女神様のご威光を
俺はクローニン侯爵との会見を終え、ミミー、アイシュー、ホニーの3人を引き連れ、俺達が昨夜設営した野営地に戻ってきた。
そうそう、あの後ホニーがセッカチーにいろいろ尋問したのだが、結局新しい情報は出てこなかった。もちろんお仕置きもしていないぞ。セッカチーには、今後、他領への嫌がらせはしないと約束させたうえで解放したのであった。
さて、野営地に戻って来たのはいいのだが…… 俺のユニークスキル『広域索敵』が、さっきから反応しっぱなしなのだ。こちらに近づく人数、およそ3千。ヒトスジー伯爵領の州都がある方角からやって来ている。これはホニーのバカ兄貴率いる軍勢とみて間違いないだろう。
俺は現状を3人に伝えたうえで、ホニーに向かって言葉を投げかける。
「おいホニー。お前のバカ兄貴は、どうやら一度痛い目に合わないと、自分のバカさ加減がわからないのかも知れないぞ」
「フン。ホントに兄さまはバカだと思うわ。アタシに喧嘩を売って、勝てるとでも思ってるのかしら」
イライラした様子で言葉を吐き出すホニー。
「どうしてもホニーの身柄を確保したいんだろうな。ホニーの居場所がわかったってことは、セバスーさんの身になにかあったのかも知れない」
もちろん、セバスーさんをよく知らない人物なら、セバスーさんがホニーを裏切って、ホニーの居場所を軍の連中にバラしたと考えるかも知れない。しかし、俺は前回のターンを含め、セバスーさんのことをよく知っているのだ。セバスーさんがホニーを裏切ることなどあり得ない。
「チョット! それって、セバスーが危ないってこと? グズグズしてないで、サッサと助けに行くわヨ!」
「……お前、すっかりパーティの一員気分だな。いや、むしろリーダー気分じゃねえか。まあ、緊急事態なんで、多少の暴言は目をつむってやろう」
俺はそう言うと、再び3人と共に風魔法で上空へ舞い上がり、こちらへ進攻して来るヒトスジー軍目指して飛翔した。
♢♢♢♢♢♢
俺達4人はホニーのバカ兄貴達に気づかれないよう、上空からヒトスジー軍に接触する。
上空から地上をよく見てみると——
なんと、セバスーさんが捕らえられているではないか!
セバスーさんは、ヒトスジー領の州都にいるはずのホニーのバカ兄貴に会うため、今朝、俺達の野営地を出立した。おそらく、その途中で軍と遭遇し、身柄を拘束されたのであろう。
しまった…… 軍がこんなに近くまで来ていたとは。もう少し索敵の範囲を広げておけば…… いや、今は後悔なんてしている場合ではない。早くセバスーさんを助けなければ!
俺は注意深く、セバスーさんの周囲を観察する。
セバスーさんは、手足を縄で縛られ荷馬車の上に乗せられているようだ。
ただ、荷馬車の周囲にいる兵士達はボコボコにされた跡がある。セバスーさん、かなり暴れたんだろうな……
俺は荷馬車の周囲にいる兵達を風魔法で吹き飛ばした。大丈夫、手加減はしてある。
ホニー達3人は上空に残し、まずは俺一人だけで地上へと下降。直ちにセバスーさんの元へと向かい、手足の拘束を解く。どうやら喋れないよう、口にも縄がかけられていたようだ。
「大丈夫ですか、セバスーさん。今ヒールをかけますんで」
「これはカイセイさん…… まったく面目ありません……」
周囲の安全を確認した上で、俺はホニー達3人を地上へと降ろした。
「チョット、カイセイ! ここはアタシがカッコよくセバスーを助けるところでしょ!」
ミミーやアイシューと共に駆け寄って来たホニーが文句を言ってやがる。
「オマエ、火魔法しか使えないじゃないか? そんなもんここで使ってみろ、セバスーさんが黒コゲになっちまうだろうが」
「ぐぬぬぬ……」
悔しそうなホニー。でも悪いが今回は諦めてもらおう。
俺がセバスーさんにヒールをかけていたところ、ヒトスジー軍の上官らしき人間が駆け寄って来た。そして——
「こ、これは! ホニー様ではありませんか!」
その上官らしき人物が驚きの声を上げる。
まさかホニーの方からやって来るなんて、この人思ってもいなかったんだろうな、なんてことをボンヤリと考えながら、上官らしき人物を眺めていたところ——
あれ? 俺、この人の顔に見覚あるような……
あれ? この人ひょっとして……
そうだ!!! この人は…… この人はホノーノ中尉だ!!!
「あなた! ホノーノさんじゃないですか!!!」
俺は思わず大声で叫んでしまった。
この人は前回のターンの対魔人族戦役で、敵の攻撃からホニーを
「ホノーノさん、生きてたんですね!!!」
俺は、時間が5年巻き戻ったことはもちろん理解している。だから前回のターンで亡くなった人とも当然、もう一度出会えると頭では理解していたんだ。でもこうやって、実際にあの戦いで亡くなった人と出会うのは初めてなんだ。
「他にもこんなにたくさん…… みんな…… みんな生きてる……」
俺の口から、自然と言葉が溢れてくる。
対魔人族戦役において、人間族最強の魔導士との呼び声が高かったホニーは常に最前線で戦っていた。従って、ホニーと共に参戦したヒトスジー軍もホニー同様最前線に配備されたため、その損耗率は…… いや、こんな言い方はクソだな、ヒトスジー領から来た人々の多くは戦場でその命を散らしたのだ。
「うおおおおおーーーーーーーーん!!!!!!」
俺は泣いた。人目をはばからず泣いた。大声で泣いた。ダメだ、涙が止まらない。
「いや、その、私の身を案じていただいていたのなら、それはありがたいことなのですが……」
困惑しているホノーノさん。
「オニーサン、大丈夫カ?」
心配してくれるミミー。
「もう! カイセイさん、いったいどうしたの?」
驚いた様子のアイシュー。
「チョ、チョット。アンタ、これボケてんの? アタシ、ツッコめばいいの?」
よくわからないことを言うホニー。
いつも通り、平常運転のホニーは置いておくとして……
俺の心は今、感動に打ち震えている! 心の奥底から言葉がほとばしる! 気がつけば、俺は天空に向け叫んでいた!
「女神様、感謝します! 女神様のご威光を!!!」
『女神様のご威光を』 これは前回のターンで魔人族との戦闘が行われていた頃、人間族の兵士達が好んで使っていた言葉である。自分達は女神様のご威光をあまねく世界に広めるために戦っている、そういう意図を持った言葉であった。
でも、俺はこの言葉が嫌いだった。だいたい、女神様の意志なんて誰にもわからないじゃないか?
しかし今は違うんだ。今回のターンで俺は、女神様の意志を直接聞いたのだから。
女神様の意志とは、自分の教義を広めたり、信徒を無理矢理増やすことなんかじゃない。多くの人々の命を救いたいということなのだ。
女神様の気持ち、俺は今、ちゃんと受け取りましたよ。先の戦役で亡くなったはずの人達が、女神様のおかげで、もう一度俺の目の前で元気な姿を見せてくれていますよ。
「女神様のご威光を!!!」
俺はもう一度叫んだ。
俺の心も同じですよ。女神様と俺の心、そう、人の命を奪わずに問題を解決するという意志を、あまねくこの世界に広めてやろうじゃありませんか! どうやるかは今のところ棚上げだけどな!!!
♢♢♢♢♢♢
数分後…… 俺は周囲からの好奇の目にさらされている…………
みんな、『なにこの人? 一人で涙爆発させちゃって』みたいな顔で俺のこと見てるよ……
とてもハズカシイ……
女神様のこと、喜怒哀楽が激しいとか言っちゃってるけど、俺も人のこと言えないんだよね……
実は俺達、似た者同士だったりするのかな?
うわぁ、でも一人で盛り上がっちゃったからな、俺。スッゲー恥ずかしいぞ。でも、前回のターンのことは言えないし、どうしよう?
「ムムっ! オニーサン、顔が真っ赤だゾ?」
「それはきっと火魔法を使ったからだろう…… って、前にも言った気がするぞ?」
さて、どうしたものかと考えていたその時——
雲が晴れ、
光はヒトスジー軍の兵士達に降り注ぐ。そして、あの女神様の美しい声が天上より響き渡る——
『我が親愛なる盟友よ。
汝の心は我が心。
我も涙を流したり。
涙をぬぐって進めよ友よ。
我は汝と共にあり』
もう、女神様ったら…… 俺、またちょっと泣いちゃったじゃないか……
女神様、俺の気持ちをわかってくれたんだな。なんだか嬉しいよ。
今回のターンじゃ、女神様だけだもんな、俺の気持ちをわかってくれるのって。
さっきはポンコツなんて言ってゴメンよ。
なんてこと思いながら周囲を見てみると…… うわ! なんかヒトスジー軍のみなさんが放心状態なんだけど。どうやら美しい光のヒール的な効果のおかげで、荒々しい雰囲気にはなっていないようだが……
「なんだこの美しい声は?」
「ひょっとして、天上の女神様の声なのか?」
「俺、絶対、女神様の声だと思うな」
ヒトスジー軍の皆さんが冷静に語り合っている。更に——
「ではひょっとして、目の前にいるこの人物が女神様の盟友ということなのか?」
「女神様が特定の人物に対して支持を表明するなど、あっても良いのか?」
「俺、絶対、ダメだと思うな」
あれ? そう言えば、人間族はもちろんのこと、全ての種族に等しく愛情を注ぐというのが、女神様の信条じゃなかったか?
あ? これひょっとして、女神様、やっちまったのか?
喜怒哀楽の激しい女神様のことだ。後先考えず、思わず言っちまったんじゃないのか?
なんだか俺のために、えらいことになってしまったようだ……
さて、どうやって言い訳しようか? そんなことを考えていたところ——
『コホン、まだ続きがあります』
なんかまた天上から声が聞こえてきた……
『我は汝と共にあり。以上、水の聖女アイシューでした』
え? ナニ言ってんの、女神様?
『私、水の聖女アイシューは、カイセイさんのパーティメンバーとなって、これからは行動を共にするという決意表明? みたいなものですからね? あっ、ちなみにこの放送は、特殊な魔法を使って、私、アイシューがみなさんにお届けしてるんですよ? 天界からお届けしているのでは絶対にありませんからね? そこのところ、くれぐれもお間違えなく。それでは』
そうか…… 女神様ってば、今回の件を全部アイシューになすりつけるつもりだ……
それに『放送』ってなんだよ? 慌てすぎですよ女神様。
当のアイシューを見ると、いったい何が起こっているのかサッパリわからず、ポカーンと口を開けている。そりゃそうだろ。
——ピコーン、ピコーン、ピコーン
女神様様からメッセージが届いた。メッセージを一読した俺は、アイシューに小声で話しかける。
「おい、アイシュー。今、女神様からアイシュー宛のメッセージが届いた。そのまま伝えるけど、決してガッカリしないように、いいな?」
「わ、わかったわ」
『親愛なるアイシュー様。悪いんだけど、上手いこと口裏を合わせてもらえませんか? 私、勢い余って、やっちゃったみたいなの、テヘ。今度会った時、何か美味しいものでもご馳走します。もしリクエストがあれば、カイセイさんに伝えておいて下さいね。後のこと、宜しくお願いします。あなたのテラより、愛を込めて』
「…………え?」
「アイシュー、お前の気持ちはよく分かるとも。でも、今回は俺にも責任があるんで、ここは俺からもお願いさせてもらおう。というわけで、オマエ、しばらく喋るんじゃないぞ? 喋ったら、声で別人だってことがバレるからな」
「…………は?」
アイシューは気持ちよく女神様のお願いを聞き届けてくれたようだ。うん、そういうことにしておこう。
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