転生大聖女の目覚め~瘴気を浄化し続けること二十年、起きたら伝説の大聖女になってました

錬金王

第1話 魔王の瘴気

 私たち勇者パーティーは激戦の果てに、世界を脅かす魔王を倒した。


 私の聖魔法に加え、聖剣を携えた勇者による渾身の一撃を食らったのだ。もう立ち上がることはできない。


 邪神の眷属たる魔王にとって聖なる力は弱点であり、多大なダメージを与えることができる。いくら魔王といえど、これだけの攻撃を食らって耐えられるはずがない。


「クッソオオオオオオオオオオ! この我が矮小な人間共にやられることになるとは……ッ!」


 聖なる力で崩れ落ちる己が身体を見て、魔王が悔しそうに叫んだ。


「はぁ、はぁ……これで終わりだな」


「へっ、しぶといったらありゃしなかったぜ……」


 勇者であるアークと戦士のランダンが言葉を漏らす。


 二人とも激戦のせいか身体がボロボロで息も荒くなっていた。


「これで世界は平和になるよね?」


「だな!」


 おずおずとした私の言葉にランダンが力強く頷く。


 水瀬詩葉と呼ばれる日本人女性は異世界に転生した。その際に女神から加護を授かり、聖魔法の才能を手に入れることができた。


 それから私は聖魔法を磨き、トンドルマ王国を代表とする聖女ソフィアとなり、世界を脅かす魔王を討伐する勇者パーティーのヒーラーとして戦うことになった。


 ただの社畜だった前世とは大違いな波乱万丈な第二の人生。私はそんな目まぐるしい世界に戸惑いながらも何とか順応し今日まで生きてくることができた。


 世界の敵である魔王の討伐を終えた今、私たちはようやく使命から解放される。


 期待や希望という重荷がようやく肩から降りた気がしてホッとした。


「三人とも気が早いですよ。まだ魔王は目の前にいます」


 そんな私たちの緩みを察してか、魔導士であるセルビスが注意する。


 彼も魔力が切れかけているのか、顔が青白くなっている。


 恐らく魔力欠乏症だろう。魔力を限界まで使用すると、強い吐き気や息切れなどの症状に襲われる。


 眼鏡を触ってクールに装っているが彼も辛いのだろう。


「とはいっても、魔王はもう消えかけじゃねえか。いくらコイツでももう何もできやしな――」


 ランダンの気楽な言葉の途中、瘴気が膨れ上がるのを感じた。


 これには咄嗟にランダン、アーク、セルビスだけでなく、私も杖を構えて警戒する。


 崩れ落ちる魔王の身体から途轍もないほどの瘴気が出ている。


 ゾッとするような濃度に背筋が冷えるのを感じる。


 ――瘴気。邪神の眷属が身に纏う負の力。それは動物、植物、人間といったあらゆる生き物や生命を蝕み、呪い、腐らせる。


 魔王とその軍勢が進行し、瘴気で満たされた街は全てが滅びてしまった。


 私たち、人間にとって忌むべき力。


 そして、それに唯一対抗できるのが聖魔法であり、それを扱う聖女だ。


 つまり、私。


「フハハハハハハハ! ただで死んでやるものか! お前たちだけでなく、世界も道連れだ!」


 魔王は身体を朽ちらせながらも高笑いする。


 生きている間も皆に迷惑をかけているのに、死んでからも皆に迷惑をかけるとか最悪過ぎる。


「ソフィア! 聖魔法で浄化を頼めるか! この濃度はマズい!」


 アークが焦った声で叫ぶ。


 彼だけでなく皆が感じている。


 この瘴気を解き放たせてはいけないと。


 魔王が身に宿している瘴気は、途方もないくらい膨大で広がれば間違いなく世界に広がる。


 そして、瘴気に包まれた森や大地は死に絶え、街や人も同じ末路を辿るだろう。


 勿論、この場にいる私を含む、勇者パーティーも全滅だ。


 抑え込めるのは瘴気を払う力を持った自分だけ。


 だけど……これほどの瘴気は……


「……ソフィア?」


「お、お前ならいつもみたいに浄化できるよな?」


 私の反応が遅かったからかアーク、ランダン、セルビスが不安そうな眼差しを向けてくる。


「…………ごめんなさい」


 三人の視線が突き刺さる中、私はか細い声で告げた。


 私も魔王との戦いで魔力を使い過ぎた。これほどの瘴気を浄化することは難しい。


 三人の表情が絶望に染まるのがわかった。


 もはや仲間たちも満身創痍。ここから逃げ出すことも敵わない。


 仮に逃げたとしても濃密な瘴気を食らって無事でいられるかどうか。


 長い旅と戦いの果てにようやく魔王を打ち倒した。私たちの人生をかけて努力し、多くの人の助けや期待を背負ってここまできた。


 そして、悪の根源である魔王を倒したというのに世界は滅んでしまう。


 やるせないったらありゃしない。


 アークは平和になった世界がみたいと言っていた。ランダンは思う存分、世界を冒険したいと言っていた。セルビスは魔法を心行くまで研究し、極めたいと言っていた。


 私だって、せっかくもらった第二の人生をもっと楽しみたい。聖女としての修行ばかりで、異世界の楽しみらしいものをやっていない。


 まだまだ皆やりたいことがある。でも、このままじゃそれは敵わないわけで……。


 たった一つの方法が私に残っている。


 でも、それをすると私は多分死んでしまう。


 水瀬詩葉という女は一度死んで転生した。誰が一番贅沢をしているかはわかっている。


 もう二度もの人生を送っているのだ。これ以上は贅沢というもの。


 私はこの世界において異分子。女神が私をこの世界に呼び寄せてくれたのも、きっと今のためなのだろう。


 運命なんて信じていなかったし、柄でもなかったけどふとそんなことを思ってしまう。


「でも、皆の頑張りは無駄にしない。私の命に替えても……っ!」


 すべての魔力を解放し、浄化の結界で自分もろとも魔王の瘴気を抑え込む。


「ソフィア? 一体、なにを……?」


「女神の加護を受けた私の身体には聖なる力を帯びてる。浄化する魔力が足りなくても、私の身に宿した力で魔王の瘴気を浄化すればいい」


「そ、そんなことができるのか? いや、ソフィアなら可能性は……」


 私の考えを聞いて、セルビスの顔に生気が満ちる。


 こんな時でも興味深そうに考えてしまう彼に思わず笑ってしまう。


「何年、何十年とかけようと浄化してみせるから。そのころには私はもう死んじゃってるかもしれないけど……それで世界が救われるならいいよね!」


 たった一人の女と世界。どちらを天秤にかけるかなど考えるまでもない。


「ダメだ、ソフィア! そんなの! 君だけが犠牲になるなんて!」


「やめろ、アーク。ソフィアはもう覚悟を決めてんだ。これ以上それを踏みにじるんじゃねえ」


 心優しいアークが止めようとし、ランダンに抑え込まれる。


 ランダンは素っ気なく言っているが、唇をかみしめていて血がにじんでいた。


「じゃあ、いくね」


 これ以上、振り返ると泣きそうになるので、私は魔王へと近づいた。


 漏れ出している濃密な瘴気が私を襲う。


 全身の肌が焼けるような痛みに襲われる。


 女神の加護を受けて、耐性の強い私でもこれなのだ。常人なら一瞬で身体を腐らせ、死んでしまうだろう。


 やっぱり、この瘴気は危険だ。皆を守るために私が抑え込まないと。


「ソフィア!」


 アークがランダンの拘束を振り払って、私のところへ近寄ってくる。


 正義心が強く、責任感の強いアークは私だけを犠牲にすることは許さないだろう。


 だけど、アークでは瘴気に包まれた瞬間に死んでしまう。


 勇者は世界を救った後にも必要だ。だから、死なせるわけにはいかない。


「サンクチュアリ」


 魔王と私を中心とした聖なる結界が広がった。近づこうとしたアークが聖域によって弾かれる。私の意思で許可しない以上誰も入ってくることはできない。


「ソフィアー!」


 結界の外ではアーク、ランダン、セルビスがいる。


 アークはボロ泣き、ランダンは涙を堪えている。そして、意外なことにセルビスが涙を流していた。あのセルビスが泣くなんてね。


 なんだか皆の顔を見ていると私の中でも込み上げてくるものがあった。


 でも、私が涙を見せると皆が傷つく。だから、涙は見せない。


「今までありがとう! それじゃあ、またね!」


 私は敢えて笑顔でそう言って、すべての魔力を解放した。視界が真っ白になる。


 まさか魔王と心中するハメになるなんて最悪だ。


 もっと楽しいこととかしたかったし、美味しいものとか食べたかったな。


 でも、いっか。たった一人の犠牲で世界が皆が救われるんだし。


 これで女神様に恩返しできたかな……?





 聖女ソフィアが犠牲となり、魔王の瘴気を抑え込むことで世界は救われた。


 聖女ソフィアの聖なる魔力は結晶化し、瘴気を今も浄化し続けている。


 そんな彼女を世界中の人々は大聖女と讃えて、感謝するのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る