Congratulations!!

 ◇ ◆ ◇



 ――『Congratulations!!』



 真っ黒な空間に立つ私の目の前に、そんな文字が浮かび上がってきた。やっぱり、私は魔王を倒すことができたらしい。


『あなたはゲームをクリアしました!』


 まさかあれでクリアだったなんて……なんか楽勝……っていうか私がズルしまくっていたような気がする。――だいたいなんなのよあの【被虐体質】ってスキルは……我ながらインチキすぎるでしょう!


『魔王討伐報酬が付与されます』


 あ、そういえば報酬。クエストの表示だと「〓〓の〓〓」ってなっていてよく読めなかったんだよ。何がもらえるのかな? イブリースが言っていたデバッグだとかいうデータ? 私それもらってもしょうがないんだけど。


 私が待っていると、手を伸ばせば届くくらいの場所に白い小さな光が現れた。あれが報酬かな? とりあえず手を伸ばしてその光を掴んでみた。すると、それは直径数センチのガラス玉のようなものだった。私が手に取ると光も消えてしまう。何の変哲もないガラス玉。


 なーんだ。もしかして報酬って「ガラスの玉」だったのかな? ――いらない。正直いらない。



 その時、パチパチパチと背後から手を叩くような音がした。振り返ると、そこにはピンク髪の女の子――サポートAIのユメちゃんが立っていました。


「ユメちゃん!」


「はーい、ユメでーす♪ 改めましてココアさん。ゲームクリアおめでとうございます♪」


「えへへ、ありがとう」


「ココアさん、いかがでしたか? このゲームは」


 いかがでしたか? って聞かれても……。


「うーん、ちょっと呆気なかったかな?」



「ふふっ♪」


 ユメちゃんは意味深な笑みを浮かべた。少し不気味だ。



「――それはそうですよねぇ! 私たちがクリアできるようにんですから!」


「――は?」


 それって……どういうこと?


「【被虐体質】なんていうチートスキルが実際にあるわけないじゃないですかぁ。【破滅の光】も私たちがココアさんのために管理者権限で特別に作った魔法なんですよぉ? それに、本来ならあのエクストラクエストで魔王が出現することはありませんし。全部お膳立てされたものだったんです」


 管理者? ユメちゃんってもしかしてAIじゃなくて運営の人?


「つまり私は魔王を倒すように誘導されていたってこと? 一体なんのために?」


 ユメちゃんはまたふふふっと笑った。顔には笑顔が張り付いているが、多分本心は笑ってはいない。少なくともAIがそんな表情をするはずがない。



「ココアさん。あなたが手に入れたそれ――トロイメギアのデバッグデータが必要なんですよ。――渡していただけますね?」


 私の手の中のガラス玉を指さして、反対の手を差し出してくるユメちゃん。正直私がデバッグデータとか持っていても仕方ないし、必要ならあげてもいいんだけど、なにか引っかかる。


「クリア報酬が欲しいなら、ユメちゃんたちがゲームをクリアすればよかったんじゃ……」


「どういうわけか、その報酬はプレイヤーさん――それもココアさんがクリアしないと受け取れないように設定されているようで……」


「ってことは私が持ってなきゃいけないものなんじゃないの?」


「……」


 ほら、黙ったってことはそういうことでしょ!?



「――私たちは……亡くなったあなたの父親――小見(おみ)哲人(あきと)さんの後を継いでこの会社をより良いものにしたいと思っているんです。そのためにはトロイメギアの完成が必須です。わかってください」


 ん?



 ―いまなんていった?



「――お父さんは……死んだ? うそ……」


「忘れてるんですか? あなたの名前は小見(おみ)心凪(ここな)。株式会社TEIRASの社長にして『トロイメギア』の開発者――小見哲人の娘です。でも、家族は交通事故で亡くなりました。――残念ながら」


「う、うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! お父さんは――家族は生きてるもん!!!! だってほらさっきだってみんな私と一緒に戦って……」


 でも、ユメちゃんは私のことを哀れなものを見るような目で見つめるだけだった。


「――うそだ。うそだっていってよユメちゃん!!」


「いえ、嘘ではありません。そのデータは哲人博士があなたに遺したもの。でもそれを使えるのは管理者権限のある私たちだけです。――渡していただけませんか?」



「――そ、そういうことなら……」


 よく分からないけれど、それがお父さんの……家族の遺志なんだとしたら、私がわがままを言っても仕方ない。私はゆっくりとガラス玉を差し出し――



『渡しちゃダメ!!』


「!?」



 頭の中にそんな声が響いたので私は咄嗟に手を引いた。これは……さっきの、サラお姉ちゃんの声?


「どうしたんですか? 早く渡さないと――」


 私の様子を眺めていたユメちゃんは、一歩また一歩と私に近づいてきた。――そして


「力ずくで奪いますよぉ!」



「うわぁぁぁぁっ!?」


 私はユメちゃんに背を向けると、チート級になってしまった素早さをいかして逃げ――



 ――られない!!



 私の身体は、まるでゲーム初心者の頃のようにゆっくりとしか動けなかった。


「あ……れ?」


「言いましたよね? 私たちには管理者権限があるんです。つまりもうココアさんは先程までのように強くはありません」


「――なっ!?」


 ユメちゃんは右手で私の身体を突き飛ばした。私は数メートル吹っ飛び、真っ黒な地面に倒れる。そこまで痛くはないけど、息が詰まった。どうしてユメちゃんにこんなに酷いことをされるのか、私には分からない。



 ――ゴッ!!



「いたぁっ!?」


 ユメちゃんは倒れた私に駆け寄って身体を蹴っ飛ばしてきた。


「渡しなさいはやく!」


 イブリースにしろユメちゃんにしろ、どいつもこいつもデバッグデータを欲しがるのね! 私は家族が死んでいたというショックから立ち直れてないのよ! ――いや、ちょっと待てよ? 実は家族は死んでなくて、ユメちゃんがでまかせを言っていたとしたら……?


「渡さないもん!」


「渡しなさーい!」



 ――ゴッ!!



「ぐっ!?」


 全く、サポートAIが聞いて呆れる。これじゃあサポートじゃなくて殺戮AIだよ! そ、そうだ、ログアウト! ログアウトしちゃえば! この苦しみから解放されるかもしれない!


 私は痛みを堪えながら右手でウィンドウを操作する。――が


「ど、どうしてぇぇぇぇぇっ!?」


 メニューボタンから『強制ログアウト』のボタンは消えていた。管理者権限とやらでどうにかされてしまったんだろうか?


「あなたはここで精神をぶっ壊されて死ぬか、データを渡して生き延びるか、二つに一つなんですよぉ!」



「くっそぉぉぉぉっ!! ぜっっっっっっっったいに渡さないから!!」



「そう……!」


 ユメちゃんが背中から弓を引き抜いて、腰の矢を番えると私に向けて引いた。矢は瞬く間に光を放ち、エネルギーを溜めていく。――明らかにヤバいやつだ。どうしよう! 考えろ、考えるんだ私!


 ダメだ。多分もう打つ手がない。ごめんなさいみんな! 魔王倒したけど、私はどうやらここで死ぬそうです! お父さんも、データを預けてくれたのにこんな事になってしまってごめんなさ――


 と、その時、私の耳に聞き慣れた声が響いた。



「ご主人様ぁぁぁぁっ!! 助けに来たばい!!」

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