後日談 〜北・西・中、国境近くの街〜

〈 これはシーナ、シオス、ブブさんの3人組を、キタノ国領内まで送り届けたあと、人間界ウオッチャーことパイセンから聞いた話だ。今回も適度にツッコミを入れながら、この話を振り返ってみることにしよう 〉



「あーあ。カイセイさんたち、行っちゃったね……」

 シーナこと、キタノ国第一王女ココロヤサシーナ=ケド・エラインデスが、ため息混じりにつぶやく。


 ここはキタノ国の南西にある、冒険者ギルド近くの宿屋。

 悪魔教徒のアジトを調査する依頼を出したあの冒険者ギルドがある街に、シーナ、シオス、ブブさんの3人は帰り着いたようだ。


「姉上。昨日からずっと同じことを言っていますよ……」

 シオスこと、キタノ国第二王子ココロヤサシオス=デモ・エラインデスが、あきれ顔でつぶやいた。


 ここは宿屋の一室。周囲には誰もいない。自分たちの正体を隠す必要がないため、シオスはシーナのことを『姉さん』ではなく『姉上』と呼んでいる。


「だって…… あーあ、私もカイセイさんたちと一緒に、ナカノ国の王宮に乗り込みたかったな」


「冗談でもやめて下さいよ、王女殿下…… そんなことをしたら、本当に我がキタノ国とナカノ国で戦争になってしまいます…… ああもう、考えただけで、背筋が冷たくなってきますよ」

 相変わらず、事なかれ主義のブブさんこと、キタノ国近衛騎士団団長ブブヅケ=デモ・ドウドス氏がそう言うと——


「もう! ドウドス団長は、本当に小心者なんだから! 少しはカイセイさんを見習ったらどうなの!」

 シーナはおかんむりのようだ。


「勘弁して下さいよ…… あんな人と比べられても困りますよ……」

 ブブさんってば、本当に困っているようだ。なんだか申し訳ない。


「ねえ、シオス。あなただって、またホニーちゃんや、アイシューちゃんに会いたいでしょ?」


「ちょ、ちょっと姉上! 急に何を言いだすんですか!」


「まあ、顔を真っ赤にして。本当にシオスはおませさんなんだから。それで、シオスは二人のうち、どっちがタイプなの?」


「や、やめて下さいよ! 僕は純粋に、お二人の魔導士としての腕前に憧れているだけですから! そ、そういう姉上こそ、カイセイさんのことが好きなんでしょ!? 姉上はもう成人されているのですから、カイセイさんのところに嫁がれてはどうですか!?」

 シオスにしてみれば、ちょっとした意趣返しのつもりだったようだが……


「あっ! そういう手があるのか!」

 なんで真に受けるんだよ……


「ちょっと、王女殿下! 勝手に押しかけ女房みたいな真似をするのは、絶対やめて下さいよ!」


「わかってるわよ…… ちょっとした冗談よ。まったくドウドス団長は冗談が通じないんだから」


「まったく…… これから王宮に帰って皇太子殿下に、魔王が復活することをお伝えしないといけないんですよ? そのことだけでも胃が痛いのに……」


 実は、メール? を通してパイセンと相談した結果、キタノ国の皇太子、そう、シーナとシオスの兄にだけは、今後確実に魔王が復活するということを、他言無用と念押しした上で伝えることにしたのだ。


 なんでもパイセンが言うには、国王より皇太子の方が信頼できる人物であるそうだ。


「でも…… 冷静になって考えてみると、我が国には兄上という立派な皇太子がおられるのですから、姉上がカイセイ殿に嫁がれても、別に問題ないのかも知れませんね。むしろ、あのような立派な方に義理の兄になっていただければ、僕はとても嬉しいです」


 いやだなあ、もう、シオスってばぁ! 立派な方だなんて言われたら、俺、照れちゃうじゃないかぁ!

 ……コホン、少し取り乱してしまったようだ。


「確かに。カイセイさんからキタノ国へのご助力を賜れば、これほど頼もしいことはありませんね」

 あれ? ブブさんまで、いったい何を言い出すんですか?



「でしょ、でしょ!!! 私もキタノ国のことを思って、結婚の話をしたのよ! 私ってほら、国のことを愛してるって、住民のあいだでも評判じゃない!」


「そのような評判は聞いたことがありませんが——」

 困り顔のブブさんが、更に続ける。

「——ただ、今日少し冒険者ギルドでカイセイさんの噂をいろいろ聞いてみたのですが……」


 …………はい、来ましたよ。いつものアレですよ。もうわかってますよ。


「カイセイさんは、なんでも年の若い娘がお好きなんだとか」

 …………ですよね。わかっていましたとも。


 それにしても…… 恐るべし、ホラ吹きマシーン、バインバイーン。

 ここは、キタノ国南西の果ての地だというのに、もうこんなところまで、ヒガシノ国にいるバインの魔の手が伸びていたとは……


「それって、間違った情報が出回っているのではないでしょうか」

 思案顔のシオスがつぶやいた。


「おそらくカイセイさんは、アイシュー殿たち、歳の若いお嬢さんたちと一緒に行動されているので、そのような誤解が生じたのだと思います」


 嗚呼ああ、シオスよ。俺は君を弟にしたいぞ。なんなら息子でもいいぞ。俺が死んだら遺産をすべて相続して欲しいぞ。……あっ、でも、もう2回死んでるけど。


「確かに。カイセイさんとお嬢さん方は、親子みたいな感じでしたからね」


 嗚呼ああ、ブブさんよ。やっぱアンタは俺の心の友だよ。俺はアンタに一杯奢りたいぞ。なんなら三次会ぐらいまでお金を出してもいいぞ。ああ、久し振りに、テッチリとか食べたいな。 ……あれ、なんの話だっけ?



「なんだか、カイセイさんがかわいそう。そうだ! それなら本当に私がカイセイさんと結婚すればいいじゃない! そうすれば、その噂が嘘だって証明出来るわ!」

 まさかシーナが、そんなことを言い出すとは……


 えっと、まあ、なんと言いましょうか……

 こんなおっさんの俺が、こんなにも若い娘さんに好意を持ってもらえるなんて、本当に心から嬉しいんだよ?

 シーナってば、とても美人さんだし、性格もおおらかだし、俺みたいなおっさんにはもったいないぐらいだよ?


 でも俺は20年ほど前、高校に教育実習に行って以来、女子高生を性的な目で見られない体質になっているのだ。


 シーナは確か、年齢は20歳だって言ってたけど、見た目は女子高生ぐらいに見えるんだよな。

 シーナぐらいの女の子を性的な目で見ようとすると、俺の心の奥底から罪悪感が湧き出して来るのだ。

 俺はこれを『教育実習の呪い』と呼んでいる。



 俺の話なんてどうでもいいや。

 さて、3人の会話はクライマックスに近づいたようだ。


「シオス、あなたさっき、『アイシューさんたち』って言ったわね。やっぱりあなた、ホニーちゃんじゃなくって、アイシューちゃんが好きだったのね」


「ちょ、ちょっと姉上! ななな、なにを言うんですか!!!」


「ほう、それはいいかも知れませんな。アイシュー殿が我がキタノ国に輿入れされれば、我が国は盤石ですぞ」


「ちょっと! ドウドス団長まで!」


「ふふ、シオスったら、顔を真っ赤にしちゃって」


「もう! 知りません!」


 嗚呼ああ、甘くて切ないぞシオス。おじさんにも、昔、そう言う時期があったぞ。


 でも……


 アイシューは絶対、嫁になんてやらないからな!!!


 よし! もしシオスが『お嬢さんをください』なんて言ってきたら、『フッ、俺に勝ったら考えてやろう』と言うことにしよう。


 あっ、でも、アイシューはそもそも俺の娘じゃないや。


 でも…… やっぱりアイシューを嫁に出すにはもっと先の話だ!!!

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