第20話 メアリーゼ


 私のことに気付いた受付のサレンは声を潜めて尋ねる。


「ね、ねえ、本当にソフィアなのよね?」


「うん、そうだよ! 久し振りだねサレン!」


「実は死んでて化けて出てきたアンデッドじゃない?」


「死んでないよ!? 結晶の中で瘴気を浄化してただけだからね!?」


 久し振りに会えて信じられない気持ちはわかるけど酷い言いようだ。


 というか聖魔法による結界で守られているアンデッドが協会本部に入ってこられるわけがない。


「ソフィア様はつい最近、魔王の瘴気を浄化されて目覚めたのです」


「そ、そうなの? でも、そんな情報は聞いてないんだけど……」


「なんか今の私って大聖女になってて、大変そうだから秘密にしてるんだ」


「ああ、それもそうね。ソフィアが目覚めたなんて公表さればば国が大騒ぎになるわ。伝説の大聖女に会いたがる人は多いと思うし」


 戸惑うサレンに事情を説明すると、彼女はすごく納得したように頷いた。


 サレンでもそんな想像が容易にできてしまうのか。


「サレンは今は受付の仕事をしてるんだ?」


 私がこのような質問をしたのは、サレンが私と同い年の聖女であったからだ。


 聖女サレン。結界系の聖魔法を得意としていた聖女であり、守護の聖女なんて呼ばれていた。


 聖女だったものは年齢を重ねて前線で戦えなくなると教会の要職についたり、聖女見習いの教育に移ることが多い。


「結婚もして子供もいるから、できるだけ家庭の時間を大切にしたいと思ったの」


「お、おおう。結婚……」


 聖女になれば国からの援助金が貰え、引退した後も十分な生活を送ることができる。


 別に無理をして要職についてお金を稼ぐ必要もない。


 サレンのような生き方も一つの選択肢だ。


 むしろ、幼い頃から修行に明け暮れていた分、引退した後はそういう人生を選ぶ人が多い。


 でも、何故だろう。かつての仲間であるアークの時よりも心のダメージが遥かに大きいな。


 私と同い年の女性だからだろうか? なんだかすごく先を越されたような気分になる。


 前世でもあった友人の結婚式ブームを目の当たりにしたような感じ。


「にしてもソフィアの見た目はまったく変わらないのね。二十年前だからまだ十五歳?」


 私が心の中で打ちのめされていると、サレンが羨ましそうな視線を向けてくる。


「うん、浄化してる間は年をとらなかったみたい」


「見た目だけ変わっていないだけど身体の内側は私と同じ三十五歳だったりして」


「ええ! 怖いこと言わないで!」


 そのサレンの提唱する理論は可能性の一つとして大いにある。


 見た目が若いまま、ある日ぽっくりと逝ってしまうというのも怖い。


「ごめん、ソフィアが昔と変わらず綺麗なままだから羨ましくて意地悪言っちゃった」


 私がそんなことを想像してビクビクと震えていると、サレンがクスリと笑った。


 なんだかこの感じ懐かしいや。かつての仲間や後輩はいたけど、同い年の女友達っていうのはアブレシアにいなかったし。


「……コホン」


 私たちが懐かしむように会話をしていると、サレンの上司らしき女性が咳払いをした。


 事情があって長話をするのは構わないが、雑談ばかりはするなと言うことだろう。


「って、懐かしんでる場合じゃなかったね。メアリーゼ様に会いたいんだよね?」


「うん、ここでお世話になっていたから会いに行きたくて……」


「メアリーゼ様は教会の仕事で忙しいけど面会の予定はなかったはず。ソフィアと会えるならきっと時間を作ってくれるわ。これから会いに行きましょう」


「本当?」


「ええ、案内するから付いてきてちょうだい」


 とはいえ、忙しい中受付を離れてしまって大丈夫なのだろうか。


 と思っていたが、彼女のカウンターをサポートするように他の受付の女性が座った。


 どうやら他人のフォローができるいい職場みたい。さすがは教会だ。


 サレンの後ろをついて歩きながら教会という職場環境の良さに私は唸るのだった。




 ◆





 サレンに付いていって教会本部の階段を昇り、奥へ進んでいくとメアリーゼの執務室にたどり着いた。


 扉の前にたどり着いたサレンは私たちに視線を送る。


 それに頷くと、彼女は丁寧に扉をノックして中の人物に声をかけた。


「メアリーゼ様、サレンです」


「……どうかいたしましたか?」


 部屋の中から怪訝そうであるがとても柔らかい声がする。


 記憶にあるものよりも少し声が低いが、この優しい声音は間違いなくメアリーゼだ。


「大変急で申し訳ありませんが、お客人とお会いしていただけないでしょうか? とても重要な方なのです」


「今日は面会の予定はなかったはずですが……サレンがそこまで言うのであればいいでしょう。入ってもらってください」


 メアリーゼが許可をすると、サレンが扉を開けてくれて私とルーちゃんが中に入る。私が中に入るとメアリーゼが執務席に座っていた。


 ふくよかな身体に丸い顔が特徴的な女性。


 私がお世話になった時は四十歳くらいだと思うが、二十年という歳月の経過のせいで髪は白髪になり、シワも増えていた。少し背中も丸くなったように思える。


 だけど、つぶらな優しい瞳は変わっていない。


 彼女は不思議そうな顔をする。


 無理もない。重要な人物と言われたのに入ってきたのはただの聖女見習いなのだから。


 しかし、その疑問はすぐに溶けたのか私の顔を見たメアリーゼの瞳が大きく見開かれる。


「ソフィア……?」


 私が目覚めたという情報もなく、髪型も違って印象も変わっているのにすぐに気づいてくれるなんて!


「うん、メアリーゼ! 帰ってきたよ!」


 呆然と呟かれた声が嬉しくなり私はメアリーゼに近寄る。


 彼女は驚きながらもゆっくりと立って私を抱きしめてくれた。


 メアリーゼのふくよかな身体に包まれてとても心地よい。


 呼吸をすると彼女の柔らかい匂いがし、それがまた懐かしい。昔もよくこうやって抱きしめてもらっていたものだ。


「お帰りなさい」


「うん。ただいます」


「ようやくあなたからその言葉が聞けました」


 見上げるとメアリーゼの瞳から涙がこぼれ落ちていた。


 彼女の胸に抱かれる私の頬にぽたりと雫がかかる。


 それは私が二十年前言うことのできなかった台詞。


 魔王討伐の旅に出る時、私は必ず戻ってくると言った。


 しかし、魔王の瘴気のせいで私ただ一人だけが帰ることができなかった。


 私からすると一瞬の期間であったが、メアリーゼからすると二十年も聞けなかった台詞だ。


 すべての見習い聖女や聖女を我が子のように思っていたメアリーゼからすれば、心が痛かったことだろう。


「遅れてごめんなさい」


「いいのですよ、ソフィア。ちゃんと無事で帰ってくることができたのですから」






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