第6話 始まり - 6 -
足元の土が湿り気を帯びてきた。
ようやく隊列が足を止めたのは川辺で、兵士たちは木に繋いでいた各々の馬に跨り始めた。
「馬?」
「はい、ここからは馬で進みます。あと少しですよ、乗馬の経験は?」
フェルデナントも焦茶の馬に跨り、サラに手を差し伸べながら聞いた。
「ぽ、ポニーなら……わぁ!!」
フェルデナントの握った手が、するりと腕に伸び引っ張り上げられた瞬間、腰を攫われてサラはストンと鞍に横座りの格好で落ち着いた。
「ゆっくり進むので、体重を私に預けてください」
「ちょ、っと待って、うわぁ!」
予想外の高さと初体験の揺れに、目の前にあったフェルデナントの右腕と胸を鷲掴んだ。サラの髪がフェルデナントの忍び笑いを感じる。
「あの、前を向いてもいい?」
言うが早いか、サラは左足で馬の首を跨ぎフェルデナントに背を預ける格好を取った。鞍の握り具合を確かめながら首だけ後ろに振り向く。
「ほら、こっちの方が安定するし……楽しい!」
森の木々が疎らになり、道らしい道はないものの、明るく、切り株からは人間の生活も伺えサラの緊張を和らげた。目の端に小動物の影を捉え、静かだと思っていた森には何種類かの鳥の声が響いていた。
「私としては、しがみついてくれていた方が安心だったのですが。それにそんな裾の短い服で暴れないでください、救世主様」
フェルデナントは少し楽しんでいるかのような声色で、ため息まじりにそう言い、隣を進む兵士から布を受け取り腰から膝のあたりまでかけた。
「意外と見えそうで見えないんですよ。ところで救世主様ってやめませんか? 誰のことか分からなくて反応できないし、それに、決めつけてるけど、本当にあなたたちの探している救世主様じゃないかもしれないじゃない」
「では……サラ様、と呼んでも?」
「サラと呼んでください。 フェルデナント……さん?」
「フェルデナントで良いですよ。あなたはご自分が救世主であることを認識されていませんが、予言書を信じるものにとっては、完璧な救世主であることは御自覚ください」
「どういうこと? 」
「あなたが本物の救世主かどうかは関係ない。だが、予言書通りに現れた時点であなたは救世主なんだ」
実際の配役が何であれ、舞台のスポットライトの下で桃から生まれれば鬼を退治に行かなければならないし、亀を助けたら竜宮城に行かなければならない。だがたまたま桃から生まれたからといって、鬼ヶ島に行かなければならないなんて勝手な話だとサラは思う。
「桃太郎だって、おじいちゃんとおばあちゃんと穏やかに生活したいかもしれないじゃない……」
サラは呟き、項垂れた。
背中が暖かい。
フェルデナントの大きな体を背中に感じながら、彼が言ったように、胸にしがみついて全てを預けられたらどんなに安心できるだろうと思った。
馬の歩みは緩やかで、眠気を誘う。
「大丈夫、サラ、俺は予言書なんて信じていない」
サラは微睡の中で、彼の言葉を聞いた。
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