第50話婚前旅行11

 俺達はキリスト教の宣教師を辞め、棄教を宣言し、千々石ミゲルに宣戦布告をされた。


 今は信長様にキリスト教を棄教した報告と大友氏との同盟案を了承してもらうべく船に乗って帰る途上である。


 俺の共の者達は相変わらず船旅に慣れていないらしくみな顔色が悪い。


 とりわけ顔色が悪いのは、生まれて初めての長距離の船旅であろう景だ。


「景殿、船旅は初めてでいらっしゃいますか?お顔が真っ青ですよ」


 そう景に尋ねたのはお市様である。


「ええ。船旅もつらいですが…。この先、わが身はどうなるのか…故郷に残してきた母上もどうなるのかも心配で…」



「なるほど…。宗麟殿と今のご正室とは離縁されるのでしたね。それは心配でしょう。岐阜に着いたらお手紙を書かれてはいかがか?」


「はい」


 イザベル殿こと奈多夫人は、たしか…宗麟殿に離縁を申し入れられたあと、絶望して教会のキリスト像の前で自害しようとしたんじゃなかったか?


 家臣に止められてことなきは得るものの…キリスト像の前の自殺未遂はなにか、意味ありげだよなぁ。夫をキリスト教にとられたと考えての抗議か?



「それで…景殿の身の上は兄上の養女にとのことでしたが…宗麟様との同盟関係のことを考えると、養女というより兄上の子息のいずれかとの婚姻となりましょうな」



「なるほど」

 お市様の考えに頷いたのは俺だ。信長様の養女にしてどうするのか?それで人質としての価値があるのか?と疑問に考えていたが、信長様の子息と婚姻関係を結ぶということなら納得のいく話だ。



 では、景殿は信長様のどの子息と結婚することになるか?と俺は考えを巡らせる。


(長男の勘九郎殿にはまだ正室がいなかったな。いや、まてよ…)


 勘九郎殿---織田信忠殿に正妻がいないのは事情があった筈だ。悲恋的な事情が。


 そんなことを考えていると…



「わらわは政治の道具というわけですか?父上と母上の関係を見ていると結婚などしたくないというのに…。父上は母上が嫉妬深いことを疎み、母上と瓜二つであるわらわも疎んじておられます」


 景殿は悲しげに言った。



「それはおつらいでしょうね。政略結婚というのも家同士の関係が将来、どうなるかわからないですしね。嫁いでみたら、すでに側室がいたりもしますし」

 お市様は、そう言って俺の方を見た。



(ん?)

 なんでそこで俺の方を見た?俺には側室なんていませんけども…。


「私には側室がありませんけども?これまで宣教師として真面目に生きてきたもので、禁欲を固く守ってきたのです」

 疑われるのは、心外である。



「その話は、フロイス様の侍女長達から聞いておりますけども…、それはそれで侍女長達が可哀想というか…。手塩にかけて教え育てた人材が再婚で自分の元を離れるのは惜しいとかおっしゃられて、自分専属の尼にされたのでしょう?そして、ご自身はこの度、キリスト教を捨てて還俗される…と。これでは、4人の侍女長達の立場がなくなってしまうではありませぬか。どう、責任をおとりになるおつもりなのでしょう?」

 お市様は、そう怒るでもなく静かに俺に問いかける。


 4人の侍女長達は嬉しそうだ。


 というか、婚約者から責任をとって4人もの女性を側室にすべきと詰め寄られるれている今の状況は謎だ。


 この船旅で、俺の侍女長達とお市様がやけに仲良くなったなと考えていたが…


「うっ…。うーん…。そもそも侍女長のみんなは俺の側室になりたい…のかな?」


 俺は、恐る恐る、みんなにそう問いかけた。


「「「「ええ」」」」


 4人とも、まさかの即答。


「お市様が殿の責任を問うてくださって、みな、感謝しております」


 そう言ったのは侍女長筆頭の恭である。


「「「ほんに」」」

 他の3人もうんうんと頷く。


「みんな側室になりたいとは…。それにしても、新婚の上に4人もいっぺんに側室ができるとなると…

気持ちが追いつく気がしない。1人ずつ時をおいて年齢の順番に…とかでどうだろうか?」


 俺はしどろもどろにそう言った。婚約者と侍女長4人が結託して側室を4人も待てと言ってくるとは想定外にもほどがある。動揺するなと言われても無理。



「…気持ち?」


 以外そうに呟いたのは景殿である。


 政略結婚が主であるこの時代の結婚に気持ちがどうとか言うのは奇妙だったかな?



「一緒に過ごすのにお互いの気持ちが通じていなければ、つらいでしょう?5人も同時に妻を持って、お互いの関係を育んでいくなど無理。1人1人、順番に関係を深めていかなくては…。ていうか、キリスト教を信奉する民族においては一婦性が普通で複数の妻を持つことなんてありえないのですけど」


「良いではありませぬか」

 こう言ったのはお市様。


「郷にいれば郷に従えと申しますよ?」

 こう言ったのは澤。



「「「ほんに」」」

 みんな、頷く。


「それに、4人の侍女長全てが子持ちなのです。その子供達を引き取れば、一門衆ができるではないですか。いいことづくめです。何を迷っておられるのですか?」

 お市様は追い討ちをかけるように言った。




「…ふむ。わかりました。時をおいて順番でということでよければ…」

 俺は5人の女性の連携プレーに、たじたじになりながら屈服した。この状況は、ウハウハ というよりトホホって感じなのだが。


 みんな、(やった)って感じで喜んでくれているから、まぁいいけど。


「みなさん、仲が良いですね。わらわの育った環境からは考えも及びませぬ。どうして、そんなに仲良く5人で結託できるのですか?」

 意外そうに聞いたのは景殿である。


「そうですね…皆、他家に嫁いで子供までもうけているからでしょうか…。経験として、みなで協力しあったほうが上手くいくとわかっているのではないでしょうか?景殿もできることなら夫や周りの女性達と協力しあおうと努力した方が結果的に幸せになれるかもしれませんよ?殿方が側室を持つのはこの世の常。仕方ないことなのです。それならいっそ、他の女性達と仲良くした方が得というものではありませんか?」


「そういうもの…でしょうか?」


「ま、景殿も結婚すればそのうちわかってきますよ。不安ならば、わらわが相談にのります。わらわ達は縁戚になりそうですし。それに…フロイス様も兄上も親身になって話を聞くかもしれませんが、女性にしかわからないこともありますしね」

 お市様はいたずらっぽくそう言った。



「ありがとうございます」

 景殿はしみじみと頭を下げた。


 こんな感じで岐阜への帰路は続く。


 その裏で、景殿が誰に嫁ぐことになるか?そして、勘九郎殿の悲恋。これらを政治的・軍略的にどう使うか、俺は考えを巡らせるのだった。

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