第50話 再びのアルクターレ

サミユ村を出て馬車に揺られること一週間。俺たちを乗せた馬車はアルクターレへと到着した。


行商人のお爺さんと別れた後、俺とセインはヌレタ村へ帰るときに利用した送迎サービスのお店を訪ねた。アーネの母親であるカイルさんが勤めているお店だ。


「ごめんくださ〜い」


「あ、いらっしゃいませ——ってアルトさんじゃないですか。お久しぶりです。アルクターレへいらしていたんですね」


お店の中に入ると、早速カイルさんが出迎えてくれた。その手元にはペンや書類がいくつかあり、先程まで事務作業をしていたであろうことが窺える。


「お久しぶりです。カイルさん。ついさっき到着したところです。これから王都へ向かう予定で...」


「それはそれは。では、こちらへどうぞ」


それからセインを含めた3人で話し合った結果、明後日の正午にアルクターレを出発することになった。


「では、明後日の正午にまたいらしてください」


「はい。ありがとうございます。あと、アーネがどこにいるかって分かったりしますか?もう、時間も遅いですが...」


俺たちがアルクターレへ着いたのは夕方で、今はもう陽がすっかり落ちてしまっている。まあ彼女と会うのは明日でもいいのだが、約束を果たすなら早い方がいいだろう。


「アーネはそうですね...多分このくらいの時間でしたら、図書館にいると思いますよ。アルクターレの地図をお渡ししますね」


そう言ってカイルさんは地図を取り出し、現在地と図書館の場所を教えてくれる。ここからだと20分くらい歩けば着きそうだ。


「ありがとうございます。では一度、図書館に向かってみます」


「もし居なかったら多分自宅ですのでいらしてください。私ももうすぐ帰るので、アルトさん達が来る頃には家に帰っているはずです」


「いやいや、そこまでご迷惑をかける訳には...」


「何を言ってるんですか。先に約束をして迷惑をかけているのは娘の方です。約束を守ろうとしてくれているアルトさんの協力をするのに、迷惑なんて無いですよ」


「あ、ありがとうございます...」


「こちらこそ、ありがとうございます。あんな娘ですが、これからもよろしくお願いします。」


店を出る俺たちを見送りながら、カイルさんはそう丁寧に頭を下げた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「う〜ん。見られているな」


「そうだね...」


アーネに会うために向かう図書館への道中。

俺たち、特にセインがやけに周りの人からの視線を集めていた。


「...髪か」


黒髪と金髪が一緒に歩いているのは目立つのだろう。こちらを見る人の目は、全体的に少し上の方を向いている。なんならセインは超絶イケメンだ。目立つのも無理ないか。


「帽子でも買う?」


「そうしよう」


セインも俺と同じ考えだったようだ。

俺たちは人々の視線から逃れるように近くにあった衣服店へと入り、そこで帽子を購入した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「これはすごいね...」


「ああ、ヌレタ村にあったものとは大違いだ」


目的とする図書館の前で立ち止まった俺とセインは、それぞれ言葉を漏らした。


アルクターレの図書館はヌレタ村にあった小さなものとは違い、日本のそれにも引けをとらないくらいに立派なものだった。


そんな立派な図書館へ入り、俺たちは歩き回りながらアーネを探す。時刻が閉館時間の30分前だったためか、館内に人はほとんどいなかった。


そのため探し始めてから5分も経たずに、青色のブレスレットをつけた茶髪の少女を発見した。机には分厚い問題集のようなものが置いてあり、ノートの上を走り回っているペンは止まる気配がない。


「あの子がアルト君の探してた子?」


「ああ、間違いない。セインは少し待っていてくれ」


セインには少しだけ待っていてもらい、俺は気配を消して少女へと近づく。少女は問題に集中しているようで、こちらに気付く様子は全くない。


彼女は魔法の理論の問題を解いているようだ。


「それ、問39は間違ってないか?」


「ッ!?」


少女の真後ろでそう声を発すると、彼女は驚いたようにこちらを振り向いた。

脇腹を的確に狙った、横薙ぎの手刀付きで。


「久しぶりだと言うのに、結構なご挨拶だな。アーネ、久しぶり」


彼女の手刀を片手で受け止めた俺は、もう一方の手で帽子を外しながら言った。


「その声とその黒髪...もしかしてアルトさんですか!?お久しぶりです!」


正体が俺だと気が付いたアーネは、その雰囲気を大きく変えて元気に頭を下げた。


「勉強の邪魔をして悪かった。それは魔法の理論だよな。ほとんどの問題があってるし、これなら筆記試験は大丈夫そうだな」


「いえいえ、もう解き終えたところだったので大丈夫です!あ、この問39って間違ってるんですか?」


そういえば、とアーネは問題集を指差して尋ねる。


彼女の指差した問題、問39は『魔法の発動には魔力と想像力が不可欠である。』という問題文に対して、その正誤と誤りならその理由を書けという問題だ。アーネはそれに正と回答している。


「ああ、これはアーネにとっては少し難しい問題だな。しかし勘違いしないで欲しいのが、魔法の本質は魔力と想像力だ。その二つの要素を満たすことで魔法は発動する。だが、魔法の想像っていうのは些か難易度が高い。特に、一度も魔法を使ったことがない人間にとってはな。だから昔の人は考えた。どのようにして簡単に魔法を発動できるようにするか。それによって得られた結論が——」


「詠唱魔法、ですか。」


「その通り。詠唱によって、魔法の要素のうち想像の部分を補完することに成功したんだ。だから魔法を発動するだけであれば、その魔法の内容を知らなくても詠唱だけで発動できる。まあ、想像力が重要な無詠唱魔法から学んだアーネには馴染みのない内容だな。」


「なるほど〜」


アーネは解説の内容をサラサラと手元のノートにまとめていく。その間に俺は待機させていたセインを呼び、それぞれに紹介する。


「こんにちは。アーネさん。セインといいます。よろしくね」


「ど、どうも。アーネ=エルトリアです。よろしくお願いします...」


眩しい笑顔で挨拶をするセインに対し、アーネは少し緊張しているのか声が若干小さい。


「俺とセインは同じ村の出身で、一緒に学園の入試を受けにいくんだ。その道中でアルクターレによる必要があったから、アーネに会いに来たんだ」


そう説明を付け加えるとアーネは俺の耳元に口を寄せ、セインには聞こえないくらいの音量で話しかけた。


「ア、アルトさん!!セインさんイケメン過ぎませんか!?本の中から飛び出してきた人かと思いましたよ!!これじゃ、隣にいるアルトさんが微妙な感じに見えちゃいます!!」


何かと耳を傾けてみると、アーネは若干興奮気味にそう言う。


あー、なるほど。だから少し緊張してたのか。というか、実際にセインは物語の中の人だからな。顔が整っていることはなんら不思議ではない。なんならそれはアーネにも言えることではあるのだが。


「?、アルトさん?どうかしましたか?」


真横にあるアーネの顔を観察していると、彼女は不思議そうな顔でこちらを見た。

前述のようにアーネはセインと同様、将来を期待できるような美人に成長している。どちらかと言えば可愛い系という奴だろうか。

因みに俺はそれらの話と無関係で、セインと比較されようがされまいが元々微妙な顔だ。


「あー、なんでもない。まあ、セインはイケメンだよな。更に性格もめちゃくちゃいいぞ。俺は元々微妙な顔だから気にするな」


「ま、まあ私は、キラキラしたイケメンよりもアルトさんみたいな顔の方が、一緒にいて緊張しないので好きですよ?」


フォローのつもりなのか、手をもじもじとさせているアーネはそんなことを言ってきた。別に俺は顔の良さなどどうでもいいのだが...


「はいはい。ありがとうね。さて、そろそろ図書館も閉まるから帰ろうか」


「あ!冗談だと思ってますね!?」


適当にアーネの言葉を流した俺に、彼女はぷくーっと頬を膨らませながら抗議する。


冗談だと思っているも何も冗談に決まっているだろう。そんな冗談を真に受け取るほど、俺の頭はお花畑ではない。


図書館を出た俺たちは、アーネを自宅まで送るため夜道を歩く。アルクターレの夜はほどほどに暗く、人通りもあまり多くはなかった。


「毎日こんな夜中に一人で帰っているのか?危なくないか?」


「そうですね、基本的にいつもこのくらいの時間までは図書館にいます。実際のところ、何回か変な人に声をかけられたりしましたが、これのおかげで追っ払うことはできてます」


これ、と言いながらアーネは左手首をこちらへ見せてきた。その手首には青いブレスレットがはめられている。正直な話、アーネはもうそれがなくとも、その辺のチンピラなら十分に撃退できると思うのだが...


「まあ、ヌレタ村に比べれば全然明るいからな」


「そうだね。この時間でもしっかりと道が見えるのは、なんだか不思議だよ」


「え?アルトさん達の村は電気ないんですか?」


「辺境の村だからな。このくらいの時間になると何も見えなくなるんだ。そうなると寝ることくらいしかすることがない」


俺たちの言葉にアーネはかなり驚いている様子だった。電気のない生活は彼女にとっまるで想像のつかないものなのだろう。

まあ、俺とセインに関しては光魔法を使えるので別にそこまで不便でもなかったのだが。


「へぇ〜。アルトさんの育った村...興味があります」


「なら、いつか一緒に行くか?見るところなんてないけど」


「本当ですか!?」


適当に言ったつもりだったが、アーネは予想以上に食いついてきた。


「お、おう。でも、マジで何もないぞ?」


「いいんです!約束ですからね!あ、アルトさんのご両親にも会わせてもらえると嬉しいです!」


「それくらいなら別に構わないが...」


その返事を聞いたアーネは満足気に頷く。


俺の両親にあったところで、彼女になんの意味もないだろうに...何を考えているんだ?年頃の女の子は考えていることがよく分からない。


「ところで、お二人はいつまで此処にいるんですか?」


少しご機嫌なアーネがそう質問を投げかける。


「明後日の正午に王都へ向けて出発する予定だ」


「ということは、明日一日はここにいるんですか?」


「そうなるな。ここまでの移動で少し疲れたし、色々と買い揃えたいものもある」


実際しようと思えば、王都への出発を明日にすることにもできた。しかし長旅で疲れたのと、食料等の買い出しやセインの冒険者登録なんかも行おうと思っていたため、俺たちは出発を一日遅らせたのだ。


「それ、私もついて行っていいですか!?」


それを話すと、アーネは食い気味にそう言ってきた。それ、というのは明日の買い物についてだろう。


「俺は別に構わないが...セインはどうだ?」


「僕も大丈夫だよ。」


一応セインへ確認を取ると、彼はすぐに了承してくれた。


「アーネの方も、訓練とかは大丈夫か?」


「私はアルトさんと別れてから、ずっと特訓してきたんですよ?一日くらいご褒美があっても良くないですか?なんなら、明日にでもその成果を見せてあげますよ!」


アーネはシャドーボクシングをしながらそんなことを言う。どうやら彼女はこの2年間、毎日しっかりと実力を磨いてきたらしい。


「なら大丈夫か。じゃあ明日は———」


その後、俺たちは歩きながら明日の予定について話し合い、その話がまとまる頃にはアーネの家がすぐ近くにまで見えてきていた。

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