第28話「ある伝説の幕引き」

「救助は、5分で来ます! 」


 サンセット当局の救助隊への連絡を終えたレナは、本当は「10分」と言われていたところを、そう言って嘘をついた。

 そうでも言わなければ、アウスが今すぐにでも死んでしまう様に思ったからだ。


「へっ、5分か。……この、身体、あと3分も持たねえさ」


 そんなレナの言葉に、アウスは冷や汗を浮かべながらそう言った。

 すでに、アウスの人工心臓は、体中に巡らせるための血液が不足し始めているのか、奇妙な音を立て始めている。

 アウスの出血は止まらず、彼の言うとおり、その死は間近に迫っていた。


「そんな! アウスさん、もうしゃべらないで、きっと、助かりますから! 」

「……いいんだ、お姉さん」


 レナの言葉を、やけに落ち着き払ったウィルの言葉が遮った。


「ウィル、くん? 」


 レナには、さっきまではアウスを救おうと必死だったウィルが、どうしてそんなことを言ったのかを理解できず、そう聞き返すことしかできなかった。


 ウィルは、レナのことをまっすぐに見すえた。

 ボサボサの髪の奥に見える、強い決意をたたえたその瞳に、レナは、それ以上何も言えなくなった。


「この人は、キッドだ」


 ウィルは、誰に問われるでもなく、自ら口を開き、そう言った。


「今まで数えきれないほどの人たちを殺して、傷つけた、大罪人。僕の、両親の仇」


 それから、ウィルは再びかがむと、アウスを起き上がらせ、肩を貸して歩き出した。


「だから、僕が、ここで、最後の決着を、つける」


 アウスと共に家の外へと向かって行くウィルの姿を呆然と見送ったレナは、慌てて2人の後を追った。


 ウィルとアウスは、家の外、いつも射撃の練習に使っていた場所で対峙していた。

 ウィルは静かな視線でアウスを見つめ、アウスは自身の胸から血を流し続けながら、最後の力を振り絞って立っている。


 2人の間には、自分たち以外の何人からの干渉も許さないという、周囲を威圧するような場が作られていた。


「お嬢ちゃん、悪いな」


 その異様な光景に言葉もなく立ちすくんだレナに、アウスは苦しそうに笑みを向けた。


「こんな、ことに、巻き込んじまって。……けど、な、これは、ここでつけなきゃいけねぇ、今じゃなきゃ、もう、チャンスのねぇことなんだ」


 そして、アウスは腰のリボルバーに手を伸ばす。

 同時に、ウィルも自身のリボルバーに手を伸ばした。


 レナは、これから2人が何を行うのか、全てを理解していた。

 理解したうえで、ただ、その場に立ちすくむことしかできなかった。


 こんなことは、止めなければいけない。

 理性がレナにそう言っている。


 だが、同時に。


 これは、決して止めてはいけない。

 レナの心が、そう叫んでいた。


 ウィルとアウスは、わずかに足を開き、姿勢を低くして、構えを取った。

 その視線は相手の動きを鋭く観察し、その思考はすでに、いつ銃を抜き、相手のどこに銃弾を放つべきかしか考えていない。


 その沈黙の中で、レナの脚が震えている。

 理性と感情とがぐちゃぐちゃに入り混じった中で、レナは、ただ、その光景から目を話すことができなかった。


 サンセットの夕陽のような赤い空で、太陽がゆらゆらと揺れている。

 わずかに風が吹き、構えを取ったまま微動だにしないウィルとアウスの服を揺らした。


 2人が動いたのは、その風が止んだ瞬間だった。


 2人は同時にホルスターから銃を引き抜き、同時に構え、同時に照準し、同時に引き金を引いた。


 銃声は、1発だけしか聞こえなかった。

 だが、放たれた銃弾は、2発。


 アウスが放った銃弾は、ウィルが身に着けたポンチョに穴をあけた。


 ウィルが放った銃弾は、アウスの心臓を射貫き、辛うじて動いていたそれを停止させた。


 サンセットの赤い空の下で、アウスの姿勢が崩れる。

 アウスは銃を構えたままの姿勢で、愛用していた銃をその場に取り落とし、それから、右に傾いていく。


 その顔が、晴れやかな笑顔に変わっていく。


 それは、自身が背負ってきた、拭い去ることのできない、償(つぐな)うことなどとてもできない様な大罪から、ようやく解き放たれた。

 そんな、喜びの表情だった。


 そして、アウスの身体は、サンセットの大地に倒れ伏した。


「ありがとうよ、ボウズ」


 かつてキッドと呼ばれ、銀河に名を轟(とどろ)かせた無法者の魂は、最後にそう感謝を述べながら、消えていった。


 レナは、いつの間にか自分が涙を流していることに気がついた。

 同時に、全身の力が急に抜けて、その場にへたり込んでしまう。


 ウィルは、その足でしっかりと立っていた。

 硝煙の立ち上る銃をホルスターへと納め、それから、満足そうな笑みを浮かべて死んでいるアウスに近づく。


「さようなら、キッド。……ありがとう、じーちゃん」


 ウィルはアウスの亡骸に向かって跪(ひざまず)くと、最後の別れを告げた。

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