第132話 教育

辺りに舞っていた土煙はもうほとんど晴れ、視界が明瞭になっていく。


「ところで、他の2人はどうしたんだ?」


「あ?知らねぇよ、あんな雑魚ども。どっかに吹っ飛んでったんだろ」


そんな明瞭になった視界に映るのはバルイストと剣を交えるイヴェル、シャルトに向けて魔法を打ち込むオリア、そしてエリオットの5人だけだった。残り2人はオリアの魔法でどこかへ飛ばされたのだろうか。


「退学になったってのにしゃしゃり出てきやがって...元々気に食わなかったがちょうどいい。ここで殺してやるよ」


目の前に立つエリオットは口元を歪めてそう宣言をする。そこには僅かながら殺意も込められているようだ。自分が負けることなど微塵も考えていないのだろう。


「まあこっちにも色々あってな。...というか、武術祭のときお前の姿を見なかったんだが。もしかして、魔人にビビって出てこれなかったのか?そんなチキン野郎に俺が負けるわけがないだろ。舐めんなよ。あれ、よく見たら頭に真っ赤なトサカが生えて——」


「......死ね」


その言葉を聞いた途端、エリオットは地面を蹴って素早くこちらに迫ってきた。完全に俺を殺すつもりのようだ。


だがその速度はイヴェルやバルイスト、セイン達にはやはり見劣りする。


「おそっ」


わざとエリオットに聞こえるよう小さく呟いて、その剣を避ける。


半年前の俺ならまだしも、グレースダンジョンでの地獄の日々を乗り越えてきた今の俺にとっては避けるだけなら造作もない。


「ふざけやがって...」


そんなことを十数回続けていると、エリオット顔はその髪の毛のように真っ赤になっていった。そろそろ仕掛けてもいいか。


「このゴミ野郎がぁぁ!!」


エリオットは再度俺に攻撃を仕掛ける為、愚直にその一歩を踏み出した———瞬間。


「!!?」


「素直だねー」


思いっきり踏み出したエリオットの右足。

それが地面についた途端、触れた地面が小さく陥没する。


これは土属性の初級魔法だ。

オリアのお陰もあり、俺はこの森林内で魔法を発動させるコツをある程度掴むことに成功していた。だが。やはり魔法を行使するのは通常時の数倍難しく、才能のない俺では各属性の初級魔法までしか発動する事ができないようだった。

土魔法を強化するアンクレットをつけていても、その効果は地面を小さく陥没させる程度。オリアは本当に化け物だな。


しかし、焦っていた上に全く予期していなかったのだろう。少し地面が凹んだ程度であったのにも関わらず、それに足を取られたエリオットは大きく体のバランスを崩す。


「これで1回」


俺はその背後へと素早く回り込み、そのガラ空きの背中に剣を叩き込んた。


ゴッ!!


「がッあ...」


そんな鈍い音とエリオットの呻き声が重なる。


「お、お前...なんのつもりだ」


背中を叩かれた後、すぐに体制を立て直したエリオットは戸惑ったように言った。彼も分かっているのだろう。


さっきの瞬間、もし俺が本気で殺そうとしていたら確実にエリオットは死んでいた。それくらいに今のは大きな隙だ。


「ああ、勘違いするなよ。お前を救うためなんかじゃない。これは教育だ。お前が一生、剣聖になろうとなど思わなくなるように、な」


俺はエリオット達の計画を知ったときから少々苛ついていた。

自身の名誉や称号のために他人を貶めようとするその考え方に。そんな人間が剣聖?王国剣士長?烏滸がましいことこの上ないだろう。


「全力で来いよ、エリオット。ただの平民がお前を教育してやる。ああ、安心しろ。どれだけお前が問題児でも、俺はお前を見捨てないからさ」


目の前に立つエリオットへ、はっきりとそう告げる。


そういえば半年前、ライカにも同じような台詞を言ったな。まあ、今の彼女にその記憶は無いだろうが。


あのときと今とでは、その言葉に込められている想いが違う。ライカへはこれからへの期待と兄貴分としての親愛を込めて。エリオットへは——小さな怒りと大きな侮蔑を込めて。



これから始まるのは教育という名を冠した、ただの蹂躙だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


エリオットとの戦闘が始まってから15分が経過した。


「おい、もう終わりか?」


「ハァ、ハァ、クソッが...」


苦しそうに肩で呼吸をするエリオットへ語りかける。


俺も疲れていないわけではないが、それを表に出すわけにはいかない。あくまでも俺は余裕であることをエリオットに印象付ける必要があるのだ。


「クッソォォォ!!」


「だからそれじゃダメなんだって」


なんの作戦も立てず、ただ愚直に突っ込んできたエリオットの腹に膝蹴りを入れる。


「ブッ...」


思いの外良いところに入ってしまったようで、エリオットは力が抜けたように地面へ倒れ込み動かなくなってしまった。


「おーい、まだ起きてんだろ。がんばれがんばれー」


倒れたまま動かない彼の体を叩いたり水をかけたりしてみるが、結局エリオットは動かなかった。これは本当に気絶しているのか。


「......これで終わり」


「あはは...エルフに殺されるのなら、それもまた本望だよ」


ドドドドドッ!!


後方でそんな轟音が響いた。

そちらの方向を見ると、全くの無傷のオリアと大きく宙を舞う血だらけのシャルトの姿があった。やはりオリアの方は余裕だったか。


「お疲れ様、オリア。...一応確認しておくが、殺してはないよな?」


「...分からないけど、あれは死んでてもいいと思う」


「そういうわけにもいかないだろ」


シャルトへトドメを刺し、こちらへ歩いてきたオリアがそんなことを言う。


万が一のことがあっては困るため、俺は一応シャルトの様子を確認しに行く。


「あぁ、エルフに殺されることは、叶わなかったか...なぁ君、あのエルフに、回復魔法をかけてくれるよう——」


「...心配して損した。黙って寝てろ」


「頼んでくれな——グフゥ...」


血塗れのシャルトは動くことは出来ないようだったが意識はしっかりとあったようで、元気にそんなことをほざいていた。


そんなシャルトを殴って気絶させ、万一にも死なないよう一応回復魔法をかけ、俺はその場を後にする。


「...アルト様、疲れた」


「俺の方が疲れていると思うんだが...何が言いたい」


シャルトの処置を終えた俺に向かって、オリアは全力疾走で走ってきたかと思うと、急にそんなことを言った。

めちゃくちゃ元気そうじゃないか。


「...体力的な問題じゃなくて精神的な問題。あいつ、キモいし嫌い。メンタルケアが必要。おんぶして欲しい」


「...はぁ、勝手にしてくれ」


「...うん!!」


オリアがそう笑顔で頷いた後、俺の背中には何か温かいものがのしかかってきた。


「♪♪♪」


その背中の方からは少し上機嫌そうな鼻歌が聞こえてきて———


ドンッ


それに被せるように、何かが強く地面に落下するような音が聞こえた。

そちらを見ると、


「う、ぐッ...」


地面に倒れ、苦しそうに呻くイヴェルの姿があった。

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