第21話 もう大丈夫っ。


 4日目。

 船の数は倍になっていた。


 船縁には、人が満載。

 テレビのカメラもたくさん。

 そして、すでに釣り竿を持っている人は1人もいない。


 「そりゃあきっと、長物禁止令がでたなぁ」

 って、私たちの観察結果を聞いた穏田先輩が言う。

 「長物禁止令ってなんですか?」

 仁堂くんが聞く。


 「コミケとかで、コスプレした際に長い武器を持ち込む人がいたので、事故になるのを防ぐために長さの制限がかかったりしたんだよ。

 だから、竿バックも中身を確認するようになったろうし、そもそも長いモノ自体を船に持ち込めなくさせたんだろうね」

 ……穏田先輩、人間だったときはコミケなんて行っていたんだ。


 人間だったときの話、あんまり聞いていないけど、どういう人だったんだろうね。

 基本的に面倒見のいい、良い人だけど、ぼっちの人だったのかもしれない。

 だから、私のこと、欲しいなんて言ったんじゃないかな?

 ただ、銛を刺されるかもしれないときでも、「計画通り」って思えるんだから、なんか強い人でもある。

 そのうちに聞いてみたいよね。



 穏田先輩、船に向けて泳ぎだす。

 なんかもう、今日は嫌な予感みたいな胸騒ぎはない。

 いつものように穏田先輩、胸鰭を挙げてから一気に沈下する。

 船の上は、息を呑むような沈黙。

 そして、穏田先輩が潜りだしたら、一気に喜びの叫び声が上がった。

 ああ、ルール化されたんだね、いろいろが。

 これで安心だよ。


 私たちも、穏田先輩の後を追って沈降する。


 「あおり、とりあえずもう安心だろう。

 良かったよな」

 仁堂くんの言葉に、私は頷いた。

 本当に良かった。


 もうあとは、穏田先輩に任せておけばいい。



 「仁堂くん。

 そろそろ私たちも、私たちの旅を続けようか?」

 そう話しかける。

 メジャーデビューを果たした穏田先輩と私たちクラーケンは、いつまでも一緒にはいられない。

 そんな気がしたんだ。


 それに……。

 穏田先輩に気を使っていたけど、やっぱり私、仁堂くんが好き。

 そして、仁堂くんと、おでこをすりすりしたい。

 旅が続く辛さもあるけれど、それでも仁堂くんと一緒にいたい。



 「あおり。

 そうか。

 ありがとう。

 俺、うれしい。

 本当にうれしいよ」

 とぎれとぎれに仁堂くんの言葉。


 仁堂くんてば、穏田先輩の前では「僕」なのに、私の前だと「俺」になるんだ。

 ちょっと、いや、とても可愛い。

 仁堂くん、大好きだよ。

 

 手と手をとりあって、海底に着く。

 「仁堂、あおりちゃん」

 一足先に海底に着いていた、穏田先輩が声を掛けてきた。

 「はい」

 私、そう返事をする。


 「ありがとう。

 もう安心だと思う。

 2人にはお礼もたくさん言わないとだし、謝らないといけないよな」

 「いや、最初にいろいろなことを先輩から教えていただけたので、僕は生き延びることができました。

 あおりも、その延長で生き延びられています。

 だから、お返しです」

 そう仁堂くんが返す。


 「いや、あおりちゃんのこと、今でも俺は欲しいと思う。

 でも、な、もう横車は押さない。

 2人で幸せになって欲しい。

 2人はお似合いだよ。

 ただ、あおりちゃん、仁堂が嫌になったら、いつでもここに来るんだよ」

 穏田先輩、冗談めかして明るい声で言う。


 「はい、穏田先輩、ありがとうございます。

 世界的海洋スターから口説かれたことがあるって、一生自慢します」

 私もそう答えた。


 短い間の三角関係だったけど、いい終わり方だったよね。

 仁堂くんが、穏田先輩のことを真面目に考えたからこそ、この結果になったんだって私にもわかる。

 仁堂くんの誠実さ、それが全員を救ったんだ。


 仁堂くん。

 私、本当に仁堂くんが好きだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る