第29話 窓の外
ベッドにただ横たわるだけの、別人のようにやせ衰え、死人のように顔色の悪くなった彼を見ているだけで、心の奥底から太い畳針が突き上げ、胸の内側を突き刺すような痛みが走る。
彼の実家に彼の現状を伝えたが、結局、彼の両親や兄弟親戚が病院に来ることはなかった。彼の両親は、彼の生き方を許すことが出来なかった。ただ、学校にいかず、就職をしないといっただけの生き方を、許すことができなかった。
「お父さんとかお母さんは?」
私は以前、彼に訊いたことがあった。
「親とはもう関係ないんだ」
「・・・」
「全然連絡とってない」
「・・・」
「学校を不登校になった時に、二人とも僕に失望したんだ。二人とも、そこから抜け出せなかった。学校や世間の価値観の中から抜け出せなかったんだ。そして、僕に失望した親に、僕自身も失望したんだ」
「・・・」
「僕たちはもう終わったんだ。兄弟や親戚との関係もそれで終わった。みんな二人と同じ価値観だったんだ。僕はもうあの人たちの関係の中に生きることは出来なかった。彼らもそうさ。僕の価値観を理解することができなかった・・」
「・・・」
彼の存在や命よりも、世間の価値観、そんなものの方が大事なら、それを大事にしていればいい。ずっとそうしていればいい。私は思った。
「ドラマなんかで、来年の桜が見れないなんてよくセリフであるけど、本当だね」
彼が窓の外見る。街路樹の葉の色は、散る前の儚い色へと変わり始めていた。
「本当に来年桜が見れないんだ・・。なんだか信じられないよ」
「・・・」
彼には未来がないのだ。彼の言葉にそのことを、あらためて気づかされた。
「あの川の上流にさ。ちょっと遠いんだけど、何キロにもわたってサクラが植えてある所があるんだ。そこの桜は壮観だよ。穴場で人もあまりいないんだ。そこに君と一緒に見に行きたかったんだ」
病院の近くに、横川という川が流れていた。
「人生はどうなるか分からないね」
彼はため息交じりに言った。
「思い立ったらすぐだね。やりたいことはすぐにやっとかないと・・、まあ、今さら反省してももうしょうがないんだけど」
彼は力なく薄っすら笑った。そして再び、窓の外を見つめた。
「・・・」
私はそんな彼を見つめる。そして、彼と一緒に、窓の外を見つめた。普通の人が普通に当たり前に出来ることが当たり前に出来ないということが、こんなに悲しいなんて、私は初めて知った。
悔しかった。何にぶつけていいのか・・、とにかく悔しかった・・。
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