第247話 演者勇者と忠義の白騎士20

「レインフォル! 心配してたのよ! 何処へ行っていたの……!」

 心配の言葉と、心配そうな表情を浮かべながら――まるでゴミを捨てる様に、イルラナスは掲げていたビジラガをその辺に投げ捨てる。

「さあ、近くで顔を見せて。貴女が居てくれたら安心だもの」

 手を広げ、歓迎のポーズを見せる。――レインフォルは動かない。

「……っ」

 チラリと顔を見れば、驚愕の表情を隠せないでいた。こんな表情をするのか、と思うと同時に、動かないのではなく、「動けない」のだとライトは察した。

「……一体、何があったのですか」

 足は動かないが、レインフォルは口を開く。

「何が、って?」

「この城の現状の事です。自軍諸共襲い掛かる白い召喚物、瘴気。只事ではありません。――ビジラガ様から薬を貰って飲んだと聞きました」

「ええそうよ。そしたら、スーッと体が軽くなって。今までの自分が嘘の様に力がコントロール出来る様になって。だから試してたのよ」

「試す? 兵士やロガンやドゥルペを巻き込んでですか!?」

「この程度に耐えられない人材など要らないわ。今まで私を無能の姫だと嘲笑ってた者達ばかりだし。ロガンとドゥルペも……まあ、レインフォルが必要なら助けてもいいわ」

「な……」

「お陰でわかったわ。これが本当の私の力。これでもう、誰にも馬鹿にされずに済む、誰にも苦労を掛けないで済む! やっと私達、認められるのよ! 魔王軍として、一からやり直せるの! レインフォルにも苦労を掛けたけど、もう心配いらないわ!」

 嬉しそうにそう告げるイルラナス。嘘を言っている様にはまったく見えない。

「兄上にもお世話になったわ。これ以上お世話になる必要なないって言ったらまだ何か言ってくるから、邪魔だから「わからせよう」としたのだけど、そしたらレインフォルが来たのよ」

「がはっ!」

「!」

 イルラナスがピン、と指を弾くと軽く魔法が発動され、倒れていたビジラガに追い討ち。悲鳴と共に吹き飛ばされた。

「ちょい、レインフォルどういう事よ。あんたの言ってたお姫様と話が違うじゃん。話の根底が崩れてくるんだけど。何の為に勇者君と私達はここまで頑張って来たのよ」

「馬鹿な……私にも、何が起きたのか……」

 ライト達がレインフォルから聞いていたイルラナス像は、体が弱く平和主義で、争いを好まない、仲間想いのまるでハインハウルス軍に居てもおかしく無い様な存在だった。

 それが今はどうか。既に戦闘不能である親族に追い討ちをかけたり、兵士達の犠牲も厭わない、それでいて喜びの表情。――悪。その一言が綺麗に似合う様な存在になっていた。

「ところで、その周りの人間はどうしたの? 捕虜? 人質?」

「いえ、違います。彼らはハインハウルス軍で確かに魔王軍とは敵対していましたが、私と……イルラナス様の為にここへ」

「……私の為?」

「イルラナス姫。俺達は、貴女の保護の為に――」

 パシュゥン。

「口を開くな。私は今レインフォルと話をしているの」

 その瞬間、ライトは最後まで言葉を発する事を許されず、細く鋭い攻撃魔法で吹き飛ばされていた。

「マスターっ!」

「っ、大丈夫だ、助かった」

 吹き飛ばされはしたものの、ネレイザが直ぐにガード、直接的なダメージは無い。――だが当然、問題はそこではない。

「こっちの話を聞かない能無しに用は無い。もうアンタが誰でもいいや。――アンタは今、私達にとってやったら駄目な事をやったよ」

 ズバァン!――レナが剣に炎の魔力を込め、既にイルラナスに切り掛かっていた。当然ライトを問答無用で攻撃された事へのレナなりの返事である。

「良いとか悪いとか、何の話かしら。ここは私達の城。ルールは私の掌にあるの。私とレインフォルの会話を邪魔する羽虫が何を」

「へえ、目ぇ悪いんだね。私が羽虫なら、アンタは蛆虫だわこりゃ」

 そこから始まるレナ対イルラナスの接近戦。イルラナスはその場から動かず、魔法だけで攻撃防御を続け、レナの攻撃に涼しい顔で対応する。

「レナ、待ってくれ! イルラナス様、お待ち下さい!」

 そしてどうしていいかわからないレインフォル。声を出して制止するが、それ以上の事が出来ない。――何が起きている。何故こうなった。私はどうしたらいい? これは現実なのか?

「レインフォル、しっかりしろ!」

「っ!」

 困惑で何かを見失いそうになる寸前で、その声がレインフォルの折れそうな心を支えた。――ライトだった。吹き飛ばされた箇所からネレイザと共に戻り、レインフォルの隣へ。

「すまない、私にもわからないんだ……確かにあれはイルラナス様だ、でもあんな事を仰る方ではないし、あんな風に暴力的な方でもない」

「だったら……諦めるのか?」

「!」

「お前はここに何しに来た、何の決意を持ってここに来た? お前の大切な人を、救う為だろ! それを見失うな、その為に俺は、俺達はここまで一緒に来たんだ! その為にお前は、俺をここまで連れてきてくれたんだろ!」

「ライト……」

 そう。レインフォルはいつの間にか先を夢見ていた。馬鹿が付く程お人好しなこの仮の主と、イルラナスが分かり合い、助けられ、笑い合える瞬間を。手を取り合う瞬間を。その近くで、見守っている自分を。

 夢見て……来たんだ。その為に、命を賭けて、全てを賭けて!

「はああああっ!」

 次の瞬間、レインフォルは地を蹴り、ライトには到底目で追えない速度で移動し、

「止まれ!」

 ギィン!――刹那の隙を見切ってレナとイルラナスの間に入り、二刀流で片方でレナの剣を、もう片方でイルラナスの魔法を喰い止め、二人の戦いを一度制止させる。

 レナは勿論、傍から見てもイルラナスの魔法も圧倒的。その二人の攻撃を、たった一人で真ん中に入り喰い止める。魔王軍最強の名を持っていた実力は伊達では無かった。――反射的にレナとイルラナスもバッ、と間合いを取る。

「レインフォル、貴女……どういうつもり?」

「申し訳ございません。ですがイルラナス様、彼らの言っている事は、本当なんです」

「……どういう事かしら」

「私は日々、戦いに傷付く者達を見ては自分の心を痛めている貴女の姿を見てきました。平和を祈り、でもお立場が故にそれを公言実行出来ない辛さを噛み締めている貴女の姿を見てきました。――だから決めたのです。私を一兵士ではなく、大切な存在だと言ってくれた貴女の為に、私は貴女の願いを叶えようと。貴女をお救いしようと」

「…………」

「彼らは、イルラナス様を受け入れてくれると約束して下さいました! もうこれ以上、無理はしなくていいんです! 私と共に参りましょう! 貴女が夢見ていた、あの本の物語の様に、人間と手を取り合いましょう! 貴女は本当は、こんな事はしたくはないはずだ!」

 レインフォル渾身の叫び。対し、イルラナスはレインフォルの目をじっと見て、

「何を馬鹿な事を言っているの?」

 はぁ、とそう言った後、溜め息をついた。

「確かに、私が無力だったらそれも致し方ないかもしれない。でも見て、今はこんなに力に溢れてる。今まで私を馬鹿にしてきた者共を、好きなだけひれ伏せさせる事が出来る。――人間? そんなのと一緒に暮らす必要性が何処にあるの? この力で、全て思い通りになるのよ」

「イルラナス様……それが、本心ではないのでしょう……? 私に語ってくれた夢を、捨てたわけではないのでしょう……!?」

「くどいわね。――心配かけてきた事は謝るわ。でもね、これからは大丈夫だから。貴女は私の騎士として、思う存分剣を振るって。それだけでいいわ」

「っ……」

 レインフォルの想いはまったく届かない。――ここまで来ると、当事者ではないライトとしても流石に違和感を覚える。今のレインフォルを見る限り、自分達を騙していたとは到底思えない。本気で彼女を助ける為に自分を捨てる覚悟で行動していたのだろう。本気で助けるに値する存在だったのだろう。

 だったら……今のこの光景は、何だ……?

(何か……何か、わかれば)

 二人の会話の隙に、ライトは真実の指輪をイルラナスに使った。頭に文字が浮かんだ。そこには、

『イルラナス 魔王軍王女 瘴気』

 と書かれていた。名前、役職所属、感情状態。――つまり、これは。

「クソッ……俺達、間に合わなかったってのか……?」

「勇者君、どうした?」

 隠している暇もない。ライトはレナとネレイザに指輪の結果を話す。

「っ、そんな、それって」

「そういう事だね。……勇者君、良く聞いて。私のお勧めは撤退。一度引き返して、体制を立て直す。それこそ本軍の増援、王妃様の復帰を待ってもいい位。ここは相手のフィールドだし、勇者君のバリアも長くは持たないし、何よりその指輪の結果。ここに居座るのはもう何の意味もない」

「レナ、でもそれじゃ」

「だからさ。――最終判断は早めにね。決めるのは君。それを守るのが私」

 何かを言いかけたライトの言葉に重ねられるレナの言葉。ハッとして顔を見れば、こちらを見て一瞬、優しく笑ってくれる。それはつまり、

「ありがとう。――レナ、ネレイザ、少しだけ時間をくれ。これは、俺が言わなきゃいけない」

 レナ曰くいつもの我儘を、少しだけ許してくれるという事。――ライトはお礼を言い、真正面を向く。

「レインフォル! 良く聞いてくれ!」

「ライト……?」

「イルラナス姫は、今お前が見ているイルラナス姫は、お前が知っている人じゃない、そう感じてるな?」

「…………」

 返事こそしないが、表情が物語っている。――ライトはそれを見ると辛くなる。今から言う言葉を思えば余計に。……でも、言わなきゃいけない。

「この指輪で、原因を探った! この城の瘴気の原因は、イルラナス姫! そしてイルラナス姫は、その瘴気自体に侵されてしまってる!」

「な……っ」

「つまり――瘴気を消すには、イルラナス姫を戻すには……イルラナス姫を、倒さなきゃいけないんだ……!」

 真実の指輪の結果、感情の部分が瘴気という事は、自分の意思がそれに潰されているという事。その瘴気を消せば元のイルラナスに戻れる。でもそれを醸し出しているのはイルラナス自身。

 倒す、という言葉を使ったが、実際にイルラナスを戻すには、彼女自身を「終わらせなければならない」のだ。

「レインフォル! お前はどうしたい!」

「っ……」

「お前は仲間だ、一緒に戦ってる仲間だ! そしてお前がイルラナス姫を大切に想っているのもわかっている! だから、俺はお前の考えを尊重する! お前が俺達と一緒に撤退したいならする、お前がここに残りたいっていうなら、残っていい! そして……お前が一緒に戦って欲しいなら、一緒に戦う!」

 レインフォルの目に映るライトの目は、本当に真っ直ぐだった。どの答えを選んでも、絶対に恨まない。そう、目が語っていた。

(……どうして、そんなに信じる? 私は……私は……っ!)

 複雑な感情が過ぎる。答えなど当然直ぐに決められない。どれを選んでも何かを失う。何を選んでも辛い。正解なんてわからない。――わかっているけど、わからない。

「まだ居たのね羽虫が。レインフォルの心を惑わす邪魔者が、消えなさい!」

 イルラナスが再び魔法を放つ。直ぐにレナとネレイザが応対に入るが――ズバァン!

「ライト。……私は、その三つからは選べない」

 その必要は無かった。――レインフォルが、その前に防いだからだ。そして、

「私が一人で、決着をつける。――そこで、見ていてくれ」

 そう高らかに、宣言するのであった。

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