仕事に疲れてベンチに座っていた時に声を掛けてきたJKの押しが凄いのですが、知らないうちに何かフラグを立てていたのかもしれない

ヤマモトタケシ

第1話 出会いは橋の上

「はあ……今日も疲れた……」


 時刻は22時15分、職場から最寄りの駅に向かう途中の橋の上に設置された石造りのベンチに一人腰掛け溜息を吐く。

 毎朝5時に起床し帰宅は23時近く。週にそれを何日も繰り返す毎日に俺はウンザリしていた。


「なんか家に帰る気力も出ないな……」


 ベンチから見える川沿いの夜景を見ながら加熱式タバコの煙を揺らす。

 川に沿って高速道路やマンションがあり、その光が川を照らし美しい夜景を作り出していた。

 ここ最近、退勤後は帰宅するのに必要な気力を回復させる目的で、ベンチに腰掛け夜景を見るのが日課になっていた。いつも30分くらい夜景を眺めているだろうか? その分早く帰宅すれば少しは長く寝れるのだが家に帰ろうとする気持ちが湧かない。


 この橋に設置された石造りのベンチは複数あり、他のベンチには一人で座っている人もいれば、カップルが夜景を見ながら語り合っている姿もある。


「家で出迎えてくれる人でもいれば早く帰りたいと思えるのかな……」


 ベンチに腰掛け楽しそうにしているカップルを横目に溜息を吐く。

 缶コーヒーを片手に加熱式タバコをふかしていると少し気持ちが落ち着いてくる。夜景を見たりスマホで小説を読んだりして時間を過ごす。それだけでも少しは癒されるような気がして、気が付けば出勤日は毎回こうしてベンチに座っている。


「そろそろ帰るか……」


 春になり暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ肌寒い。長時間ベンチに座っていたので体が冷えてきた。


「おにーさん、こんなところでタバコ吸っちゃダメですよ」


 突然後ろから声を掛けられ、振り向くと制服姿の女の子が立っていた。

 茶髪にショートカットの可愛い女の子だ。制服と容姿から高校生と思われるが何故こんな時間に? といぶかしんでいる俺の顔を彼女は覗き込んできた。


「あ、もしかして私、おにーさんに警戒されてます?」


「え? まあ……こんな時間に制服姿の女の子に声を掛けられたら警戒すると思うよ」

 

「例えば援交目的のJKだと思ったり?」


 茶髪でショートカットのJKは揶揄からかうような言い方でニヤニヤしている。


「あとはオヤジ狩りと美人局つつもたせかな」


 夜に絡まれる定番としては一番ありそうな事を答えた。


「あはは、おにーさんはオジさんて感じじゃないしオヤジ狩りではないかな」


 もう俺は二十代も半ばを超えたけど、JKにおじさんとして見られなくてホッとしている自分がいる。


「それで、“つつもたせ“って何?」


 まあ……若い子が美人局なんて知らないか。今時の言い方では何て言うんだろう? 今度調べてみるか。


「自分で調べてみれば?」


 説明するのが面倒だったので丸投げした。


「うん、調べてみる」


 そう言うと彼女は俺の座っているベンチの横に腰掛け、スマホを鞄から取り出し検索を始めた。


「おい、何しれっと隣に座ってるんだよ」


「まあまあ、立ち話もなんだから座らせてよ」


 初めて会う男性に対して彼女は警戒もせずにいる。どこかで会った事がある? 記憶を探ってみるがJKの知り合いはいない。


「へえ……美人局ってそう言う事なんだ? でも残念、オヤジ狩りでも美人局でもありません」


「どっちも怖い人が出て来る訳だし全然残念じゃないと思うんだけど?」


「そう言われるとそうだね」


「で、君は俺に何の用があるんだい?」


 一人寂しく夜景を眺めている男にJKが用があるとは思えない。


「一番最初に声を掛けたじゃん? ここでタバコはダメですよって。ここ路上喫煙禁止区域だよ」


「あ……ごめんなさい……」


 加熱式タバコの電源を切り、そそくさとカバンにしまう。いい歳をした大人がJKに喫煙を注意され恥ずかしいことこの上ない。


「ん、素直でよろしい」


 彼女は満足そうに頷いた。


「教えてくれたのは嬉しいんだけど、どこの誰だかも分からない人に注意するのは止めた方がいいと思うよ。相手に逆ギレされて事件に巻き込まれるかもしれないし。君みたいに可愛い女の子ならなおの事」


 説教くさいとも思うけど彼女の為にも忠告はした方が良いだろう。


「可愛いなんて嬉しい事言ってくれますね。おにーさん、私の事口説いてますか?」


「い、いや客観的に見ても君は可愛いって事で特に深い意味は……」


 今じゃ可愛いって女性に言ったりするのもセクハラになるんだっけ? それに恥ずかしい事を言ってしまった事を後悔した。


「あはは、冗談ですよ。でも……おにーさんは優しそうだったから大丈夫かなって」


 彼女の警戒心の無さに俺は少し心配になった。


「……これを見ても優しそうって思えたの?」


 俺は自分の側頭部から左の頬に掛けて残りる大きな傷痕を指差し彼女に問う。


「はい、大きな傷ですけどそれでおにーさんが怖い人だって事にはならないと思います」


「そっか……」


 4年前に事故でできた傷は大きく、医者によれば完全に傷痕が消える事は無いそうだ。この傷痕によって俺は怖がられる事が多く、それを見ても怖くないと言ってくれた事が嬉しかった。


「あ、私そろそろ帰りますね。おにーさんも疲れた顔してるし早く帰った方が良いですよ。美人局に合わないように気を付けてくださいね」


 川に反射した灯りに照らされ冗談っぽく笑う彼女は、思わずドキっとしてしまうくらいに美しく魅力的だった。


「あ、ああ……そうだな。もう遅いし君も気を付けて帰れよ」


 彼女が帰ると言い出した時に少し寂しいと思ってしまったが、学生がこんな時間にウロついている方が問題だ。


「夏菜」


「え?」


「君じゃなくて鷺宮夏菜さぎみやなつな。私の名前。おにーさん!」


 彼女は名前を名乗り俺が向かう駅の反対方向に走って行った。


「さて……俺も帰るか」

 

 時刻は22時25分。

 鷺宮夏菜と名乗ったJKと話した時間は10分足らずだが、彼女のお陰で気持ちが楽になった。

 先ほどまで固定されたかのように重かった身体が軽くなり、ベンチから立ち上がった俺は彼女が走り去った反対方向の駅に向かって歩き出す。


「またね……か。また会えるのか?」


 またね、その言葉だけで明日の仕事も頑張れるような気がした。

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