緒とか。勇者様にもご挨拶出来たら」
「ええ、構いませんわよ。――ローズ!」
エカテリスが名を呼ぶと、奥の馬車からピョン、とローズが姿を見せて、こちらに小走りでやって来る。
「ローズといいます。国王様、王妃様から勇者の名を授かって――」
「勇者様! 本物の勇者様に会えるなんて……! ははーっ!」
「え? あ、ちょっ、止めて下さい、私もこの前まで一般人だったんです、普通なんです!」
エカテリスに対する敬礼から一気にグレードアップし、地面に頭を擦り付けそうな勢いになるポンをローズが急いで宥める。笑ってしまうヴァネッサとエカテリス。
「――すみません、つい。王妃様、王女様、勇者様に同時にお目にかかれるとは思っていなくて」
「気持ちはわかりますわ。お母様もローズも気にしてませんから、安心して」
ひとしきり感動したポンは気持ちを落ち着かせると、その謝罪をする。――そして、
「……(ちらっ)」
「? ポン君……だったかしら。どうかした?」
目的の有名人には会えたはずなのに、まだ何か奥を気にする様子を見せた。
「あ、いえ、ライト騎士団……って仰るんですよね?」
「ええ。流石にお母様は違うけれど、私とローズは騎士団所属ですわ。でもそれが?」
「昔、この街に……ライトっていう名前の俺の友達がいたんです」
少しだけ遠い目をして、ポンは語り出した。
「強くてでもそれをひけらかす真似をするわけじゃない、俺達のリーダー的存在でした。子供の頃の俺達にとっては、あいつが勇者だった。でも、そんな大切な友達の悩みを、俺達は気付いてやれず、助けてやれなかった」
後悔の表情を、ポンは隠し切れない。
「そうでしたの。その後、彼はどうしたのかしら?」
「この街を出て行ってからはわかりません。でもあいつなら、またいつか強くなって格好良くなってる。そんな気がしてて。だから今回、ライト騎士団って聞いて、もしかして……ってつい思っちゃって。勝手な話です。何もしてあげられなかったのに、立派になって欲しいだなんて」
「悪いな、俺は強くもなってないし、格好良くもなってない。でもそれはお前のせいじゃないよ。だからそんな顔しないでくれ」
そう言って、馬車を降りて姿を見せたのは、
「!? まさか……ライト、なのか?」
少しだけばつが悪そうで、見覚えのある面影、姿。
「貴方のお察しの通り、ライトの名前を取ってのライト騎士団。私は副団長で、ライトが団長ですわ」
「そして、私の師匠でもあるんです! 師匠がいたからこそ、私は勇者になれました!」
「まさかお前が、この街の自衛団の代表で……何より俺の事そんな風に思ってくれてたなんて思わなかったよ」
「そっか……そっか! やっぱりライトなんだな……!」
「ああ。――久しぶり。連絡出来なくて、黙って出て行って、済まなかった」
「お前が謝る話じゃない、謝りたいのは俺の方なんだから!」
ライトとしても、この街を「捨てて」以来の友人との再会となる。何とも言えない気恥ずかしさが生まれるが、それ以上に再会の喜びに溢れていく。二人は気付けば握手を交わしていた。
「それでライト、その……フリージアとは、会ってるのか?」
そしてライトの事を知ってる以上、どうしても過ぎる質問。ポンとしても避けるべきか悩んだが、次いつ会えるのかわからない。なので思い切って尋ねてみた。
「……あー」
ライトが曖昧に、返事に困っていると、
「! そうか、そうだよな、ごめん、忘れてくれ、今の話は」
ポンは「そういうもの」だと察し、直ぐに質問を取り下げる。
「あんた、相変わらずその体系なのね。顔、声の前にその体系で誰だか直ぐにわかったけど」
だがその直後、またも馬車からそんな声。降りて姿を見せたのは、
「あ……! フリージア……!? フリージア、だよな!?」
同じくこの街で友人で、そして――同じくこじれてこの街を去った、フリージア。
「あんたの考えてるフリージアがライトと同時期にこの街から居なくなったフリージアなら、確かにあたしね」
実を言えば、ヘイジストに帰る事になった時、ライトはフリージアに話をして、一緒に来るかどうか尋ねた。無理はしなくていいと言ったが、ライトが一緒なら自分もちゃんとケジメをつけたいと、今回同行したのだ。
「お前達……仲直り、出来たのか? そうなのか?」
「うん。色々あったけど、あっちで再会して、ちゃんと話が出来た」
「そっか……そっか! 良かったな……!」
そしてその報告を聞くと、ポンは感極まって涙を流した。
「ちょっ、心配かけたのは認めるけどお前が泣く事ないだろ!」
「だってよぉ……俺、何も出来なかったから……二人の友達だったのに……」
「ライトも言ってるけど、あんたには何の責任もない。あたし達が勝手にすれ違っただけだから。だから、大丈夫だから。――心配かけて、ごめん。心配してくれて、ありがと」
こうして涙の再会と共に、ライトの凱旋が始まったのであった。
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