第16話 それぞれの夜 - 1 -
シアラと一緒にお茶の飲み、クッキーを食べていた部屋に、フェルデナントがやってきた。その後は、ほとんど記憶にないくらい、目まぐるしく動き回り(正確には、目まぐるしく動き回るメイド達に目を回していただけだけれど)、今は先ほどお茶をしていたバルコニーの部屋の中、カーテンの内側でフェリックスと2人で立っている。
フェルデナントは、ノックをしいつも通り丁寧だが気取らない態度で、私たちのところにやってきて、いつもの笑顔で要件だけ伝えた。
「サラ、あなたは今夜、救世主になっていただきます。そして明日、ツァウバーに立ちます」
意味が分からず、私は何の反応もできなかった。シアラも何も知らなかったようだが、動揺した素振りは見せなかった。
「ご準備を」
フェルデナントはそう言って、踵を返し部屋のドアまで戻ると、入れ違いに4、5人のメイド達が入ってきた。
私には質問をする隙を与えてくれなかった。そう言えば、出会った時もはぐらかされてカヴァリヤ城に来るまで何も分からなかった。今も何か分かったわけではないけど。フェルデナントって、意外と強引だなと、私はメイド達に身包みを剥がされて久し振りに見た制服を着させられながら思った。
「サラ、これからあなたは民衆に救世主として公開されることになる」
メイドが部屋に入ってきてから、ベッドで寛いでいたシアラが言った。
「それって、どういうこと?」
「予言が現実になる、ってこと。そして、何かが起こるってこと」
まだ分からなかった。私がここに来てから暫く経っているのに、別に何も起こっていない。強いて言えばリューデス村の一件だが、昔から語り継がれている予言書の苦難の時を指すには、戦争と比べて規模が小さいのではないだろうか。
「何か起こるの?」
「起こすの」
私は、また置いてけぼりになった。カイなら説明をしてくれるだろうか。
そうぼんやりと考えているうちに、服装も髪もここに来た時通りになり、バルコニーのテーブルは片付けられカーテンが引かれ、制服を纏った私は、いつか見た正装姿のフェリックスの隣で立ち尽くしていた。
珍しく無言の私に気付いたフェリックスは、私の肩を抱き寄せた。
「大丈夫」
フェリックスの一言が浸透する。言葉多く説明されるより、今はその一言に安心した。これが王の威厳なのだろうか、あるいは何か詠んだのだろうか、そう考えているうちにカーテンが開かれフェリックスに促されるように、バルコニーに出た。
歓声の波が押し寄せた。
シアラと見渡した城下町はそのまま、城の敷地内から橋の上その先にかけて人で埋め尽くされていた。
号外のようなものが撒かれているのだろう、紙吹雪が舞う。
1人1人の顔は見えないけれど、それは歓びと安堵に満ちた群衆だった。
フェリックスは、いつも以上に自信に溢れた表情で堂々としていた。それは紛れもない、彼らの王だった。私を安心させたフェリックスは、王として民衆にも希望を与えている。そして、私もその一端を担うことができるのなら……
私は救世主になろう
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