001 閑話 こんなはずじゃなかったのに

 

《ISAO運営企画会議室》


「イベント本当に行きますか?」


「ああ。もう、これ以上の先延ばしは無理だろう。現MAPの攻略率から言えば、時期的にギリギリだ。これ以上遅くなると、第二陣の投入にも支障が出る可能性が出てくる」


「確かにそれは悩ましいところです。でも、少ないですよ」


「仕方ない。こんなはずじゃなかったんだが」


「スケジュール進行上、今更、ボスのすげ替えや修正はできないし、とりあえず行ってみるしかないだろうな。対応策も一応用意はしてあるわけだし」


「そうだ。なにも初見クリアの必要はない。あまりに攻略が滞るなら、そこでテコ入れすればいいさ。アイテムでもお助けNPCでも、くれてやれ。あれほど修正してもβと大して変わらないということは、それがユーザーの総意だ」


「技術班、対応策の実装は終わっているか?」


「はい。既にNPCの能力切り替えの仕込みは済んでいます。先日、正規ルートプレイヤーに与えるルートヒントを追加した際に植えておきました。アイテムの投入は時期が前倒しになるだけですから、いつでも実装できます」


「さすが、手際がいいな。まだゲーム初動期だ。不確定要素が多い。今後もその調子で頼む」


「それにしても、ここまで増えないとは思わなかったな。基本職のひとつじゃないですか、神官って。聖女とか教皇とか、人気が出ると思ったんですけどね」


「ユーザー年齢の平均値が事前予想値よりも低い影響かもしれんな。その影響でユーザーの嗜好と想定していたもののズレが大きくなった可能性はある」


「今時の若者は、男女共にストレス社会の悪影響で攻撃的になっているというし、少しの努力で直ぐに目に見える結果を得ようと望む傾向も強くなっているというしな」


「リアル追求の仕様が厳しかったのかもしれませんね。若年VRユーザーがゲームに求めているのは、基本的には非日常ですから」



 ゲームにリアルさを求める……と言っても、結局それは、ユーザーにとって都合のいいリアルさ、ということだった。


 特に若いユーザー層は、リアルでは能力的に不可能、あるいは社会的・倫理的に規制のある体験を、自分の本来もつ能力によるものだと錯覚したいという願望が強いという分析結果が出ている。


「しかし、ゲームとはいえ魔法のようにサクサクと超常能力を使って遊ぶ……という時期はもう過ぎた。あまりに多くの『俺Tueee系』が出過ぎたために、ユーザーは、その手のものにはもはや食傷気味だ」


「実際、その手のものは売り上げが目に見えて落ち込んでいますしね。似たような作品を後続で売り出しても、手を出さないし、出したとしても直ぐに飽きてしまって定着しない。新たな方向性で行く必要はあると思います」


「そうですね。市場調査でも、そろそろユーザーは、VRに『手応え』と『非日常の中のリアル』の両立を求めていると出ています」


「だからこそのISAO、『The indomitable spirit of adventure online 不屈の冒険魂』 なのだがな。最高品質のVR技術を使えるからこそ、リアルに寄せることができる」



 *



「ユーザーアンケートの回収結果は出てる?」


「出ています。これです」


 ユーザーアンケートの結果では、支援系神官職に関するコメントは大多数が厳しいものだった。


 ・清掃・調理・水汲み・夜警が、地味過ぎる。


 ・ゲームの中でまでこんな労働をしたくない。


 ・支援職だからと言って、耐え忍ぶ仕事ばかりなのは、トレンドを掴んでいないし、イメージ力が乏し過ぎるのではないか。


「一時、『俺Tueee系』の『殴り神官』が流行りましたからね。本来後衛職である神官が、前衛で拳や鈍器で闘う……という設定は、今でも根強い人気があるようです」


「ユーザーがそちらのビルドに流れたと考えるべきか」



 一方で、神官職の総数はβテスト時よりもかなり増えていた。


 これは、アイテムだけで攻略するのは無理な難易度に設定されていることが、βテストで判明していたことに加えて、正式ゲーム配信に当たって、序盤の転職システムの仕様を変更したことが効果をあげたと考えられた。


「回復スキルを入手してから非神官の戦闘職に転職というケースは、ほぼなくなったね。その代わりに、殴り神官が増えたわけだ」


「その方面の派生ルートはやたら踏まれていますよ。神官職のほとんどが野に出ています」


「一旦前線組から離脱してしまうと、元に戻るのは難しいからな」


「リアル追求の観点から、前線組と支援系・生産系正規ルートの両立は元々難しいようにできているわけですよね? 派生ルートだけ見てみれば、プレイヤー数も多く確保できて成功と言ってよさそうじゃないですか?」


「それにしても、修道院や神殿にいたプレイヤーの数が、減り過ぎましたね。元々少なかったのが更に」



 ログチェックによると、神官職のプレイヤーは男女どちらも、ある程度職業関連スキルを得てしまうと、職業施設を利用しなくなるという結果が出ていた。このままだと、正規ルートに進めるプレイヤーが出るかどうか危ぶまれる……という状況だった。


「仕方がない。プレイヤーが育たない場合は、正規ルートにもNPCを投入すればいい。ゲーム展開からすると拡張性が減るから、出来るだけ避けたい事態ではあるが」


「正規ルートは育成が大変だけど、その分、上位職に進めば進むほど強さが際立つようになるのよね。上級職にまで至れば、その差はハッキリする。非公開だけど、勘がいいプレイヤーならそろそろそれに気付いてもいいと思うけど」


「ユーザーがいずれそれに気づけば、正規ルートも増えていくだろう。第二陣、いや第三陣以降に期待だな」


「そうですね。では、このイベントはこの日程で開催決定と致します。実施詳細は班会議で詰め次第報告を上げます。では、次は生産レシピの追加投入についての議題になります」



 *



「こちらのグラフをご覧下さい。生産職のスキル育成の進捗具合を表しています。先ほどの話題とも関連しますが、前線組における支援不足を補うため、バフ料理の需要が増しています。その結果、料理人の育成が進みレシピ獲得状況も著しく進展致しました」


「なるほど、そうきましたか」


「はい。ユーザーアンケートでも、レシピ数の追加に加えて、食材の追加を望む声が多く寄せられています。レイドクエスト終了後に追加予定のレシピや食材は、既に実装準備ができていますが、要望に合わせて、今後さらにバリエーションの追加が必要かと思われます」


「レシピの自動ネーミング機能の評判はどう?」


「はい。あまりよろしくありません。一般スキル、Sスキル共にシンプル過ぎる、つまらない、捻りが足りない、センスがない、といったご意見が多いです」


「ふーん。難しいな。【調理】は、一般スキル取得者の割合が多いが、Sスキルと差別化する必要はあるから、あまり自由にさせるわけにもいかない」


「Sスキルの方が登録語彙数が多いのよね。それでも足りないんだ。だったら、S・一般を一緒にしちゃって、語彙数を増やしたらいいんじゃないかしら?」


「Sスキルは、自分で名付けできるから、自動ネーミング機能はあまり使われていない。今後の修正しやすさを考えると、共通化はいいかもしれませんね」


「悪くないな。共通化、語彙数の大幅な追加は可能かね?」


「はい。フォルダ共有すれば早急に対応できると思います。


「では、その方向でよろしく頼む。その後他の生産職についてはどうだ?」


「その他の生産職につきましては、こちらのグラフを………」

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