第15話
俺の声に、アリシアは頬をかいた。
「そ、その……一時間くらい前、から。……フェイクが、鍛冶をしているってレフィから教えてもらったから……見たくて、来たんだよ」
今の彼女はパジャマなのだろうか、比較的薄着の格好をしていた。
彼女の胸元は少しはだけていて……、
「あ、あんまり……見ないで。恥ずかしいから……」
し、しまった! ついつい視線がそこに釘付けになってしまい、俺は慌ててそらした。
「そ、その……ごめん」
謝罪してから気づく。わざわざ謝罪しているということは彼女の胸をじっと見ていたことの表明でもあるということに。
俺の謝罪に耳まで赤くしたアリシアは、
「う、ううん……で、でも婚約者なんだし……そのちゃんとしたときなら、見ても……いいから」
恥ずかしそうに声を絞り出した。
ちゃんとした時って……い、いやいや。
これはあくまで偽装の婚約者なんだ! 勘違いするなよ俺!
そういうのは、お互いに愛し合ってこそだろう!
「そ、それで、どうしたんだ? 何か用事でもあったのか?」
とにかく、この話題を続けると変な空気になってしまうと思ったので、露骨な話題そらしをさせてもらった。
もしも用事があったのなら、わざわざ鍛冶工房まで足を運ばせることになってしまった。悪いことをしてしまったなと思っていると、彼女は首を横に振った。
「鍛冶しているって聞いたから、その見たくて……邪魔にならなかった?」
「ああ、それは大丈夫だ。気づかないほどに集中していたみたいなんだ。むしろ、ここまで無視してたみたいで悪かったな」
「ううん……一生懸命に取り組んでいる姿が見られて、その嬉しかった」
にこりと微笑む彼女に、俺は頬をかいた。
……アリシアの笑顔はずるい。起きてから随分と経つのに、太陽にも負けない眩しさで俺を照らしてくる。
アリシアがゆっくりとこちらに近づいてきて、近くの箱を覗きこんだ。
「さっき作ったの、見せてもらってもいい?」
「ああ、構わないぞ」
俺は箱に入れたナイフを取り出し、すっと柄の方をアリシアに向けた。
アリシアがそれを受け取り、巻き付けてあった魔物の革を外した。
「凄い……綺麗……」
「ありがとな。綺麗でも普通に人を斬れちゃうから扱いには注意しないとだからな」
「う、うん……。これ、イーレア魔鉱石で加工したの?」
「ああ」
「……でも、イーレア魔鉱石とは思えないほどに鋭さとしっかりとしたエンチャントがある」
「まあ、ある程度頑張ればそのくらいは出来るんだ」
もちろん、エスレア魔鉱石を加工すればもっと鋭い武器は作れるだろう。
アリシアはじっと俺のナイフを見て、何度か振って見せた。
思っていたよりも動きが良い。
「結構ナイフとか使ったことあるのか?」
「一通りの剣術は教えてもらったことがある」
アリシアは手の中でナイフの持ち手を変えて見せたり、器用な動きをする。
アリシアは引っ込み思案というか落ち着いた子だ。だからか、ナイフを上手に扱っている姿というのは印象から離れたものであるため、意外さがあった。
……しかし、とても美しい。まるでナイフを使った舞踊でも見ているかのようだ。
しばらくその動きを見ていると、アリシアがぴたりと動きを止めた。そして、恥ずかしそうに体を揺らした。
「そ、その……動き変だった?」
「え?」
「ず、ずっと見ているから……」
またもややってしまった。見とれていただけである。俺は慌てて首を横に振った。
「いやそのあんまりにも綺麗だったもんで……」
「き、綺麗……だった?」
「え……? あ、その……」
恥ずかしそうに、しかしアリシアはじっとこちらを覗きこんできた。
アリシアの期待するような顔に、俺は照れ臭かったが視線を外しながら口を開いた。
「あ、ああ……滅茶苦茶綺麗だったな」
「……こ、こっち見て言ってよ」
アリシアがずいっと俺の視線の方にやってきた。彼女は頬を真っ赤にしたまま、しかしどこか強気な意思を感じる目を向けてくる。
俺はぎゅっと唇を噛んでから、こくりと頷いた。
「あ、ああ綺麗だった」
「……あ、ありがとう」
……偽装の婚約者。
アリシアは本気で偽装の関係を演じているのだろう。その本気さは、本気で俺のことを好きなのではないかと勘違いしてしまいそうになるほどだった。
俺が言葉に詰まっていると、俺の腹がかわりに空腹を訴えるように鳴いた。
アリシアがちらとそちらを見てから、微笑む。
「朝食、食べに行こっか」
「……ああ、そうだな。その前にシャワーとか浴びることは出来るか?」
「うん、大丈夫だと思う。レフィに伝えてみる」
俺はアリシアとともに鍛冶工房を後にした。
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