真実

「始末するぞ」

 父パットキメルノが縄を引っ張ると、

「なにすんのよ!」

 とリブがわめきだした。エイクやボールも苦しい顔つきになっている。

「やめてくだされ! 彼らは余の仲間なのだ!」

弟コレカラキメルノが手をあげた。

「はあっ? メラマリィーの奴らが仲間? お前まさか同盟なんぞ組んでるんじゃないだろうな?」

「その通り、我らメラマリィー王国はキメルノ帝国に協力して反乱を抑えていたのよ!」

 弟の代わりにリブが返答し、父をにらみつけた。

「メラマリィーはキメルノの宿敵にして敗北者。そんなもんと同盟を組んだというのか? けしからん! なあ? お前らが指導者なんだよな? よし殺そう」

「やめてください!」

 動けない弟の代わりに兄ヨースミテキメルノが走って父の腕にしがみつく。しかし、父は怪力か縄を持つ手は固く、どれだけ兄が頑張っても縄を奪うことができない。

「なんだ、お前まで! メラマリィー族は裏切り者なんだぞ!」

「裏切り者? どうしてですか?」

「どうしてって?」

 父が縄を持つ手を緩めた。すかさず、兄が縄を奪い取る。

「あっ、このやろ――」

「どうしてですか? 教えてください!」

「余からもお願いです!」

 兄弟に急かされ、しばらく口をつぐんだ父。その表情はやがて憤怒の形相と化していった。

「裏切られたんだ! やつらが交渉のさ中、突如戦争を始めたんだ! 父はそのショックで死んだ! 俺がその敵を討ったんだ!」

「だから皆殺しにしたの?」

リブの悲痛な声が響いた。押し黙る父。

「だから皆殺しにしたんでしょ? あたしのパパとママも親戚のみんなもまるごと…!」

 リブはそこまで言うと顔を覆って泣き出してしまった。

「あのな……裏切るっていうことはそこまでのことなんだよ。特にメラマリィーは共にヲミューラ帝国と戦い、勝利し、追いやった! これほどもない味方だった。俺もあいつらと一緒にたくさん遠征したさ。喜びを分かち合ったんだ。でもな……」

 父は興奮してしゃべっていたが、泣きじゃくるリブを見て再び静かになり話し始めた。

「ヲミューラから獲得した領土をどう二国で分けるか、交渉は難航した。どうしてもお互い譲らなかった。なぜなら本当は世界一の帝国になりたかったからだ。全ての民族を従える究極の、一番優秀な民族になりたかったから……」

 彼は目を閉じる。記憶の一端、一端が相馬灯のように駆け巡っていく。

「あいつらも同じことを思っていたんだろう。交渉中だというのにやつらはいつの間にか進軍してきていた。気づいた時には周りを敵に囲まれていたんだ。父はその衝撃に耐えられず、死んだもんだから、怒り狂った俺は誰に相談することもなく、皇帝になるなり……そうだよ、お前の言う通り、俺はあいつらを全員殺った。一人は生き残っていたようだが……」

 瞬時に判断をし、その圧倒的な行動の速さで皇帝独裁体制を作り上げた先代の最初の決断がまさか王族一家暗殺だったとは……。皆殺しが真実だったことにボールはショックを受けた。一方、その被害者は両手に顔を埋めたままである。

「だが今は同盟だ」

 その声のする方へみなが振り向いた。現皇帝の弟である。

「余がきちんとリブと話し合って盟約を結んだ。だから敵として処理するわけにはいかない。父上がやろうと思うのなら余は許さない」

 リブがはっと顔をあげた。

「コレコレ君……」

 少し顔を赤らめ、目を泳がせているままなので、エイクが縄から出てきた。

「本当なんです。パットキメルノ様。このボクとボール殿がしっかりこの目で見てるんです」

 正しくは結婚発表をなんだけどなとボールは思う。ただ、テキトーな人間だと思ったあの時にはなかった真剣な表情に押され、ボールも前に出ることを決意した。

「そうです。我が皇帝はしっかりと外交職務を果たしておられます。これまでかつて反乱軍側だった数々の軍団を味方につけ、たった今反乱の黒幕を倒す一歩手前にまできております!」

「実は私も黒幕のひとりで――」

「父上! ですから現皇帝としてお願いいたします!いや、許しません! 大切な仲間を傷つけることは!」

 兄は弟の眼差しを受け取り、口をつぐんだ。そして父に向って深々と頭を下げ、

「兄からもよろしくお願いします!」

と言った。

 父は度肝を抜かれた。カフェのオーナーとしてこっそり働いてから新聞でしか息子たちの様子を見ることはできなかったが、ここまでの熱意とは……。読む新聞を間違えていたかもしれない。あの常連客が好んで読んでいた新聞は地元の話しか載っていなかったものな……。まだまだ隠居生活力が足りなかったらしい。ならば答えは一つ。

「わかった。お前たちの言い分を信じよう。それに……」

 父はまだ涙の後が残るリブに近づいた。エイクが攻撃されまいとリブの前に出た。

「勝つために必要なことだったとは思うが、お前にとっては悪いことをしたな」

「……本当にね」

「対話で解決しきれなかった俺の能力の足りなさもあったんだろう。結構自分の主張が通ることだけを考えていたからな。そりゃあ向こうも武力で解決することを考えるよな」

父は頭をかく。オレンジ色のとげとげしい髪。それを見ながら兄が言う。

「この反乱時には意外と弟が皇帝に向いているのかもしれないね」

「え、兄上それはどういう意味?」

「もちろんいい意味ですよ。陛下」

 兄がいたずらっぽく笑うと、みんなも一緒に笑いだすので困惑する弟、コレカラキメルノ=ジャーであった。



「ちなみになんで父上は失踪なさったんですか?」

「え?」

 弟の傷の介抱をしながら兄が尋ねると父が首を傾けた。

「なんでそんなことを聞くんだ?」

「いやそりゃみんな聞きたいですよ。皇帝が突然姿を消したんですよ。そりゃ理由を聞きたいですよ」

「そうか、なら言おう」

 父は窓際に浮き出た柱によりかかった。

「勝ったとはいえ、メラマリィーには奇襲攻撃をかけられていたし、いつまた反乱が起こるかわからないからな。強さを求めて修行に行ったんだ。北の大地だったかな、迷い込んでしまって雪原にやってきた。その場に現れた騎馬民族にボコボコにやられたんだよな。そして気づいたらポドウ領でカフェをやっててよ。なんか忘れてた気がするって思ったんだが、新聞を読んでるうちに思い出してよ。店を守ってるうちにもしかしたら会えるかもってで今にいたる感じだ」

 そこにいた一同呆然とする。え? 修行して騎馬民族にやられて気づいたら転移してて記憶喪失を自力で直してここまで来た? てかその騎馬民族ってもしや……? ボールはエイクと目を合わせた。まじかよとエイクは目で答えた。

「あの……よくわからないんですけど」

「俺もよくわからん」

 本人がよくわからないならみんな分からないに決まってる。ただ弟だけがなぜかうんうんと腕組み目閉じのいつものスタイルで頷いているのであった。何? 皇帝になった者しか分からないやつ?

「とにかく、お前」

 父は柱から離れて弟を指さした。弟は慌てて目を開けた。

「行くところがあるんじゃないか。確か黒幕の直前までやってきているとかじゃなかったか? ファイト、陛下!」

 父の𠮟咤激励に弟はすらりと立ち上がった。

「大丈夫ですか? 陛下? お怪我は――」

「大丈夫」

 ボールの心配顔に対し、皇帝は笑顔であった。

「それでは行ってくる」

 決戦の舞台へ、彼はオレンジのくしゃくしゃ髪を揺らし、歩いていくのだった。

 なんだかんだ父にも認められるような皇帝になられたんだな……。ボールは海での会話を思い出していた。


「心配じゃないんですか?」

「心配って何を?」

「いや……」

「今まではお仲間がいらっしゃいましたけど、リブ様もエイクさんもリーダー様もいらっしゃらないじゃないですか」

「そうだが?」

「勝てるかな……? とか思わないんですか?」

「え?」

「今まで勝ってきたではないか。今度の戦場は良く見知った場所だぞ。民はすでに避難を終えておる。これほど戦いやすい決戦場所はない」

「陛下が戦うんですよね?」

「もちろん。何を言っておる……?」

「陛下……陛下が活躍したのっていつでしたっけ?」

「そりゃあ毎回……?」


 なんて失礼なことを申し上げたのだろう。こんなにも陛下は自分なりのやり方で反乱鎮圧の一歩手前までやってきたのに。陛下の武器は剣とかじゃなくて人徳だというのに。

 気づけばエイクが肩に腕を置いていた。顔を見合わせ、まるで昔からの友人かのように微笑み合う。それを驚いた様子で見つめる先代。陛下の後ろ姿を両手を前に祈るように組んで見る、リブ。これでいい、過去のしがらみなど捨てて、新しい関係を結べばいい。お互いに主張だけするんじゃなくて時に妥協もすればいい。今まで結んだ盟約はそんな彼の姿勢を色濃く映し出していた。

 やっぱり陛下は素晴らしい皇帝だ。


 そう思った矢先、陛下がきびすを返して戻ってきた。

「どうしましたか? 陛下」

 ボールがいつも通り尋ねると、皇帝もいつも通り答えた。

「やっぱり腕が痛くて、戦うべきかのう?」

 やっぱり陛下は陛下だった!

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