陛下! ピンチです!~怒りのセンバンステ杯~

「ゴルボル! アレを止めるのだ!」

 皇帝の掛け声でゴルボルがコースのゴールラインへと走っていった。

 向こうから最終コーナーを回ったチートホース、カツツツツが突進してきている。

 ゴルボルがゴール寸前のところでカツツツツにぶつかった。さすがは鋼鉄の肉体である。俊足馬は騎手もろとも吹き飛ばされ、そばにある草むらに転がった。

「ふ、不正だぞ!」

 リーダーがボールの首に再び手をかけながらゴルボルの方を睨む。

「不正したのはお前らの方だろう! ボォールト!!!!」

 立ち上がろうとしたリーダーに向けて再び電撃が放たれる。

 リーダーとボールもろとも再び倒れた。

「少年! 大丈夫か?」

 皇帝が少年の元に向かおうとすると、さきほど少年を蹴り上げていた熊のような男たちがこちらにドスドスと向かってくる。

「応戦します!」

 声の方を見る。建物から味方の兵士がたくさんやってきている。血がついているところをみるに、建物内でもすでに戦いが起きているらしい。

「よし、みんな突撃! 全滅させるのだ!」

 兵士たちがぶつかり合う。向こうが馬に乗っていない分、こちらが有利だ。相手が馬に乗っていなければ……。

「皆の者! 上がれ!」

 地べたを這いずりながらリーダーが木の棒に向かって話しかけていた。

「なに?」

 天に響き渡る声。まさか拡散魔法?

「陛下! 競馬場を見てください!」

 ボールがリーダーの首に手をかけながら叫んだ。

 競馬場ではゴルボルが倒れているのが見えた。そのそばから続々と騎馬たちが丘を駆け上がってくるのがわかる。そして弓を構えて……。

「危ない!」

 誰かの悲鳴で皇帝は地に伏せたがいくらかの兵士はまにあわず、矢が胴体に直撃した。そのまま敵にとどめを刺された者もいる。

 そうか囲まれたのか……。

 今や続々と敵が実況席に集結しているのだ。メラマリィー前線や少年の村に駐屯している兵士もいるわけで、今兵士の数は全然少ない。またしても四面楚歌な状況となっているわけである。

 さてどうするか……。定期的に電撃を放ち、相手をかく乱させてはいるものの、どう考えても体力的に限界がある。

 騎馬たちが丘を登り切り、もみ合いになっている味方を次々とひいていく。すぐ近くにも迫ってきている。心臓が激しく波打ってくる……。


「ああああああああ!」

 素っ頓狂な声を聞き、右を見ると知らないおじさん、お兄さんがたくさん現れた。服はボロボロ。眼力は鋭く、まるでゾンビのよう。彼らは鉄パイプを片手に戦場に殴りこむと、センバンステたちを馬ごと殴り始めた。

「よくも俺らをだましやがって!」

「借金の恨みー!」

 もしかしてと思ったら向こうから少年が足を引きずりやってきた。

 どこで手に入れたのか包帯で膝をぐるぐる巻きにしている。

「牢屋のみなさんが駆けつけてくれましたよ!」

「脱出したのか! どうやって?」

 少年は笑顔で答えた。

「知りません。たぶん自力です!」

 とっても白い歯だった。

「君も丘の底から這い上がってきたのか! どうやって?」

 少年は笑顔で答えた。

「あんまり覚えてないんですけど。たぶん自力です!」

 何度見ても白い歯だった。


 牢屋のみなさんの恨みは激しく、みるみるうちに騎手を落馬させていく。鉄パイプで殴る、足で蹴る。味方の兵士も流れで殴られる。

 皇帝は首のつかみ合いをしているボールとリーダーに電撃を与える。

 囚人は血走った目で猛獣のようにセンバンステたちを鉄パイプの刑にし続け、辺りは血の海と化す。

 皇帝はボールとリーダーに電撃を与える……。



 数時間後。

 円形の建物の中で皇帝は椅子に座っていた。呆然として遠いところの布でできた壁を見つめている。太陽の暖かみが布を通して伝わってくる。残念ながら目の前の光景に合うものではなかったが。

 盟約締結の卓上に居合わせているのは囚人のおじさんと、足を引きずる少年。そして皇帝だけである。

「いや……」

 皇帝は二人の笑気の無い幽霊みたいな顔を見比べる。

「こういうのは国のtop同士が立ち会うものなのでは……?」

「仕方ないじゃないですか……」

 ボソッと少年がつぶやく。

「会議に出席するほどの余力がある人なんて僕たち以外全然いないんですから」


 熾烈な戦いを極め、お互いに犠牲を出しまくった今回の戦い。

 ゴルボルは馬に踏みつぶされて重体。リーダーは電撃にやられて重体。ボールも電撃にやられて重体。


「ただセンバンステの誰かが来てもらわないとな……」

「律義ですね。陛下は」

 囚人のおじさんがにこやかに話しかけてくる。傷一つない。戦ってないから生き残ったんだなこの人。

「どうも……」

 少年の後ろから兵士におんぶされた別のおじさんが顔を出した。

「ええとどこに座れば……」

「不正な勝負を働いた者に座る権利などない」

 皇帝はこう言い放ちつつも皇帝から見て左側にある椅子を指さした。

 よれよれになったおじさんは兵士に体を支えてもらいながらなんとか席に座った。

 電撃にやられ顔は真っ黒、髪は燃え尽きちりじりになっている。敗北者となったセンバンステのリーダーの姿である。

 リーダーはしばらくうつむいていたが顔を上げると口早にまくしたてた。

「負けた、負けた。ずるい戦いをけしかけたワタシたちを見事にキメルノ殿は破った。あっぱれであった。まさかあなたが電撃を使えるとは……?」

「その通りだが、そなたも魔法を使っていたではないか? ほら木の棒で」

 皇帝は木の棒に向かってしゃべるふりをした。

「あーあれか」

 リーダーは笑みを浮かべる。

「あれは我が一族に伝わる発声法だ。魔法じゃない」

「え?」

 一同きょとんとする。ただ声がでかいだけ?

「それは練習したら出せるようになるんですか?」

「さあな。一応今できるのは一族の長であるワタシだけだよ」

 じゃあ魔法じゃないかと少年はつくづくそう思う。

「話がそれてしまったな。ではキメルノ殿の言う通りに盟約を結ぼうとしよう」

「そう言ってまただまし討ちするんじゃ……」

 少年がファイティングポーズをとったのでリーダーは怯えた様子で、

「さすがにそんな余力は残ってはいない。するつもりもない。信じてくれ」

 と両手をテーブルにつけて頭を下げた。

「まあ信じるとして」

 皇帝はあくまでもあっさりした顔である。

「約束通りの盟約を結ぼうかの」


 少年が固唾を飲んで見守る中、皇帝とリーダーが文書にサインした。


 センバンステ盟約

 ――――――――――

 1、債務奴隷となっている囚人は解放される。

 2、センバンステ軍はキメルノ帝国本軍、各総督軍と同盟し、キメルノ帝国大反乱鎮圧に協力する。

 3、キメルノ帝国はセンバンステを国家として承認し、反乱鎮圧後に貿易を開始する。

 4、センバンステは俊足馬をキメルノ帝国に提供する。

 ――――――――――


「陛下、センバンステを併合しなくてよかったんですか?」

「俊足馬を得るためには仕方なかったのだよ。もちろん2時間くらい――」

「その話はいいです。陛下」

「英慮なお考えをなさいますなあ。陛下は」

 囚人のおじさんがにこやかに話しかけてくる。このおじさん結局なんのためにいたんだ?



 数週間後。

氷点下を下回る極寒の地。凍った路面に光が反射して輝きを放つ。この広大な雪原に二つの勢力が対峙していた。

「やっと現れたねえコレカラキメルノくん、どうしてずっと逃げまどっていたんだい?」

「逃げまどう? そんなバカな。君たちも大して勢力範囲を広げていないようじゃないか」

「言ってくれるね。まあお互い様じゃないか。ここで決着をつければいい話。なあリブ」

「そうね。っておいっ」

 リブ=メラマリィーがエイクの横っ腹をぶったたく。

「あんたがメインでしゃべってどうすんの? こういうのって普通国のトップ同士がしゃべるんじゃないの?」

 どっかで聞いたなそのセリフ。

「いやあ知り合いだから」

「は? あたしもコイツのこと知ってるし」

 リブは皇帝のめんどくさそうな顔面を指さした。

「いや、あんまり覚えてない……」

「はああああああああああああ? マジ腹立つ腹立つ腹立つ、殺す殺す殺すー!」

 リブの周りに風が吹き荒れ始めた。

「どうやら戦いの火ぶたは切って落とされたみたいだね」

「こんな方法でヒートアップするもんかのう?」


 次回、第二次メラマリィー戦!

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