希望 〜エスポワール〜

 ◇ ◆ ◇



 目を開けると、そこは真っ白いただの空間だった。ゲームにログインする時にレーヴくんとじゃれあっていた空間にも似ている。


 少し離れたところに、五人の人影が対峙していた。


 ピンク髪の女の子――ユメちゃんと、黒髪が美しいミルクちゃん。そしてそれを取り囲むようにゴスロリ姿のイブリースと、執事服姿のレーヴくん、そして、何故か青いローブを身につけたソラさんの姿もある。あの人たちが恐らく管理者権限を使って悪さをしていた人達。ユメちゃんとイブリース以外はまさかって感じだけど、ユメちゃんが敵側だとしたらレーヴくんも敵側の可能性高いし、ソラさんはあの強さから考えて、管理者権限でチートを使っていたとしても不思議ではない。



 そして、お父さんの言い方から考えてあのミルクちゃんこそが私の想い人のサラお姉ちゃんであると……。

 だが様子が変だ。ミルクちゃんは右手に持った長剣を杖代わりにして、苦しそうに立っている。すでに軽くやり合ったあとなのかもしれない。このままだとミルクちゃんが危ない!


「やれやれ、まさかあなたが裏切るなんてね」


 イブリースが肩を竦めると、ミルクちゃんはそんな彼女をキッと睨みつけた。


「裏切ってませんよ。私はずっとココアちゃんの味方です!」


「あっそ――やっちゃいなさいユメ」


「りょーかーい!」



 ――ガッ!



「うぐっ!?」


 あーこら! ミルクちゃんを――サラお姉ちゃんを蹴るなっ!



「ちょっとまったぁぁぁぁぁ!!!!」


 私は吹き飛んだサラお姉ちゃんとユメちゃんの間に両手を広げて割り込んだ。


「ごしゅ――心凪ちゃん! よかった、戻ったんだね!」


「うん、記憶も全部戻ったし、やるべき事もわかったよ!」


 私を見つめるサラお姉ちゃんはとても嬉しそうだった。ごめん、こんなに近くにいてくれたのに今まで気づかなくて……。でも、今は違う。守るべきものも倒すべき相手もはっきりしている。


「やい! あんたたちの悪事は全部お見通しだぞっ! 大人しく降参するか私に倒されるか、好きな方選びなさいよ!」



「やれやれ、わざわざやられに戻ってきたのね……? 今度はさっきみたいに楽にはいかないわよ? 私たちが与えたチートスキルはもうないんだから」


 呆れたような表情で口にするイブリース。偉そうな態度から推測して、恐らく彼女が一番の黒幕だろう。なら、彼女を倒しさえすれば……!


「そんなの、やってみないと分からないじゃない!」


 私はガラス玉をしっかりと胸の前で握った。――お願いみんな、力を貸して!


「そう、じゃああなたから死になさい。――やっちゃいなさいユメ」


 イブリースの合図でユメちゃんが弓を構えて私に向ける。放たれた矢を私は横に跳んでかわした――つもりだったけど、矢は軌道を変えて私を追いかけてきた! 危なっ……!?



 ――パァァッ!



 光るガラス玉。私が思わず目を瞑ると――



 ――ガンッ!



 矢が何かに弾かれた音がした。



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『魔導盾』により攻撃を回避しました!


 スキル【自動反撃】が発動しました!


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 魔導盾? 私が空中に浮かぶ金属製の板のようなものを確認した瞬間、私の右手に真っ赤な刀身の剣が出現した!


「うぉぉっ!」


 って驚いている暇はない。そうしている間にも【自動反撃】を発動した私の身体は、ユメちゃんに向けて横薙ぎに剣を振るおうとしている。もう、こうなったらヤケだ! 本能の赴くままに動くしかない! えっと、確か魔法は……


「いけぇぇぇっ! 【カラミティフレイム】!!」




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 コマンド音声認識完了、魔法【カラミティフレイム】を発動します!


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 ――ゴォォッ!



 と刀身が炎を纏(まと)う。

 思わぬ反撃にユメちゃんは目を見開いて反応できずにいた。



 ――ブワァァッ!!



 炎の刀身はしっかりとユメちゃんの身体を捉えていた。


「そんな……管理者であるこの私が……こうも簡単に……!」


 そう呟いたユメちゃんの頭上に表示されていたHPバーは一撃で削りきられ、彼女の身体は光の粒子となって消え去っていく。その様子を、一同は唖然とした表情で見守っていた。


「私は――いまは一人じゃない。家族のみんなが、友達が、サラお姉ちゃんがいる! だから負けない!」


 私は剣を振り抜いた体勢のまま、イブリースを睨みつける。


「――どう? まだやる気?」



「チッ、ガキが手こずらせやがって! 【シャドウバインド】」


「あっ、しまっ……!!」


 油断してた隙に、また例の拘束技をかけられてしまった。たちまち手足や身体に黒い帯のようなものが巻きついて自由を奪っていく。

 そして、今度はそれらがぎゅうぎゅうと身体を締め付け始めた。痛い。とても痛い。たまらず握っていた剣を落としてしまう。だけどガラス玉だけは……この希望だけは奪われるわけにはいかない!


 私はガラス玉を握る左手にぎゅっと力を込めた。


「ぐぐぐっ……」


「心凪ちゃん!」


 サラお姉ちゃんの声がするが、彼女も未だに身動きが取れないようだ。


 考えろ、考えるんだ私……! さっき私はお母さんとお兄ちゃんの技が使えた。多分みんなの力があのガラス玉に込められているからだ。――ということはもしかしたら?

 私はなんとか多少は自由のきく左足を必死――でもイブリースに意図を悟られないようにゆっくりと動かした。



「さて、終わりにしましょうか。レーヴ、トドメをさしなさい」


「――ねぇ、もうやめようよ」


 イブリースに指示されたレーヴくんは首を振った。


「ん?」


「だから、こんな酷いことはやめようって言ってるの! もともとボクはこの計画には反対だったし、それでも心凪のためだからって無理やり協力させられて……」


「今更何を言っているのよ。ここまで来たらあなたも共犯よ?」


「違う! ボクは人の道に外れるまねはしたくない!」



 ――ザシュッ!



 何かが切り裂かれるような音が響いて、ドスッと地面に倒れるような音もした。


「はぁ、黙っていれば死ぬこともなかったのにな」


 先程まで沈黙を保っていたソラさんが唐突に自らの剣でレーヴくんを斬りつけたのだ。


「レーヴくんっ!!!!」


 私は思わず声を上げた。私がゲームを始めた時からほぼ毎日ログインの時に見守ってくれたレーヴくん。レイプされた時だって、トラウマが蘇った時だって、レーヴくんはいつも私を迎えに来てくれた。それに魔王と戦う前に見せたあの涙は……きっとこれから私がイブリースたちに殺されるとわかっていたから……



「絶対に許さない!!」


「といってもお前、その状態だと何も出来ないだろ?」


 余裕ぶった様子のソラさん。

 くっそぉぉぉぉぉっ!!!! 舐めやがってぇぇぇっ!!!! でもな、その油断が命取りなんだよぉぉぉぉぉっっっ!!!!


 私は高らかに叫んだ。


「こーーーーいっ!!!! 【ランダムサモン】ッ!!!!」


 足先で地面に描いていた見よう見まねの魔法陣を足先で突っつく。すると魔法陣は白く光り輝き始めた。



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【ランダムサモン】が発動しました! スライムが召喚されました!


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「キュイッ?」


 光から現れた青い小さなスライムは、突然の召喚に驚いたように身を震わせている。


「はっ、驚かせんな。そんなちっこいスライムごときで一体何が――」


「幸運値極振りじゃないんだからこれで上々だっての! 【変化】!」



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 種族スキル【変化】が発動しました!


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 私は足先でスライムに触れながら【変化】を発動する。すると、瞬時に視界が低くなった。身体が縮んだのだ。まあ、スライムになったんだからつまりそういうことだ。でもお陰で拘束からは解き放たれた。我ながらナイスな機転だと思う。


 へぇ、スライムってこんなに世界が広く見えるのかーって感心している場合ではない。私は落ちてきたガラス玉を慣れない小さなぷにぷにとした身体を一生懸命動かしてキャッチした。が……ブシュッと何かが身体にめり込むような感覚とともに、ガラス玉は私の身体に吸い込まれてしまった! まあスライムなんだから仕方な――


 ってえぇぇぇぇぇぇっっっ!?!?


「飲み込んだ……」


 イブリースも驚愕している。


「え、えっととりあえず【変化】解除!」



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【変化】を解除しました!


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 というわけで、無事に拘束から抜け出した私は人の姿に戻った。が、ガラス玉は身体から出てこない。どうやら本当に身体の中に入り込んでしまったようだ。大変! 異物混入だよ! 手術しないと!


「あ、あんたデバッグデータをどこにやったの!?」


 イブリースがヒステリックな声を上げる。せっかくゴスロリの可愛いロリっ子なのだからもう少し可愛く話してほしい。


「知らないよ?」



「まあいい、倒せばどちらにせよドロップするだろう」


 ソラさんはあくまでも冷静で、光り輝く剣を構えると、猛然とこちらに突進してきた!

 そっちがそのつもりならこっちだって!



「あーもうめんどくさい! 全部吹き飛ばす! 【完全脱衣(フルパージ)】!!」

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