最終決定
「なにっ!」
「ふふふ……、なんだその技は。すごいのは光だけか」
「そなたもまさか魔法が使えるのか?」
「その通り……」
今、電撃を食らったはずのヲミューラ三世は黒焦げになる代わりに黒いオーラに包まれていた。
「我が一族に伝わる防御魔法、ガードだ!」
ネーミングがそのままなのはお許しください。
「な、なんてことだ……」
このままでは電撃ショックを与えて気絶させて勝利することができない。殺さずに終わらせることができない。なぜそんなことにこだわっているのか。先ほどのインタビューの中でこんな話があった。
「やはり陛下の素晴らしいところは相手を殺さずして勝利し、しかも味方にしてしまうところですかねー」
そういえばセンバンステとの講和会議に少年は出席していた。少年が会議に現れたリーダを警戒したとき、皇帝は彼を信じ、あっさりとした顔で講和を結んだ。結局皇帝の言う通りリーダは不意打ちを食らわすことはなかった。
「確カニ、ワタシノ場合ハ反乱側二イマシタガ警戒サレルコトモナク、シカモスニジ民ノ統一マデイッテイタダケテ感涙デシター」
「今も泣いてるじゃねえか。確かに胸アツな展開だったぜい。戦いもせずに味方にしてしまったんだからな。俺たちだったら考えられねえぜ」
「おい、ソーダロガ。だからブンブン振り回すなって。しかも俺を巻き込むなよ」
「お前も力で解決することしか頭になかっただろ?」
「そんなわけねえよ。やんのかコノヤロー!」
「アア、やってやるよ!」
『お二人とも喧嘩はやめてー』
精霊の声がしたとたん二人は挙げていた拳を下げた。
「すまない」
「すまねえ」
だからこそ、今彼は悩んでいた。皇帝同士の決戦は血と血で争う戦い。互いの力をぶつけ合い、命をかけて戦いに勝利する。それが騎士としての定めであると、父にはよく言われていた。ただ、彼らは相手の命を奪うことなく勝利を重ねてきた皇帝を称賛している。相手と血を流し合って戦い、命を奪っていく騎士の営みを根本から逸脱している自分を称賛していたのだ。ちょっと前にはそれを否定され、また直前には肯定された。じゃあどうすればいいのだろう? 相手を殺し、終わらせるのか、殺さずして終わらすのか……?
究極の2択である。皇帝の苦手な苦手な2択がここで出題されてしまったのである。
「何をボーっとしてるんだ? 戦いの最中だぞ! ふふふ……もしかしてもう諦めたのかな?」
どうすればいい、どうすればいい……? どっちがいいのだ? どっちが真の皇帝としてふさわしいのだ?
「おい、貴様、聞いているのか? 反応をよこせ!」
「わからぬ……わからぬ……」
「はあ? 何をブツブツ言ってるんだよ! よし、今やってやる、ハアアアアアア」
「ボォォォールト!
「ガァァァァード! なんだコイツ!」
闇のオーラに包まれながらヲミューラ三世は舌打ちをする。ガード魔法を使うときは腕組みをしなきゃいけないのがしゃくだ。おかげで攻撃ができない。コイツはさっきから何を考えているのだろう。人に今にもやられそうになっているところだというのに目をつぶって腕組みしやがって。どう考えても不意打ちのチャンスじゃないか。なのに攻撃しようとしたら電撃をノールックで放ってくる。強いんだか弱いんだか訳が分からない。とにかくとっとと殺ってしまわなくては。
「ハアアアアアア」
「ボォォォールト!」
「ガァァァァード! くそう!」
埒が明かない! これではいつまでも終わらない。魔力が尽きない限りは。そうか……。
「ふふふ……。いつまで同じ戦法でいるつもりかな? さっきから俺が攻撃してくるのを待っているようだが。まあこの状況だものな。せめてもの命乞いでもしておくがよい。とっとと死ねぇい!」
「ボォォォールト!」
「ガァァァァード!」
ふふふ……。貴様の魔力が尽きるのもそのうちだろう。その時がくれば私の勝ちは確定だ。すでに肩を壊し、覆いかぶされているのだからな。あとは刺せばいいだけだ。
一方迷えるほうの彼は相変わらず悩んでいた。ボールならどう言うだろうか。油断したら不意打ちを仕掛けてくるかもしれないと言うだろう。リーダーならどう言うだろうか。戦いなのだからと言うだろう。やっぱりそうだよな……。考え込む皇帝。肩を壊し、覆いかぶされ、いかにも絶望的な状況に立たされているはずの彼であるが、謎に勝てる自信があった。今ちょうど雷雨である。もし雷がこの尖塔か近くに落ちてきたとして、その時に電撃を打ったらガードを貫通するほどのとんでもないパワーになるんじゃないだろうか。魔力は向こうもこちらも有限、疲労はすさまじく、いちいち剣を全力で振り下ろしては腕を組んでいる相手の動きも少々鈍くなってきている。もう時間の問題だろう。だからこそ決めなくてはならない。最終決定をくださねばならない。
彼女ならどう言うだろうか。皇帝はふとあの時を思い出した。メラマリィー戦に一応勝利し、確かメラマリィー都のベリィで会談した時である。講和会議にも関わらず、姫が皇帝をビンタするという事件の後、彼女はこう言った。
「私の家族がどうなったのかって知ってるよね?」
「確か、殺されたとか……」
なぜ、今ここで? 突然の問いに首をかしげるばかり。
「誰にやられたのか知ってる?」
「父からは何もいわれていないのでのう。交渉の現場に行ったわけでもないし」
「そう……」
少しのため息。
「あんたの父よ」
皇帝はぎょっとした。そんな話は聞いたことがない。父がそんなことをやるわけない。だからさすがに反論した。ただ、それに対する彼女の返答は意外なものだった。
「そんなにあなたのお父さんって素晴らしいの?」
「え?」
「もちろん皇帝だから偉大な存在としてあがめられているのだと思う。世界の8割を手にした男だもん。そりゃすごいよね。でもさ、それまでにどれほどの人が死ぬんだろう? って考えたことある?」
「騎士だから、戦いが起きれば自分の国を守るためには流れる血は仕方ないのでは……」
「まあ確かに騎士の世界ではそうだし、あたしたちも反乱を起こしてあんたを殺そうとしたわけなんだけど」
「しれっと恐ろしいことを言うのう。まあ確かに余が大将だからのう」
「でもあんたはあたしたちを生かしたままにした。まああたしが気づけ気づけと言ったからなのかもしれないけど」
「うむ」
「ただ、これでもう戦いは終わりなわけじゃん。少なくともメラマリィーとキメルノの争いで亡くなる人はいなくなる」
「うむ」
彼女はちょっと顔をしかめる。
「戦う必要あったのかな?」
「え?」
「あんたが持ち出した盟約の条件すごすぎない? あたしたちばっかりじゃん得するの」
「そうかのう。総督が変わって賠償金がなくなる代わりに反乱鎮圧に協力してもらうっていう……」
「こんなん負けた国が受ける待遇じゃないよ。あんたの父とか、併合、虐殺、支配の三拍子だったのよ!」
「え……? そんなことをしたら反乱が起きるのでは……? これぐらいの盟約にしないと敵も味方にならないし……」
「うわー、反乱起こし損じゃん。てっきりもう人をとにかく殺しまくってここまできたのかと思ってた。えー、なんか全然パットキメルノと違う、あの時と一緒じゃん……あの時のままじゃん……」
彼女は顔を真っ赤にした。
「産卵してる親ガメを天敵から守ってやった時のままじゃん、子ガメを海に戻してやった時のままじゃん」
「なぜに基準が亀なんじゃ?」
抱きついてきてギャーギャー泣き出す彼女の背中を困惑しながらもさすってみる皇帝。この時から皇帝とは何かという問いは始まっていたのだった。
今思えば色仕掛けだったか? いやそんなことはどうでも良くて、あのベリィ会談で思ったこと。自分が当然と思ってやったことが父とは違うことだったこと、そしてそれは彼女にとって驚きと感動を持つものだったということ。
そしてこう思う。家族を失うことの苦しさ。そして大事な人を失うことの辛さ。戦いには必ず失われる命が現れる。そしてその失われた命をそれぞれ悲しむ人がいる。今までやってきたことは何だろう。大反乱の鎮圧。秩序の回復。大反乱って何だ? 秩序って何だ? 力でねじ伏せることか? 今までの自分はどうだった? 己が目指している皇帝とはなんだったか――?
「本日、余、コレカラキメルノはこの誇り高き大帝国キメルノの全ての民のために、帝国の未来のために、先代の意思を強く受け継ぎ、3代目ジャーに即位せんことを宣言する」
誇り高き大帝国キメルノの全ての民のために……
すべきことは分かっているはずだ。
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